転生者 1
辺りは闇に落ち、照らすのは、セレアがおこした炎と、川に沿って途切れた森の隙間から見える星だけになっていた。
「うーん。」
寝苦しそうな呟きを口に含むように、翔太は、薄く、目を開けた。
「あっ!」
周囲の暗さに驚き、慌てて体を起こす。
「気が付いたみたいね。」
翔太は、間をおかず聞こえた女性の声に、さらに驚き、声の聞こえた方へ顔を向けた。
ー わっ。凄く綺麗な人。 ー
他に思いつく感想はなかった。
思考が停止した翔太は、そのままセレアを見眺めてしまう。
「ちょっと。わたし、じろじろと見られるのは、あんまり好きじゃないんだけど。」
はっ、と、セレアの声に、我に戻る翔太。
「あぁっ!ごめんなさい!その、あまりにも綺麗な人なので、思わずっ、て、その、、、、。」
両手を振って、必死に取り繕おうとするも、言葉が思い浮かばす黙ってしまう。
セレアは、小さく、何かを言っている翔太を見ながら、ため息をついた。
「まぁ、とりあえず、褒めてくれたことは、ありがと。それより、、、。」
「あん。」
いきなり、セレアの声を遮って、翔太のすぐ脇から声が上がった。
「!?」
オーバーアクションで驚く翔太だったが、すぐに、正体に気が付いた。
先ほど助けた小さな犬が、行儀よくお座りをしていたのだ。
ほっとして、小さな犬に手を伸ばす翔太。
「あーっと。怪我の方は、、、。」
言いかけて思い出した翔太は、さっ、と、脇腹の怪我に触らないように注意しながら、お座りしている小さな犬の前足の脇に手を差し込んだ。
そっ、と、持ち上げて引き寄せる。
小さな犬は、抵抗する様子もなく、大人しくしている。
「ちょっと。」
「ごめんなさい。ちょっとだけ待ってください。」
おいて行かれているセレアの抗議の声に、翔太は謝ると、小さな犬の脇腹を覗き込んだ。
確かに、出血は止まっているが、治ったとは言い難い傷が、しっかりと残っている。
「痛いかもしれないけど、我慢してね。」
小さな犬の傷が見えるようにして、片手で抱き直した翔太は、指を、その傷にそっとあてた。
「ヒール。」
傷が、すっ、と、小さくなって無くなり、毛もしっかりと生えてくる。
今度は、完治と言ってよかった。
ほっ、と、胸をなでおろす翔太。
セレアは、その翔太を、切れ長な目を、そうとは思えないほどに丸くして見ていた。
「あなた、ヒールが使えるの?」
少し裏返った声が、セレアの喉から飛び出て、それに顔を上げた翔太は、セレアの極端に驚いた表情に、思いっきり戸惑った。
ー 失敗? ー
と、思った翔太だったが、時は既に遅かった。
「えっ、まぁ、一応。」
どうしていいのかわからず、誤魔化すような笑みを浮かべながら、認める翔太。
「、、、、、、、、。」
黙ったセレアの目が細く鋭くなり、ゆっくりと翔太を、確認するように見回す。
「男には間違いないみたいね。」
「えっと。その、男です。」
思いもよらない内容の、質問とも、呟きともとれるセレアの声に、翔太は、頭を掻きながらとにかく答えた。
ー どこが、女の子に? ー
「言っておくけど、男で、しかもあなたぐらいの歳でヒールが使えるなんて、かなり珍しいから、確認しただけなんだけど、、、。」
「えっ?そうなんですか?」
「、、、、、、、、。」
驚きの声を翔太に、また黙ったセレアは、かなり不審げな目を、翔太に向けた。
多少して、考えるように目を泳がせたセレアは、何を言っていいのかわからず、焦った表情であたふたしている翔太に、さらに細く、観察する目を向ける。
「そうね。ヒールが使える人は珍しいけど、街の教会に行けば誰かはいるわ。普通は女の人、男の人は極稀にいるけど、あなたぐらいの年齢の人は見たことがないわ。」
「そっ。そうですか、えーっと。」
セレアは、口ごもる翔太を細めた目で注意深く見ながら、言葉を続けた。
「それから、話題が変わるけど、その子の名前、なに?」
「えっ?」
「その子。」
自分の名前でないことはわかるものの、意味が理解できず、首を傾げる翔太。
セレアは、手を伸ばし、翔太が片手に抱く、小さな犬を指さした。
「えっ?えーーっと。」
わかった翔太は、あらためて、腕に抱いている小さな犬を眺めた。
丸く、つぶらな黒い瞳に、闇を固めたような、黒くて、多少、泥や固まった血で汚れているものの、柔らかな毛、かわいい顔。
翔太は、思いついた名前を、そのまま口にした。
「ブラック。」
「あん。」
呼ばれると同時に答えたブラックは、嬉しそうに翔太の肩によじ登ると、彼の頬を舐めた。
「わっ。あはは、くすぐったいよ。」
一心に頬を舐めるブラックを、翔太は、そっと掴み上げると、そっと、地面に下した。
あん、あん、と、騒ぐブラックの頭を、そっと撫でる翔太。
ブラックは大人しくなって、嬉しそうに、頭を撫でられる。
セレアは、その様子を暫く観察した後に、口を開いた。
「その子、なんだかわかる?」
顔を上げる翔太。
「ええ?って、、、。」
言われるままに、もう一度、ブラックを眺める。
「いっ、犬?」
「フェンリルよ。その子。」
セレアが即答するも、翔太はよくわからず首を捻った。
「フェンリル?」
「精霊獣よ。」
「?」
さらに首を傾げる翔太に、あきれたように盛大にため息をつくセレア。
「知らないで、従魔にしたの?」
「そっ、そのーーー。従魔って、わからないんだけど、、、。」
「、、、、、、、、。」
完全に、不審者を見る目で、セレアがまたもや黙った。
翔太は、全く意味がわからなかったが、知らないことがおかしいと思われていることに気が付き、知ったかぶりで誤魔化すことにした。
「なんで、従魔になってるって、、、。」
恐る恐る聞く翔太に、セレアが冷めた目線のまま答えた。
「名前よ。」
「名前?」
「そうよ。精霊獣にとって、名前は重要よ。あなたがその子の名前を呼んだ時、明らかに反応していたじゃない。どう見ても、あなたの従魔よ、その子。」
セレアが目線で、翔太に嬉しそうに撫でられているブラックを指す。
「そう言われても、、、。」
何をどう答えるべきかわからず、口を閉ざす翔太。
セレアは、不審者を見るような目をやめて、華奢な肩を窄めた。
「まぁいいわ。それよりあなた、転生者でしょ。」
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