第26話 無勝堂
『そなたの主だが、『運ゲー野郎』と名乗るとは、果たして、どんな戦い方をしておるのかのう。是非、一度、見てみたいものだ。ただ、我の真逆には違いなかろう。戦い方をもって名付けるなら、我のそれは『必然道』とでもなろうか。ただ、我のは『無勝堂』――そう名付けたゆえは、むしろ、悟るべきものとしてである」
そう三助は無勝堂主――敬意を込めて主の語を付けて呼んでおる――に言われておった。
2つのダンジョンの協力関係は進み行き、こちらには三助が、道夫のところには鉄ちんが常駐する如くとなっておった。「いろいろ学んで来い」道夫からはそう言われて送り出された。己と共にこちらに来ておるモンスターもおった。岩でできたゴーレムの岩兵衛、生きている暖簾とおぼしき『生暖簾』。こちらの主はもっぱらタンク職と共にしか戦わぬというので、そうした者たちが選ばれたはずだが。ただ、『生暖簾』については、これまでの戦い振りからしても、道夫が間違えて選んだのでは、と想わざるを得ない。
そして堂主の戦いを今日も今日とて見せてくれるという。
「『無勝堂』とのダンジョン名とともに、我らの戦い方も徐々に知れ渡っておるようだが。今のところ、幸いにも、我らに対する攻略法が間違った方向に進んでおる。そして、どうやら、それに未だ気付いておらぬようだ」
とも言われた。
堂主の前には、計5体のタンク――うち2体は、こちらから修行に来ている者。
敵の最前面に立つは小柄な拳法家。身にまとうは身軽そうな絹の紫衣。双手に持つは独鈷杵。あえて、頑丈さには頑丈さでつぶすという真っ向勝負ではなく、素早さで圧倒するということだろうか? ただ、その速さが何と生暖簾に絡め取られる。突こうが蹴ろうが、ふわりとばかりに包み込まれる。この者が活躍するのは初めてであった。やはり、何ごとも相手次第ということはあるのか?
ただただ疲れ、ただただ徒労を憶えたのか。一端、赤き燐光をまとうその者はしりぞく。ただ、それで終わりという訳ではないようで、懐から更に2本取り出すや、計4本の独鈷杵を、己らを囲むように四方の床に打ち込む。やおら、あぐらを組むと、呪法らしきものを唱え出す。
生暖簾の活躍に刺激されてか、岩兵衛が突撃をかけるも、見事に跳ね返される。どうやら、見えぬ壁にて自分たちを守るという仕掛けらしい。その後方にて、無地の長衣――1は朱、1は黒――に身を包む2体の者が呪法を唱える。しかも共に長句。
「なにゆえか。奴らは我を倒すのに、より強大な攻撃力を必要とすると勘違いしておる。足りぬから負けるのだと」
堂主の言葉を三助は想い出す。その眼前では、見えぬ壁の内側にて巨大な赤と黒の炎が立ち上り始めておった。やがてそれは二つの流れと化し、共にとぐろを巻き合い、1本の炎となって、今にも堂主たちを襲わんとする。岩兵衛をはじいた障壁は、いかなる仕掛けゆえか、炎はさまたげなかった。
「散れ」その言葉を聞いて――いや聞く前から、堂主の前のタンクたちはいずれも逃げ出しておった。
その様を見た拳法家は軽侮の笑みを浮かべた。そんな中、赤黒まだらの蛇とも見える炎が、堂主を呑み込む――そのはずだが、何故か、炎は攻め手3人を襲っておった。
「我のアビリティは『カウンター』。いずれの者も我を殺そうとして、巨大な攻撃力を有する術を行い、そしてそのために自滅するのだ。我に勝つことは不可能だ。ただ、我もまた自らの力では勝てぬ。我は『カウンター』を得た代償として、我自身に由来する全ての力を失った。大げさではなく、我は幼児さえ倒せぬ。勝者無し――まさに我がダンジョンの名の由来であり、また、学ぶべき真理でもある」
その言葉を証し立てるごとく、攻め手3人の体は焼け焦げ、消失した。