25番地 索敵3
「ところで、先ほどマスターのアビリティが発動しないと言われたが、いかなるアビリティか?」
未だ槍は構えずに、オーディンは尋ねる。
「属性効果アップです。これが発動すると、我に勝てる者はほとんどおりませぬ。ただ、そのような勝ち方は我の本意にはあらず」
オーディンはちらとゴム・マンボウに目配せする。できれば、お前が耐えられるか、試しておけと。ただ、そこに見だすは、眼前に展開されるであろうバトルへの期待感に心占められた呆けた顔にすぎず。元は同一人格ゆえ、その気持ちはいたいほどに良く分かり、とりあえず、そこはあきらめるも、己はなお情報収集に努めることにする。
「このダンジョンは運ゲー野郎で間違いないのだろう?」
「さにあらず。ここは地獄巡り。ただ、その運ゲー野郎とは同盟したとマスターから聞いております」
「なるほど」
異口同音に己と不動明王が声を発す。それに苦笑いを浮かべつつ、
「いざ。参らん」
オーディンはようやくグングニル――まるで数多吸ってきた血を帯びる如くの紅の柄を握り、その鈍色の穂先を相手に向ける。
カラン。コロン。必中の槍であれ、投じられなければ、役立たずも同然。それを握る手を集中的に狙われ、まともに持っていることさえできぬ。更には、そのムチの打撃には雷撃も乗っておるのだろう。しびれっぱなしである。
ゴム・マンボプと代わるか? あいつなら、雷撃は無効化できよう。しかし、あの動きの遅さでは己以上に撃たれ放題となるは明らか。
仕方ない。本来は3体同時に使ってこそなのだが。我のみでどこまで通じるか、試すとするか。
「バーサーク」
小声でそうつぶやく。己の精神は、戦いに集中し、やがて没頭して行く。誰に言われずとも、これが歓喜の源であると知るゆえに。心の中を強烈な歓喜で満たされるとともに、速度が上がって行くのが、手に取るように分かる。
あいてのムチはしつこく追って来るも、跳躍・反転・屈曲と曲芸師の如く動いては、そのことごとくをかわして行く。想うがままに体が動き、そのことが歓喜のレベルを1段階上げる。しびれは取れて来ていた。
ここ。一体のみの凶戦士化で出せる最高速に達するや、槍を拾い上げる。
確かに槍は相手の体を貫いたが、投じるまでもなかった。敵は自ら接近し、グングニルの槍をその身に受けたのだ。ただ、己はその状況をゆっくり確認もできなかった。既に半ば意識は飛んでおった。おまけに体からはぶすぶすと焼け焦げた嫌な臭いがする。寸前、確かにこいつはムチを捨て、右手を俺の額に当てた。俺の眼を白熱の光が焼いた。恐らく、こいつの強烈な雷撃を受けたのだろう。何の躊躇もなく、自らの体を差し出すとは。生まれながらの凶戦士か。
ごつい手――恐らく不動明王のものであろう――が己の体を助け起こす。ゴム・マンボウに属性効果アップに耐えられるか、試すよう伝えてくれ、そう言ったつもりだったが、声にはならぬ。
代わりに聞こえて来たのは次の如くの野太い声だった。
「体が既に消えかけておる。いったん、戻るぞ。応援が来ては厄介だ」