41番地 シャクトリンゴの道4
未だ『ぺろぺろ』の中でのこと。
シャクトリンゴは、店構えの中のその者に引き寄せられるものを感じ、そちらに向かう。それは一風変わったその姿――道夫様と同じ体なのだが、頭は牛であった――ゆえではなかった。その者が、スリ鉢の中のものをスリコギでこねておったゆえである。食材屋かと想ったのでる。己の体で栽培できるのはキノコだけだが、他の食材にも通じることが、料理人としての成長には不可欠と考えたのである。
その者いわく、「しがない薬屋ですわ。いえね。私の一族は代々回復や治療の呪術を得手とする一族でして、代々、神農を名乗ります。なので、私も神農だったりするんですが。しかし、こちらに転生してのちは、この呪法の能力がまったく失われましてね。それで薬を扱うようになったという次第です」
そうして、たまにスリコギを回す手を止めては、グビリとやる。
「酒は百薬の長といいます。こうして、貴方がのぞきこんでいるのは、薬方(=薬の処方・調剤)に興味があってのことと存じます。どうです。まずは一献」
シャクトリンゴは、口の前に出された盃を少し舐めてみる。甘い。アナーヒターの甘露を想い出す。そんな味だった。違うのは、しばらくして頭の中がしびれたような、とろけるような、そんな感じになったこと。
「おやおや。余りお酒に慣れていないのかな? 少ししか呑んでないはずだけど、酔っぱらったみたいだね。しかし、全然、しゃべらないね。というか、たぶん、しゃべれない種族なんだね。なら、仕方ない。
ところで、君、面白いね。体にキノコを生やしているんだ。ここの召喚師様は、キノコは栽培しないから、食材としてはゲテモノ扱いされてしまうけど、なんのなんの薬剤としては、なかなかの優れもの。お酒のお礼と言ってはなんだが、ちょっと味見させてもらうね。あとで、薬材も欲しいものをあげるから、いいだろう」
シャクトリンゴはふらふらと上体を揺らしながらも、うなずく。神農は火でちょっとあぶってから、いただく。
「うん。おいしい。それに君は本当にいろんなものを生やしているんだね。すごいよ」
数本、たいらげては、
「おお。味もいろいろだ」
更に数本、食して、頭の上に生えているものに気付く。
「何か。これ、ちょっと気味が悪いね。赤黒マダラのキノコなんて。もしかして毒キノコ。でも、こういうのに限って、薬功が抜群なんてのがたまにあるんだよ。まずは我が身で試すと」
「おお。何だ。これ。白日夢の中にいるのか? 俺は草と言うか、いや、木だな、そんなものになったぞ。そうして、根は地を張り、枝は大空に伸び、おお、俺は大樹へと。満天の夜空の下の大樹」
神農はだまりこみ、より深く沈潜する如くであった。やがて、
「多分、このキノコの効用だね。幻覚作用だ。うん。食材や薬材の中には、たまにある。あれっ。酔いがすっかり覚めちまったぞ。これもキノコの特効か。せっかくのお酒が無駄じゃねえか」
そう言いつつ、シャクトリンゴの首をつかんでゆさぶりたくなったが、首がない。
「仕方ねえ。酔いは覚めたが、酔狂な客人ということで、良しとするか。まあ、キノコはおいしかったし、悪くねえよ」
寝てしまったシャクトリンゴへの独り言を、神農はそうしめくくった。