ストルアの村 5
月明かりに照らされながら、畑の真ん中にある小山が動いていた。
「セレア。」
「どうしたの?」
月明かりのせいではなく、小山を見て蒼白になっている翔太の呼びかけに、セレアは、全く落ち着いた様子で答えていた。
二人は、畑仕事の道具を保管しておく小屋の影から、小山を眺めていた。
「あれ、、、。かなり、なんて言ってられないぐらい大きいけど、、、。」
ブラックは、翔太に抱かれてお休み中。
「確かに大きいけど、ぎりぎり、魔獣化まではしてないわ。魔獣化していたら、もっと大きいのよ。」
案内してくれた村人は、いったん、引き上げてもらっているため、今は、二人だけだった。
ー あれより大きいのって、どんなの? ー
「あの大きさなら、いけると思うわ。」
「えっ?」
事も無げに言った、セレアの一言に、翔太が目を丸くする。
「待って。あれ、かなり、なんて言ってられないぐらい大きいよ。」
「?、確かに大きいけど、魔獣化まではしていないわ。」
「えっ?」
暫く黙って向き合う二人。
翔太が先に口を開いた。
「もしかして、、、。セレアは、あれを倒せると思ってるの?」
セレアは、変なことを言うわね、と、腰に手を当てる。
「普通に思ってるけど。」
「えっ?」
また、暫く黙って向き合う二人。
「どっ、どうやって倒すの?だって、あれ、何回も言ってるけど、かなり、なんて言ってられないぐらい大きいんだよ。」
かなり大きく息を吐いたセレア。
「確かに、かなり大きいわ。正直な話、私が強化を使っても正面からでは止めることはできないわ。」
「じゃ、じゃあ、どうするの?」
「別に、止める必要はないじゃない。」
「えっ?どう言うこと?」
目を白黒させて戸惑う翔太に、少し、鼻を高くして、セレア。
「簡単よ。翔太がおとりになって、あれの前を走ってくれればいいのよ。私が横から魔法で攻撃するから。」
セレアにしてみれば、素晴らしい作戦なのかもしれない、実際、いかにもな表情をしている。
しかし。
翔太にしてみれば、、、。
「おっ!、、、。」
叫び声を上げそうになったところを、セレアの手が口を塞いだ。
「ちょっと、なに大声出そうとしてるのよ、あれに見つかるでしょ。」
どちらかと言えば、セレアの手の感触に驚いて静かになった翔太を確認すると、手を放すセレア。
「あっ、もぅ。手に唾が付いたじゃない。」
パタパタ、手を振る。
「うーーー。」
セレアの手の感触は気になったが、先ずは、目先の危機を逃れるために考える翔太。
「でっ、でも、僕の足だと、絶対あいつに勝てないよ。追いつかれちゃうよ。」
「あのね。そんなのわかってるわよ。ちょっと待ってなさい。」
あっさり、当然でしょ、と、表情で答えたセレアは、小屋の影から半身を出す。
と。
「風よ。」
一言。
何を?、と、翔太が続いて、顔を出す。
「ぶきーーーーーーーーー!」
同時に、小山、ビックボアの叫び声が響き渡った。
血しぶきらしきものが、ビッグボアの前足あたりで飛び散るのが見える。
「さっ、これでショウタの方が速く走れるわ。頑張って、ね。」
小屋の影と言っても、ビッグボアから見て影になっているだけで、月明かりに照らされているセレアは、その綺麗な姿を翔太にはっきりと見せていた。
その彼女は、最後の一言、ね、とともに、異常なかわいい仕草で片目をつぶって見せる。
「うっ。」
普通なら一発撃沈だが、翔太は、彼女の後ろに一瞬、小悪魔の影を見て踏みとどまった。
「でっ、でも。」
「でもも、何も、時間がないわ。早く行きなさい。」
とどめに効果がなかったことに気分を害したのか、今度は、口を尖らせながら翔太を押し出そうとするセレア。
だが、時間がないのは事実。
聞こえてくるビッグボアの叫び声と、足を痛めているためか、不揃いな足音は、確実に大きくなっていた。
どうやら、攻撃が来たらしい方向へ、適当に突進し始めたようだ。
「そうそう。ブラックは、こっちね。絶対、逃げれないから。」
セレアがひょいと、翔太が抱いていたブラックを取り上げる。
ブラックを次の言い訳に考えていた翔太。
「うーーー。」
どうやら、万策尽きたようだ。
急かすセレアを後ろに、小屋の影から少し顔を出す翔太。
こちらを見られてはいないはずなのに、確かに、ビッグボアが向かってきている。
かなり感がいいのか、小屋を、敵と思っているのかはわからないが。
「ショウタ。」
セレアの声に、振り向く翔太。
「絶対大丈夫だから。」
翔太は、セレアの、さっきのようにかわいい仕草のない、落ち着いた、自信のある一言に覚悟を決めた。
ギュッと歯を食いしばる。
一気に、小屋の影から、ビックボアの前へ飛び出した。
「わあぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
ビッグボアも、翔太に気が付き、声を上げる。
「ぶきいぃぃぃぃぃぃ。」
と。
セレアの一声。
「ショウタ、曲がりなさい、真っ直ぐ突進して勝てるわけないでしょ!なるべく円を描くようにしなさい!」
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