第11話:仕掛
その夜、ナユタは宿を抜け出した。 雨は激しさを増している。 朱音も無言でついてくる。彼女も気づいているのだ。この「神託」のきな臭さに。
「人柱に選ばれたのは、誰だ?」 「……河原に住む、孤児の少女だってさ。誰も守ってくれる親がいない子」
朱音の言葉に、ナユタの足が速くなる。 一番弱い者が選ばれる。いつもそうだ。
二人は、氾濫寸前の川岸へ向かった。 そこには、明日の儀式のために組まれた祭壇があった。 篝火が焚かれ、数人の白装束の男たちが準備をしている。 その中心に、一人の男がいた。 烏帽子に狩衣を纏い、扇で川面を指図する男。芦屋道冬だ。
「道冬様。これで、水運組合からの『裏金』は入りますかな?」 「心配するな。この雨が止めば、物流は再開する。その時、通行料を釣り上げれば、莫大な富が転がり込む」
雨音に紛れて、会話が聞こえた。 ナユタは木陰で息を殺した。
「しかし、本当に雨は止むのですか?」 「止むさ。私が観測したところ、明日の昼には前線が抜ける。……民どもは、それを私の『法力』だと思い込み、さらに布施を弾むだろうよ」
道冬は扇で口元を隠し、下卑た笑いを漏らした。
「それに、あの堤防……少し細工をしておいた。放っておけば決壊するが、人柱を沈めるタイミングで杭を打ち込めば、あたかも神が鎮まったように見える」
(……こいつ)
ナユタの血管の中で、血液が沸騰した。 神託? 呪い? 違う。これは「演出」だ。 気象予報の知識と、土木知識を悪用した、大規模な詐欺。 その演出のために、罪のない少女一人の命を、舞台装置として使い捨てようとしている。
「なぜ、ここまでやれるんだ…」
ナユタが怒りを発しようとするが、朱音が肩を掴んで止めた。
「待って。今出ても、多勢に無勢。それに、証拠がない」 「でも、明日にはあの子が殺される!」 「だからこそ、仕掛けを暴くんだよ」
朱音の目は冷静だった。 彼女は、道冬の背後に漂う、どす黒く粘り気のある「嘘」の重さをじっと見つめていた。
「ナユタくん。君の知識(武器)を見せてよ。あいつのインチキ呪術を、君の『理屈』で引っ剥がしてやりな」
ナユタは深呼吸をした。冷たい雨が肺に入る。 そうだ。感情でぶつかっても、狂信には勝てない。 勝つには、あいつの土俵――「予言」と「奇跡」の上を行くしかない。
「……朱音さん。手伝ってくれる?」 「もちろん。鬼ごっこは得意だよ」
闇の中で、ナユタの目が鋭く光った。 現代人の知識と、最強の鬼の身体能力。 二人の反撃の準備が始まった。




