第35話 桃先輩11
昨夜、新しい経験と環境のゆえか、なかなか寝付けなかった。ただ、一つ気付いたことがあった。それもあり、次の朝、早速、尻子玉先生のところに向かう。召喚師の白衣の上に、やはり白の上着を重ね着してだ。ダンジョン内は風は吹かず、また地熱もあるので、温かい。ただ、地上は、特に朝はやや冷える。
彼は校門のすぐ外側にある小屋に常駐しておる。なので、互いに用があれば、たやすく行き来できた。彼は外見上はそう見えなくはないが、レベル1以上のモンスターという訳ではないので、学内に入ることも問題ない。ただ、生徒たち――特に年少組の子たちが右往左往して逃げ回るというのは相変わらずであるが。
彼は散らかっていますのでと言って、小屋の中には入れてくれず、なので、吹き抜ける風に肌寒さを憶えながら、彼と屋外で立ち話をする。一応、気遣ってか、熱い飲み物を出してくれた。
びっくりするほど甘い。
「何を入れたの?」
「ハチミツです。この前、周りを調査しているとき、ハチの巣を見つけました。それで取って来たという訳です。ほら、こんなに刺されて」
よく見ると、顔に3か所ほど腫れているところが。恐ろしいので、普段はあまり見ないようにしているのだ。そして、刺され過ぎだろと言うのは、控える。ただ、こっちは口にする。
「こんなにおいしいの。初めてだわ」
もう一杯を期待して。ただ、彼はこう述べるにとどまった。
「満足していただいて光栄です」
「でも、虫にもおいしいのがいるのね。こう見えても、他の虫を食べたこともあるのよ」
なぜか、相手は何も言わない。引いてさえいるようである。
「びっくりした?」
「はい」とのみ。
なので、用件に移ることにした。
「この前、学校の近くにはダンジョンは無いと教えてくれたわよね」
「そうですね。とりあえず、学校から目視できる範囲は無論、もう少し外側まで調査済です。この前、生徒を見つけ出したところまでは、さすがに調べきれておりませんが」
「十分よ。まずは学校から見えるところとお願いしたのは私の方だし。それで相談があるんだけど。学校とダンジョン『無勝堂』の間に拠点を造れないかと想って」
「拠点ですか?」
「そう。今、ピヨ丸には野宿させているけど、彼のようなレベル1以上のモンスターが常駐できる拠点が欲しいのよ。例えば、こっちは帰ってもらったけど、ポチとかも。すぐに呼び出せるようにね」
「なるほど。その方が便利な訳ですね」
「ええ。何せ、人手不足でね。そして、ダンジョンにはレベル1以上のモンスターって、たくさんいるんだけど、戦闘で活躍できるのって、本当にわずかなのよね。無理に戦いに参加してもらっても、ただ殺されるためって想えて、私からするとどうにも可哀そうなのよね。ただ、この拠点造りが彼らに新たな活躍の場を与えることになればと想うのよ」
「なるほど。第2のピヨ丸殿をという訳ですね。我も彼には溌剌としたものを感じます。充実しているんだろうなと、はた目にその活躍を見ながら、想っておりました」
「そうでしょう。実は、私もピヨ丸のそんな姿を見て、この拠点造りを想いついたというところなのよ」
「相談してもらって良かったです。阿修羅王、いえ、第6人格、いえ、我の仲間と言った方が分かりやすいですね。彼に中継基地に換装してもらって、そのお望みの場所に赴いてもらえば、そのまま拠点として活用できると想います。ただ、一つ、問題があります。我が仲間のところに行ければいいんですけど、ここの見張りと警戒を放り出す訳にはいきません。といって、あのクソ・ダルマは可愛さ優先で、まともに自分では歩けません。特に遠距離移動には難がある機体でして」
「クソ・ダルマ?」
「ああ。すいません。桃の姉さんの前だと、ついつい気を許してしまって、想わず本音が」
桃の……そこまではいいわ。蓮華がつけてくれた可愛いらしい通り名だし。でも姉さん。お嬢さんじゃなくて。せめて妹扱いしてよ。ほら桃ちゃんとか、そんな感じで。サンゴちゃんにオバサン呼ばわりされたのより、ショックなんだけど。ただ、この年齢不詳の見た目の方にどう文句を言うべきか分からず、仕方なく、あきらめる。
「それなんだけど、あなたに行ってもらっても大丈夫と想えるの。昨日、気付いたんだけど、新しいダンジョンができるのって、召喚師が卒業したときよね。逆にいえば、誰も卒業していなければ、新しいダンジョンもできないと」
「なるほど。ならば、我がここを離れても、そんなに問題はないと」
「そうなるわ。そう想い、あなたには拠点造りに注力してもらおうと想って、今日、来たの。ただ、既にできたダンジョンがひょんなことから移動して来ることもありえないことではないんだけど、そっちはピヨ丸に空から警戒してもらうわ。それにあなたが不在の間、子供たちを学校の外に出さないようにするつもりなの」
「分かりました。なら、ここはピヨ丸殿にお任せして、仲間のところに赴きましょう」
「実際のところ、学校の真下に移動して来たら、どうしようもないんだけど。でも、私が生徒の間、そんなことは一回も無かったのよ。学校の近くにはダンジョンができない何かがあるのかもとも想うのよね。それもあって、あなたには、今回、動いてもらおうと想って。蓮華と交代する前にできれば、彼女も助かると想うし」
「なるほど。いずれにしろ、早くに戻って来ます。ただですね。我がいれば、学校の真下にダンジョンができても大丈夫なこと請け合いです。あれは宇宙船なんで、空を飛んで逃げられます。ふふ。我も1度はあれに換装したいと願うところであったりします」
「あれが? 飛ぶの? あんなでっかいのが。落ちないのかしら?」
「今度、やってみせましょうか?」
尻子玉先生はとても楽しそう。
「いざというときだけでいいわ」
私はそう言い、彼のはしゃぎぶりに水をささざるを得なかった。そんな危ないことと想えてならないし、何より信じがたいので。




