34番地 索敵続行
第23C人格の猿もどきへの換装。今回、第12人格に許された権限があくまで索敵を目的とした場合に限るということを考慮するならば、この換装はかなりグレイであるのだが――猿もどきが『運ゲー野郎』や『地獄巡り』の特攻かといえば、否である――彼は自らの憂さ晴らしを優先したのだった。
その第12人格は、これ以降の索敵は己のみでやることにした。他の人格を用いれば同じような面倒ごとになるやもしれぬからだ。己と『己の簡易体2体』、その計3体でやることになる。問題は簡易体が換装できる機体が厳しく制限され、結果として全体の戦闘力が大きく落ちること。ただ、女王(=母上)からの依頼はあくまで『運ゲー野郎』の索敵であり、攻略ではない。今となっては、最初からこの方法でやればよかったとも想うが。
彼は同じこと――『運ゲー野郎』から『地獄巡り』への移動が起こるかを、まずは検証することにした。悔しいことではあるが、第4人格の検証は正しいことであった。あの憎々しき福ダルマ人形の様が想い出され、妄想の中で何度も足で踏みつけて、何とか己の気持ちを落ち着ける。
もし、これが本当に起きているなら、まさに由々しき事態であり、これだけでも報告の価値があるというもの。本来であれば、マスターのアビリティ(=能力)はそのダンジョンに限定されるはず。なので、ありえぬことなのだ。
これを女王に報告すれば、位階を上げてもらえるかもしれない。今は空位の第3人格へと。ここであの第4人格の言葉が想い出され、再び頭に血が昇る。俺が重要なことを聞ける位階におらぬなどと。ふざけやがって。嘘に決まっている。何としても、あいつより上になって、ざまあみさらせをしてやる。そのためにも、まずはこれを成功することだ。
俺は自らを雷神に換装することにした。これまでの勝敗記録を調査してみると、最近のもので、風神・雷神のコンビで雷公の間を突破しておった。マスターには敗れているが、今回は問題とはならない。
なので風神を相棒にと行きたいところだが、簡易体では神将など望むべくもない。普通の機体さえ無理で、雑魚確定である。戦闘力は15以下。まともに選ぶだけ時間の無駄というもの。蚊もどき。戦闘力14。ギリじゃねえかと想いつつ、これにする。敵にダメージなどは期待できないが、かゆい想いをさせれば愉快というのが選んだ理由。本当はハチもどきにしたかったが、戦闘力162となれば、無理である。
彼は、確かにダンジョン『運ゲー野郎』の入り口から入った。その最初の間にて、やはり他の間に移動した。ただ、まだ帰る気はない。ここが『地獄巡り』か否かは、先の不動明王が提出した記録データと、今、俺が記録している映像を比較すれば、判断可能なのだが。もう少し情報を入手したかった。
俺は探査を開始するに当たり、各感覚を調整する。視覚については、先ほど明るい野外からほの暗い『運ゲー野郎』に入るに際し、調整済であった。
周辺は静かであることから聴覚は10倍に、臭気もほぼ感じられず嗅覚は千倍にする。敵の接近を容易に知るためである。これらの調整は他の者も行おうが、多くは聴覚に頼りがちである。ただ、これには落とし穴があることを俺は知る。ダンジョン特有のことであるが、音が反響してしまい、接近しているのか否かの判断が難しいのだ。ゆえに嗅覚に頼ることにしている。己の賢明さに気分の高揚を感じつつ、歩を進める。
進んで行くと、やがて、小さな獣が近づいて来る。不動明王の映像にも映っておった。果てさて、どんな生き物ならん。というより、握りつぶしてやろうと想い、まずは拾い上げる。何かの薄物をまとっており、そのざらついた感触が伝わって来る。相手はケツを上げる奇妙な仕草をしだす。何ならんと想うと、不意に薄物がはだけて、ケツが丸出しになり、ブヒっとの音とともに強烈な臭気が。
「いかん。嗅覚を上げ過ぎた。早く下げないと……不覚」
のちに俺は意識を取り戻した。蚊もどきが2体ともおらぬのに気付く。探してみると、床に転がっておった。共に血まみれである。むう。最低限の反撃はしてくれたのだろう。さぞ、かゆがっておろう。そう想うと、嬉しくはある。2体をふところに入れ、己は先に進むことにする。