第15話:解呪
雨が止み、嘘のように晴れ渡った空の下、ナユタたちは山崎の宿場町を去ろうとしていた。 だが、その旅立ちは決して祝福されたものではなかった。
「……本当に行くのかい?」
宿の主人が、荷物をまとめるナユタに声をかけた。その目は、憐れみと軽蔑が入り混じった複雑な色をしていた。
「あの子――スイは、村の『帳』から外れた子だ。人柱に選ばれた時点で、もう死人と同じ。連れて行ったところで、どこの関所も通れんぞ」
この時代、人は土地に縛られている。 生まれ育った村を出ることは、保護を失い「非人」になることを意味する。通行手形もなければ、身元引受人もいない。それは緩やかな死刑宣告に等しい。
「構いません。ここに置いていけば、また次の『神託』で殺されるだけです」
ナユタが短く答えると、主人はやれやれと首を振った。
「若いねえ。……ま、好きにするがいい。だがな、外の世界はここより寒いぞ」
宿を出ると、町の住人たちが遠巻きにこちらを見ていた。 感謝の言葉はない。 彼らにとって、ナユタたちは「洪水を止めた英雄」ではなく、「お上の儀式をぶち壊した厄介者」でしかないのだ。 関われば、自分たちまで都から目をつけられる。だから見ないふりをする。 それが、大人の賢い生き方だった。
「……ごめんなさい、あにさま」
スイが、ナユタの袖を掴んで俯いた。
「私がいると、迷惑がかかる……」 「迷惑なもんか」
ナユタはしゃがみ込み、スイの目線に合わせて言った。
「スイが助けてくれなきゃ、僕たちは死んでた。君は命の恩人だ。……それに」
ナユタは、スイの瞳を覗き込んだ。 少し色素の薄い、不思議な色をした瞳。 初めて会った時、この目が何かを訴えている気がした。ただの孤児ではない、何か底知れない深さを感じる。
「僕たちは、この国の『当たり前』と喧嘩しに行くんだ。スイみたいな子が、二度と理不尽に捨てられない世界にするためにね。……だから、一緒に来てほしい」
スイは大きく目を見開き、それから唇を噛み締めて、小さく、けれどしっかりと頷いた。
「……うん」
「行こうか」
朱音が二人の背中を押した。 彼女は冷ややかな目で、町の人々を一瞥した。
「檻の中で飼い慣らされた人たちに、何を言っても無駄だよ。彼らは、鎖に繋がれている方が安心なんだ」
三人は町を背にした。 誰の見送りもない。 けれど、淀川の川面だけが、キラキラと眩しく三人お旅路を照らしていた。




