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第53話 屁コキ野郎@存在の空処

 恰幅かっぷくの良い女性。ダンジョン『存在の空処』の召喚師である。マスターの間ということもあり、八選体が控えておる。ただし、マスターは不在である。


 彼女の足元へ白い小さな獣がトコトコと歩いて行く。


「あら、あら、可愛いわねー」


 彼女はその獣を拾い上げ、毛並みの良いその小さな額に頬ずりしようとする。ただ、その白い獣。それに応じるのを拒むばかりか、逆に尻を持ち上げる。彼女がそれに戸惑っておると、


 ブヒッ。そして強烈な臭気。


「なに、さらしとんじゃ。われ~」


 との怒声とともに彼女は獣を放り投げる。


 ただ、その獣、身軽らしく、空中で態勢を整えると、ふわりと着地する。




 八選体会議。

 このダンジョンでは、マスターは戦わず、代わりに八体のモンスターが戦う。攻略側はこの八体に勝てば良いという訳ではない。一体はいわば外れくじであり、誤ってこの者を倒した時点で攻略側の負けとなる。これが、マスターのアビリティ『お隠れ』にほかならぬ。


 今、その八体のモンスターが集い、ひとつのことを議論しておった。その中には、先の決戦に参加したミノタウロスと陽炎――その代表者の一人――もおった。


「豪胆というしかない」


「この中であのような振る舞いをなしうる者はおるか」


「無理無理。我など、近づくだけで小便を漏らしそうになるわ」


「しかも、母上の怒髪天をつく叫びっぷりを聞かれましたかな? まさに見事というしかない挑発技」


「これまで、務められました蚊もどき様には、勇退いただくことになろうかと」


「無論、いなはありませぬ。誰も、あの者を推挙せぬなら、私自らせねばならぬと想っておったところ。おそらく私が勝るは弱弱しさの一点。ただ、あの者は可愛さを備えておる。ひたすらに弱弱しく見える私は、却って敵の警戒心を引き起こさぬとも限りませぬ。あのように可愛い者こそ、敵を惑乱しうるかと」と蚊もどき。


「うむ。挑発に惑乱。まさにジョーカー(外れくじ)として、欠けたるものなし」とは陽炎。「いかがでしょう。神将ミノタウロス殿」


 そう言われた方はうなずくのみ。何せ、この者、喋れぬ。


「マスターは未だお隠れをお解きにならぬか?」


「母上のあの雄たけびの如くを聞かれては、しばらくは姿を現さぬであろう。ただ、お隠れの際は、攻略戦に関しては、我ら八選体に全権を委任すると明言されておる」と陽炎。


 こうして、屁コキ野郎は、『存在の空処』ダンジョンの八選体の一として、敵を迎え撃つ重要な役目をになうことになった。


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