13番地 地獄巡り2
私 (=鉄チン)が道夫様からの伝言の一つ――警告への感謝を伝えると、地獄巡りのマスターはたいそうお喜びなされた。引き続き、残りの伝言も伝えようとしたが、
「ちょっと待て。どうやら敵が神将たる雷公の間を突破した。とすれば、相手も神将級の者を連れて来たということ。こんなことは滅多にない。我も今はすこぶる気分が良い。そなたの使者の任へのお礼として、我自らの戦いを披露するとしよう」
そう、おっしゃり、私にペラペラの半透明の薄物をくださり、それをまとえとのこと。
「何です?」と尋ねると、
「我の脱皮よ。雷より守ってくれる」
他のモンスターがマスターの言葉に従い、ぞろぞろと部屋を出るなか、ただ一人、残ってせがんでおる者が。あの屁コキ野郎である。見ていると、マスターは私に与えたものと同じものをあれにもくれておる。あれは何もしておらぬのに。マスターの余りの気前の良さに、嫉妬さえ抱きそうになる。ただ、それもマスターの変容を見ては、消し飛ばざるを得ない。
そのうろこの一枚一枚が逆立って行く。その一枚一枚から漏れ出る揺れる光が成長しては、数多の稲光となる。恐らくマスターの雷気が、部屋の属性アップ効果と反応してのことなのだろうが。その属性アップの効果には部屋の巨大化というのも含まれるらしい。というか、壁が最早なく、ここはまさに果てなき空間である。マスターが転生する前の世界が再現されているのだろうか?
やがて、敵が間に入って来て、マスターのドラ声が響き渡る。「風神・雷神とはな」そこには、明らかに嬉々としたものがあった。
私は恐怖にすくみあがる。あれも同じで、やはりすくみ上っておるであろう。同類相哀れむで互いの心中を慰めあわんとして、姿を近くに探すが、見当たらぬ。再びマスターの方を見やると、何やら肩あたりに小さいものが乗っておる。遠くて良く分からないが、ケツを上に向けておる気がする。
そして、まさに、その上方にはマスターが風神・雷神と呼んだ2体が浮かんでおった。腹ばいの状態であり、互いの頭のてっぺんがくっつけんばかりの距離である。やがて2体は互いの腕をつかむ。そして、一体が顔を横に向けると、猛烈な息を吐き出す。それを動力として、2体は回転しだした。そして次にはそれに合わせて、部屋の空気が回転しだす。強風が吹き荒れ、やはりというか、当然というか、あれらしきものが宙を舞っておる。マスターからひきはがされたのだ。ただ、風はますます強くなり、なんと私の体まで舞い上がってしまう。
「あれー。マスター。聞いていませんわ」
暴風はこれくらいで十分とみなしたか、2体は腕を離す。1体が手で印らしきものを組み、大声を発す。果たして、呪であったか。巨大な雷がマスターを貫く。しかし、マスターはむしろ歓喜に打ち震えているようにさえ見える。
やがて、息を吐きながら後ろ向きの態勢で突進して来たもう1体は、ぶつかる直前にくるりと反転して正対、頭から突撃をくらわす――はずであったが、マスターの短い両手にむんずとつかまれ、その勢いを止められた。
「ナイスキャッチ」想わず私は叫んでいた。
そうしてマスターいわく、
「さあ、我が勢いをつけて進ぜよう。ほらほら。息を吐いてみろ」
頭をつかんだその者を片手でぐるぐる振り回し、最後には放り投げる無体ななさりよう。
帯電した大気の中を暴風にあおられながらも、私は何度かあれと接近する。楽しそうにさえ見えた。阿呆なのか?
そして、私はマスターの姿を見失うまいとしておるうちに、急激に近づいてしまう。「ナイスキャッチ」今度は、やや控えめに口に出した。
「しかし、そなたの体にはよく雷が落ちるのう。目出度きことよのう」
(むむ。私も想わぬでもなかったが、この脱皮は雷の威力を打ち消しこそすれ、雷そのものを避けてはくれぬのだ)
手に持った私ともども、マスターの体を敵の放った大雷が貫く。マスターはなぜか私を投げる姿勢に入る。悪い予感がする。私は道夫様が三助君を投げるという戦い方をするのだと、マスターに伝えたことがある。戦闘で活躍する三助君が羨ましいとまで。
「雷魔法使いよ。雷は防げても、こいつの頭突きには耐えられまい」
私は放り投げられた。
「聞いていませんわー」との悲鳴を上げ、強く目をつぶるが、むなしく、ゴチンとの鈍い音と衝撃が。鉄の私は痛くもかゆくもなかったが。恐る恐る目を開けると、私のかたわらで頭のつぶれた敵の姿が消えかけておった。