第17話:獣道
道は、想像以上に過酷だった。 主要な官道(街道)を行けば、関所で手形を求められる。身分証を持たないナユタとスイ、そして人外の気配を漂わせる朱音の三人連れは、あまりに目立ちすぎた。 結果、三人は獣道を選ばざるを得なかった。
「……はぁ、はぁ」
ナユタが倒木に手をつき、荒い息を吐く。 現代人の体力では、整備されていない山道は地獄だ。草木が行く手を阻み、足元のぬかるみが体力を奪う。
「だらしないねぇ、ナユタくん。スイちゃんを見てごらんよ」
朱音が呆れたように笑う。 見れば、一番年下のスイは、息一つ乱さず、軽やかに岩場を登っていた。 彼女は孤児として野山で生きてきた。足の運び方、体重のかけ方が、ナユタとは根本的に違うのだ。
「……あにさま、こっち」
スイが立ち止まり、何もない茂みを指差した。
「え? そっちは崖だよ?」 「ううん。……匂いがする。人の、古い匂い」
スイの勘は鋭い。 半信半疑で茂みをかき分けると、そこには蔓に隠れるようにして、人が一人やっと通れるほどの細い踏み跡が続いていた。
「すごいな……」 「へえ。やるじゃん」
朱音が感心してスイの頭を撫でる。スイは少し照れくさそうに目を細めた。
その道を半刻ほど進んだ先。 視界が急に開けた。 切り立った崖に囲まれた、すり鉢状の小さな谷。そこに、十数軒の藁葺き屋根が身を寄せ合うように建っていた。
「村……?」
荘園の管理下にあるようにも見えない孤立した地域。 畑があり、煙が上がっている。 だが、その光景に安堵したのも束の間だった。
ヒュンッ!
風切り音と共に、ナユタの足元に矢が突き刺さった。
「動くなッ!!」
怒号と共に、草陰や岩陰から男たちが現れる。 鍬や鎌だけでなく、手入れされた弓や槍を持っている。 ただの農民ではない。組織された自警団だ。
「貴様ら、何者だ! 国司の手先か、それとも検非違使か!」
リーダー格の男が、槍の穂先をナユタの喉元に突きつける。 その目は、猛獣のような殺気と、極限の「恐怖」で充血していた。 ここを見つけられたこと自体が、彼らにとって死活問題なのだ。
「ち、違います! 僕たちはただの旅人で……」 「嘘をつけ! こんな獣道、知らぬ者が通れるはずがない!」 「本当です! 追われてるんです、僕たちも!」
ナユタは必死に手を挙げた。 隣で朱音が、いつでも動けるように重心を落とすのが気配で分かった。だが、ここで暴れれば話し合いの余地はなくなる。
「追われている、だと?」
男の目が少しだけ揺らいだ。 ナユタたちの身なりを見る。泥だらけの服、疲弊した顔、そして幼い少女。 役人にしては威厳がなく、盗賊にしては武装が貧弱すぎる。
「……誰に追われている」 「分かりません。でも、僕たちは『人別帳』に載っていないんです」
その言葉が決め手になったのか、 男たちは顔を見合わせ、槍を下ろした。 だが、警戒心は消えていない。
「……ついて来い。長の判断を仰ぐ」
囲まれたまま、村へと連行される。 助かったのか、それとも捕虜になったのか。ただ、足腰も極度に疲弊し、走って逃げることも不可能。ついていくほうがまだ賢明だろう。




