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第13話:裏目

夜明けと共に、雨はさらに強まった。 川岸の祭壇には、すでに数百人の町民が集まっていた。彼らは不安と興奮が入り混じった目で、生贄の儀式を見守っている。 祭壇の中央、白い着物を着せられ、後ろ手に縛られた少女――スイが座らされていた。 まだ十歳にも満たない。恐怖で顔は蒼白だが、声も出せずに震えている。


「刻限である!」


芦屋道冬が扇を振り上げた。


「水神の怒りは頂点に達した! 穢れ多き忌み子を川へ沈め、その清算とする!」


群衆がどよめく。 数人の男たちがスイを抱え上げ、濁流の渦巻く川面へと歩き出した。


(今だ!)


木陰に潜んでいたナユタが合図を送る。 上流の茂みで待機していた朱音が、巨岩を抱えて跳躍した。


ズドォォォン!!


水柱が上がり、数トンの岩が川底に突き刺さる。 計算通り、流れが変わり、今にも決壊しそうだった堤防への水圧が逸れた。


「な、なんだ!?」 「岩が落ちてきたぞ!」


騒然とする会場に、ナユタが飛び出した。


「見ろ! 堤防は守られた! 水神の怒りなんて嘘だ! これはただの自然現象だ、人柱なんていらないんだよ!」


ナユタの声が響く。 群衆が動揺し、スイを抱えていた男たちが足を止める。 成功だ。これで儀式は止まる。 そう思った瞬間だった。


「……ククク」


不気味な笑い声が聞こえた。 道冬だ。彼は動揺するどころか、扇で口元を隠し、冷ややかな目でナユタを見下ろしていた。


「浅はかだな、小僧。誰かが邪魔に入ることは想定済みよ」


道冬がパチン、と指を鳴らす。 その瞬間、ドォォォン!! という別の轟音が響いた。 場所は、ナユタたちが守った堤防の対岸。 そこが突如として決壊し、濁流が田畑へと溢れ出したのだ。


「な……!?」


ナユタは絶句した。 対岸の堤防にも、細工がされていたのだ。


「愚かな」


道冬が大げさに嘆いてみせた。


「見よ! 不届き者が儀式を邪魔したせいで、水神の怒りが増した! このままでは対岸だけでなく、この町も沈むぞ!」


「違う! あいつが壊したんだ!」


ナユタが叫ぶが、パニックになった群衆には届かない。


「殺せ! 邪魔者を殺せ!」 「早く娘を沈めろ!」


恐怖は狂気へと変わる。 数人の屈強な男たちが、ナユタを取り押さえようと殺到する。朱音が駆けつけようとするが、対岸の決壊で足場が崩れ、すぐには近づけない。


「しまっ……」


ナユタが泥に組み伏せられる。 その目の前で、再びスイが持ち上げられた。 今度は躊躇なく、濁流へと投げ込まれる体勢だ。


「やめろぉぉぉッ!!」


ナユタの叫びも虚しく、スイの体が宙に浮いた。 策は尽きた。 現代の知識も、鬼の力も、悪意ある群衆の暴力と、狡猾な罠の前には無力だった。

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