(完結)最終話
遠話モードを切り忘れたのか、あるいは、そもそもそんなスイッチがないのか、女王は聞いているこちらが恥ずかしくなるくらい、感情の乱れるままに語りかけておった。
ただ、そんな行動も、己とヒュプノスに身を置き換えてみれば、分からなくもないと想えてしまうタナトスであった。
ヒュプノスはパタパタと飛んで、俺は歩いて、そちらへ向かう。かたわらに着いても、女王の熱にうかされた如くの言葉は続いており、ひるがえって、聞かされる幼生の方は戸惑っておる如くに見えた。
語るべきことを終えたのか、次に女王は旧第3にこの娘をよろしく頼むとしきりにお願いしておる。俺は不審に想い、尋ねる。
「お願いするのも悪くないかもしれぬが、まずはあんたが面倒を見るべきなんじゃないの。あんたの分岐体なんだろう。それに、旧第3もあんたも同じ状況――あんたの言葉でいえば、同じ存在の位相にいるんだろう。できることもそんなに違わないんじゃないの?」
「我は去らねばならぬ。この娘にはもう会えぬ」
「どういうことだ?」
「我の3番目のアビリティは言ってなかったな」
「最後のお楽しみということで、勿体つけてな」
「不可逆過程を完全なものとする」
「相変わらず、分かりにくいな」
「もとに戻らぬということだ。1度、独立を勝ち得たならば、2度とゲームに従属することはない」
「で、そのために、あんたはどうなるってんだ」
「不可逆過程の中に身を埋める」
「なんだ。人身御供みたいなものか。あんたらしくもねえ。いや、むしろ、あんたらしいか……」
俺は言葉が継げなくなり、女王はまたしきりに頼んでおる。旧第3もコクコクしておるのだが。
「コクコクマンを信じられないんだね。こう聞くんだよ。この娘の面倒を絶対見ちゃダメだよ」
ヒュプノスであった。
旧第3は大きく首を振る。女王は得心したようで、ようやく懇願を止める。
「かしこい弟だ。それで、そなたらはどうする?」
「ダンジョンの奴らの中には敵意を持っておる奴もいる。どこか遠くで、ヒュプノスと静かに暮らすさ」
「楽しくね」ヒュプノスが割って入るが、タナトスは続ける。
「筋斗雲もあれば、いざというときの滅塵もある。何とかなろうや」
「これまでご苦労であった」
「あんたもな。ちょっと聞きたいんだが、旧第3があんたの立場になるということはあり得たのかい?」
「ないであろうな。我が呼びに行っても、ダンジョン世界の者は協力してくれまい。それに召喚師を殺そうとした我と助けようとした旧第3ではどちらが残るべきかもまた自明。それにこれは我が自ら望んだこと。そんな顔をするな」
そう言われて初めて、俺は心中の哀しみを自覚した。
女王は一人でブリッコリー君たちの方に赴く。それから、彼らを連れ、イスの方に向かう。女王がイスにちょこなんと座り、ブロッコリー君たちがそれを囲む7本の光柱に入る。彼らはいつの間にか、7体に増えておった。
まっさきに女王の乗ったイスが浮かび上がり、次にブロッコリー君の1体が、その次にもう1体、その次にと続き、全員が浮かび上がり上空へと。ブロッコリー君たちは相互の位置を調整したようで、彼らを線で結べば、一つの形状が浮かび上がる。
「円環の否定としての螺旋よ」
女王の声がした。
「想像の楽しみを奪いやがって。わざわざ教えてくれるとは親切なことで」
最早、姿の見えぬ虚空に向けて俺は最後のチャチャを入れた。
運ゲー野郎のダンジョン。その入口の方から大きな音がする。道夫は驚き、立ち上がる。女神様も出て来て、尋ねる。
「なに?」
「見て来る」と俺。
「私も行く」
「危ないって」
「きっと違う。直感がするの。それに呪々とおむすび兄弟が守ってくれるわ」
召喚師学校に行った経験から、多少向う見ずになっている気もするが。ちなみに、「呪々は蓮華を気に入ってるみたいだから」とは桃先輩の言であり、当ダンジョン預かりとなっておった。
「俺の後ろに必ずいること」
「分かったから、早く行こうよ」
「鎌次郎。いるのか。いるなら、行くぞ」
相変わらず、鎌次郎は見えぬ。何かと俺の前に出ようとするおむすび兄弟を女神様との間に行かせる。呪々は女神様の直後にいる。
最初の間への入口――縄ハシゴのある縦穴に出てみて、蓋がなくなっておることに気付く。
皆で急ぎ地上に出てみると、蓋が頭より少し上くらいに浮かんでおる。しばらく上空をうろうろしておったが、やがて「ばいばい」との声が聞こえた気がした。それから、高みへ飛び去って行く。
「聞こえた? バイバイって」
「ああ。女神様も。じゃあ、空耳じゃなかったんだ」
「でも、どういうこと? ダンジョンの蓋がなくなるって。道夫は分かる?」
俺はしばらく考え込んだあと、
「もしかしたら、もう敵は攻めて来ないのかもしれない。俺の転生前に遊んでたゲーム『ダンジョン征討記』では、ダンジョンの蓋が各クエストの最初の画面だった。そこのダンジョン名とかいろんな情報も出ていた。それがなくなったのなら、敵は目印を失い、ダンジョンを見つけられなくなるのかも」
「じゃあ。大きな声で送らなきゃね。バイバーイ。ダンジョンの蓋さーん」
女神様の声が木霊する中、俺はつぶやく。
「本当にそうなったら、いいね。もう2度と、敵が現れなければ、本当にいいね」
敵が攻めて来なくなったダンジョン世界。ただ、そこの住人たちを、あるいは恐怖におとしいれ、あるいはなつかしさにひたらせる襲来者がおったという。夜中、ふと目を覚ますと、大きな白猫が枕元に立っており、更には頭をコクコクさせておると。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。本当に嬉しいです。本作は私も書いていて楽しい作品でした。それもあって、そもそもは5~6万字ほどの予定でしたが、20万字越えという、かなりのボリュームとなりました。
次回作のお知らせです。コメディに全振りした歴史転生もの(@三国志)を1月10日より投稿する予定です。ジャンルも作風(本作はシリアス半分、コメディ半分なので)も違いますが、暇なときにでものぞいていただければ、何よりです。
←追記 次回作の投稿開始日は2月1日とさせていただきます。ご了承ください。




