40番地 シャクトリンゴの道3
ピヨ丸様の望むところは、どうも私とは違ったらしい。私が食材集めをしておるのを、奇妙なものを見る目でながめておったが、ある日、突然、姿を消された。これ以上、道を共にしても互いのためにならぬ。そう想われたのであろう。私も同感である。
私、シャクトリンゴ(巨大シャクトリムシ)は、今、ダンジョン『ぺろぺろ』でキノコを集めておる。そして、ここ最近は地下2層のとある部屋におった。ダンジョン内にはいくつもの泉が湧いておるのだが、その1つがここ。
そして、私がおる理由は、その泉にちゃぽんとばかりつかっておる存在ゆえであった。泉の水は飲み物なんだから、つかっちゃダメとか、体が冷えてしまうから、早く出なさいなどと言う必要はない。何せ、水の精アナーヒターなのだから。彼女は水につかっている部分は水に溶けてしまう。逆に言えば、水から出て初めて姿をなす。
少し癖っ毛の髪は形の良い丸顔をやはり丸く包み込む。髪もまつげもその細さゆえに形を保つのが困難なのであろう、プルプル震えておる。すべてが水でできておるので、慣れるまで分かりにくいが、和やかな印象を与えるたれ目の中で、瞳はいたずらっ子のごとくキョロキョロと動く。丸く低い鼻は愛嬌まんてんである。せせらぎの如くの軽やかな声を出す唇は、こぢんまりとして、当然、いつも濡れている。
普段、彼女が出すのは顔のみなのだが、私に水を呑ますときのみ、半身を出す。指先を私にくわえさせ、そこを私がなめると、水がしたたるのである。
「どう? 私の甘露は?」
「とても、おいしいです」
ただ私にはその味以上に、目を惹かれるものがあり、気もそぞろである。その半身には双丘がしっかりと形をなしておるゆえに。ここの前に訪れた無勝堂の召喚師様に劣らぬほど、たわわである。ただ、アナーヒターの方が痩身であるゆえに、その大きさはより際立ってしまう。
服をまとわぬことは、彼女にとって当然のことなのだろう。何せ、水につかれば、体は溶けてしまう。そうなれば、服など邪魔者以外の何者でもない。なので、見られても恥ずかしくないはず。であったのが、1度きりであったが、こんなこともあった。
「そんなに見られると、恥ずかしいわ」
「美しいので」
今、考えるとても恥ずかしいが、そのときは単純に心のままに答えた。
「お世辞でもうれしいわ」
「本当です」
「そう?」
彼女はまんざらでもないようであった。
私がここにおるを喜ばれている理由は、背中に栽培するキノコゆえであった。彼女はとてもそれを気に入ってくれて、おいしいおいしいと食べてくれる。先の甘露のご褒美も、そのお礼みたいなものだ。もし、許されるなら、ここにずっとおりたいと想っておったのだが。
「ねえ。シャクトリンゴ君。私ってば、食いしんボなの。また食べたことのないキノコも食べてみたいわ」
そう言われては、再び、食材探しの度に出るしかなかった。後髪を――私には無いのだが――引かれるのは、恐らく私の恋心ゆえなのだろう。初めてのことゆえ、しかとは分からぬが。
そしてアナーヒターもまた少しでも似た想いを抱いてくれておるのだろうか? そこは自身が無い。ただ、彼女の望むものを持ち帰れば、彼女の心の内にも芽生えるかもしれない。そんな期待を胸に、足を進めた。一応、我らにも小さな足はあるのである。