42番地 運ゲー野郎2
ダンジョン『運ゲー野郎』のマスターの部屋でのこと。
「今日は三助君もいるんですね」
と今回は何やらすぐれ物をたずさえて来たらしい鉄チン(鉄スライム)が尋ねる。
「そうだね。待機してもらっているんだよ」
と俺(道夫)。
「待機って?」
「ああ。使える隠し通路が1本増えたんだ。そうなったら、新しいダンジョンを紹介するからと、運営政府の使者に頼まれていてね」
「使者?」
ここで鉄チンはかつての惨事を想い出したらしく、更にはその臭さが彼女のなかで薄れることはないらしく、ここまでの会話は無いことにされてしまった。なので、彼女はこう言う。
「着てみます?」
「そうしよう。実際に戦いに用いるには、体に合うように裁断した方がいいんだろうけど」
手渡されたそれ――鉄チンによれば、地獄巡りのダンジョン・マスターの脱皮であり、様々な属性攻撃を防いでくれるとのこと――を最初、服の上からまとう。
「ずいぶん、軽いんだね。ちょっと上着を脱いでみるよ。そっちの方が動きやすいかもしれない」
俺はほぼ着たきり雀になっている布の服を脱ぐ。もちろん、ズボンの方はそのままだ。一応、なんて付けたら、怒られるかな――鉄チンは女性だし、何より女神様がいる。まあ、ひけらかすほど立派なものでもないし、何はともあれ、閑話休題。ちなみに俺はときどきダンジョンの泉で服を洗っていたりする。女神様によれば、そもそもの布地は運営政府からの支給品とのこと。
「うん。こっちの方が動きやすいよ。いい感じだ。多少は物理攻撃も防いでくれるのかな?」
「どうなんでしょう? 聞いてませんわ」
「何にしろ、これまでが布の服なんだから、最低でも同じくらいには丈夫だろう」
そうして、俺は右手を硬化して振り回してみる。伸縮自在というほどではないにしろ、多少は伸び縮みするようで、破れることはなかった。
そんなところへ、女神様が部屋から出て来た。「楽しそうね」という彼女へ、鉄チンが説明しつつ、別の脱皮を渡し、まとってみてはとうながす。
「とてもきれいね」少しうっとりする感じでそう言い、「着替えて来るわ」と言い残し、自室に戻った。
三助(三色スライム)は興味津々という感じでこちらを見ている。
「俺の体に合わせて余った切れ端をやるから、それで三助用のを作ればいいよ」と言うと、嬉しそうにうなずく。
女神様が戻って来たようで、「どう? 似合う?」との声につられて見た俺の目に入って来たもの。
(おお)想わず出そうになった心の声を何とか抑える。(なんという勘違い。いや。そうじゃない。それがただしい着方なんだよ。そうだよ。素晴らしい。でも、そんなんで歩かれたら、俺の方が大変だよ)
そう女神様は俺同様に上着を脱いで直接脱皮をまとう。なので、薄物越しとはいえ、女神様の女神様が初披露されておった。
(グレートというしかない)再び声を抑える。そして、俺はこれまでのいろんなことに感謝した。生きてて良かった。
ただ、もう1体、女性がいることを失念しておった。そう、鉄チンが何か変態を見る如くの目で俺をにらんでいるのに気付く。
(俺? いや、俺は何もしてないだろう。これをたずさえて来たのも鉄チンだし、着るのを勧めたのも鉄チンだ。それに、どう着こなすかは女神様の自由だ。女神様が最初に見て感嘆した通り、これは美しい着物――黄金色に照り映える薄物でもあるのだから。ただ、鉄チンは非難の視線もそのままに、俺に分からぬ言葉で女神様に告げる。すると、女神様まで目つきをけわしくして、俺をにらむ。
(俺? なんで? 何もしてないよ)
気おされ、そらした視線の先には三助。やはり、目が飛び出さんばかりに見つめておる。
(三助。悪い。ここはお前が何とかしてくれ)
そう心の中で念じるとともに、三助を女神様の方へ放る。
女神様はついつい両腕で受け取り、そうするとおのずと胸の上に抱きしめる格好となる。
それを見て烈火のごとく怒りだしたは鉄チン。どうやら、三助に対して怒鳴っているらしい。キッキッとの言葉が混じるので、たぶんスライム語だ。これには女神様も驚いたようで、却って三助を守ろうとしてか、しっかりと胸に抱く。
(もしかして、鉄チン。三助のことが好きなのかもな。『ぺろぺろ』の双翼スライムに続いて鉄チンもかよ。もてる男はつらいな。うらやましいぜ。でも、あとで鉄チンに殺されるかもな)
そうして、あらためて見てみると、三助は死んだように動かない。
(そうか。三助。ついに新アビリティ『死んだふり』を会得したんだな。気持ちはよく分かる。俺だって薄物1枚へだててとはいえ、女神様の胸に触れるを得たなら、それこそ死んでもいいからよ)