森の中で 2
息を荒げながら、翔太は、とにかく走っていた。
最初のダッシュで得た余裕は、あっという間になくなり、かと言って、引き離すこともできずに、走るだけ。
後ろには、唸り声を上げることもなく、足音だけで、二匹の犬がついてきていることを漂わせていた。
ー 死ぬ。本当に死んじゃうよ。 ー
必死になって、何とかする方法を考えてはいたが、全く思いつかない。
いや。
正確には、狭くなってきている木々の間を、止まることなく走ることだけで頭がいっぱいになっていて、何とかしないと、と、思うのが限界だった。
ただ、早くはないものの、止まらないように走っているのは、正解だった。
二匹の犬にしてみれば、木々の隙間が狭くなっている為に、翔太が止まらない限り、前に回り込むのは難しく、後ろから飛びかかるのも、翔太が止まらない限り難しかったのだ。
二匹の犬は、黙って、翔太の体力が尽きて、止まってしまうのを待って、つけるしかなかった。
それでも、時間の問題でしかなかった。
翔太の体力は、確実に減っていた。
走る速度も、確実に落ちている。
二匹の犬は、翔太の終わりが近いことを感じて、舌なめずりをした。
「くっ。」
後ろの様子が変わったように感じたが、答えは一つしかない、走るだけ。
翔太は、限界を超えつつある体で、機械的に走っているだけになっていた。
そして。
機械的に走ることすら出来なくなる限界に達しようとした時、木々の向こうに、明るい日差しがさしている様子が、翔太の目に入った。
森を抜けようとしているのだ。
だからと言って、状況が変わるわけではない。
が。
翔太は、その日差しの中に、人の影を見つけていた。
しかも、こちらを向いている。
「たっ、助けてーーーー!」
あらん限りの声で、叫んでいた。
セレア、フランシアは、森の途切れたところにある小川で、水を汲んでいた。
「全く、討伐が終わった直後とはいえ、こうもいないとはね。まぁ、犬はいなくて助かるけど、ホーンラビットぐらいは残しといて欲しいわ。」
小川から、水袋を取り出し、軽く袋についた水を掃うと、腰に付けた。
金色で、迷うことなくストレートに腰まである髪、スレンダーでありながら、出るところはそれなり出ていて、透き通るほどに白い肌。
整った美しい顔立ちに、切れ長な、それでいて、愛嬌も忘れていない目。
そして。
尖った耳。
セレアは、エルフだった。
スッと、空を見上げるセレア。
昼はとっくに過ぎていた。
「今日中には村に帰りたいから、そろそろかしら。」
一人、呟きながら、ため息をつく。
「質のいい毒消し草があっても、数は思ったほどないし、ゴブリンは、討伐されてて出ないし、今回は失敗ね。」
狭い肩幅を、さらに狭めて、セレアは、また、ため息をついた。
と。
森の方へ目を向ける。
彼女の耳に、自分の方へ向かってくる物音が聞こえたのだ。
ー 何?走ってるの? ー
セレアは、ゆっくりと、音の向かってくる方へ身構えた。
別段、ここから離れてもよかったが、この辺りの敵であれば何とかなる、と、いう自信と、何もなさ過ぎて、少し退屈していた、と、いう理由から、音が近づいてくるのを待つことにしたのだった。
多少の時間が過ぎ、木々の隙間に何かの影が見えた。
「たっ、助けてーーーー!」
無理やり絞り出した、と、はっきりわかる声が聞こえ、影が、林から走り出てくる。
セレアは、影を見定めるために集中した。
その時。
突然、影が、足をもつれさせて、膝から倒れこむ。
同時に、腕に抱いていた黒い何かを、セレアに向かって放り投げる。
「犬だから!」
「えっ?」
反射的に、黒い何かを避けようとしていたセレアは、影の声に、思わず黒い何かを受け止めるが、確認する間もなく、
「ガアァァァァ。」
と、木々の隙間から二匹の犬が飛びかかる。
「くっ。風よ!」
瞬間、無風に近かったセレアの前に、突風が吹き荒れた。
彼女が放った、風の魔法だ。
瞬く間に、二匹の犬を押し返して、地面に激突させる。
同時に。
「あっ!」
転がっていた影も、押し飛ばした。
「キャンキャン。」
二匹の犬は、流石に力の差に気が付いたのか、尻尾を丸めて森へ逃げ込んでいく。
セレアは、足音が遠のくのを確認すると、転がっている影に近づいた。
「大丈夫よね。直撃はしてないし。」
うつ伏せになっている影を、上向きに寝かせる。
「普通に人ね。」
軽く体を確認する。
かなり擦り傷はあるが、大きな傷はなく、気を失っているのも、誰かが魔法で吹き飛ばしたためではなく、単に疲労からのようだった。
流石に、無視することもできず、セレアは、大きく息を吐いた。
「今日中に村に戻るつもりだったんだけどなーー。」
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