第12話:前夜
夜明け前。雨はまだ降り続いている。 ナユタと朱音は、祭壇から少し離れた上流の堤防にいた。
「ここだ」
ナユタが泥をかき分けると、堤防の土台となる杭に、人為的な切り込みが入っていた。 道冬の部下が細工した場所だ。 このまま増水すれば、ここから決壊する。逆に言えば、ここさえ補強すれば、決壊は防げる。
「これを直せば、人柱なんていらないことが証明できる」 「でも、この水圧だよ? 人の手じゃ無理だ」
濁流が杭を揺らしている。 ナユタは懐から、宿で調達した「あるもの」を取り出した。 油紙と、竹筒、そして大量の砂利。
「朱音さん。……君の怪力があれば、あの岩、動かせる?」
ナユタが指差したのは、川岸にある巨大な岩だった。 重さは数トンはあるだろう。
「余裕だけど? 何するの?」 「『水制』を作る。川の流れを変えて、堤防への圧力を逸らすんだ」
ナユタは現代の治水工法を応用しようとしていた。 ただ杭を直すだけでは、道冬たちにまた壊される。 だが、巨大な岩で川の流れそのものを変えてしまえば、彼らにも手出しできない。
「ナユタくん、さすだがよ」
朱音はふふと笑うと、着物の袖をたすき掛けにした。
「で? あのキザな陰陽師には、どう落とし前をつけさせる?」 「あいつの『予言』を利用する」
ナユタは、雨に濡れた顔を拭った。
「あいつは『人柱を捧げれば雨が止む』と言った。……なら、僕たちは『人柱なしで雨を止め、堤防も守ってみせる』。そうすれば、あいつの神託はただの嘘になる」
それは、神との勝負だった。 いや、神を騙る詐欺師との、知恵比べだ。朱音が岩に手をかける。 ズズズ……ッ。 常人なら数十人でも動かない巨岩が、彼女の細腕一つで浮き上がる。
「さあ、始めようか。夜明けまでの大工事だ」
雨音に紛れて、二人の戦いが始まった。 儀式まで、あと数時間。 少女の命と、町の運命を賭けた夜が明ける。




