38番地 愛の虚(うつ)ろ
使者の役目をにない、4つのダンジョンを行き来する鉄チン(鉄スライム)。今は『地獄巡り』のマスター(見た目は東洋の竜)の下におった。そして、その視線の先には屁コキ野郎(見た目は白い子猫)。
最前のこと。不意に姿を現したと想うと、鉄チンの前に近づいて来た。マスターの脱皮に全身を包んでおるゆえ、屁は届かぬと油断しておったところ、いきなり脱皮をはだけて、放屁したのだ。一体、何を食べたら、こんなにと、その臭さに悶絶することになった。
そして、今や、脱皮をいかに素早くはだけて、ケツを露出させられるかに、懸命になっておる。ただの変態である。
「鉄チンよ。我は己のダンジョンへ敵を集める提案をなした。その本当の理由が分かるか」
上より野太い声で尋ねられ、しばし考え込んでから、答える。
「他の召喚師様を守りたいとのお気持ちからなさったと、かつて、マスター自身がそうおっしゃっていたと記憶します」
「もちろん、それもある。ただ、本心をいえば、妻の復讐をしたいから。それだけよ。妻を失ってのち、我はいかんともしがたき虚しさに呑まれておる。それほどに、あの者は我の心を占めておった。楽し気な妻の笑い声が聞こえた気がして、あわててその姿を捜した後、これが空耳と想い知る。これを何度繰り返したことか。
その妻を奪った輩は、最早、このダンジョンには攻め込むまい。既にその目的を果たし終えたのだから。そして新たな獲物――召喚師の殺害を求めて、他のダンジョンに入るに違いない。それを我の下へといざなうためだ。見方を変えれば、他のダンジョンの召喚師をおとりに使う卑怯なる行いに過ぎぬ」
そう聞かされ、やはり鉄チンはしばし考え込んだあとに、答える。
「今回の提案により、彼らは、時というかけがいのないものを得ました。これは彼らのダンジョンの強化に必要なものです。
私のそもそもの主、『無勝堂』のマスターはかなりお強いですが。『ぺろぺろ』のマスターは属性向上により新境地に達したと聞き及びます。『運ゲー野郎』のマスターは1番弱いですが、彼なりに努力はしておるようです。
ただ、貴方が最強です。そんな貴方に守っていただけること――自らのみでなく、その愛する召喚師様も――そのことを感謝しないなどということが、果たしてありましょうか?
私も深く感謝しております。貴方を含めて、いずれのマスターも召喚師様も失いたくありません。こうして使者の任をいつまでも務め続けることが、私の願いでもあります。
あまり自らを悪く言われませぬよう、お願いいたします。それをお聞きすることは、あの屁コキ野郎の屁より不快です」
ついつい、感情のままにここまで言ってから、マスターにとってあいつの屁はかぐわしいものであったと気付く。同時に言い過ぎたかとの後悔に駆られ、マスターの顔を仰ぎ見るも、
「我の場合、そもそもの体質と『属性アップ』というアビリティが合ったというだけなのだがな。『ぺろぺろ』のマスターにとっても同様と聞けて、とても嬉しいぞ」
帰って来たのはマスターの優しき心を伝える言葉であった。