第20話 6番目のダンジョン1
(視点 地走り(見た目巨大ゴキブリ。大きさはウミガメくらい))
どりゃあー。
うぉーりゃー。
一応、三助(三色スライム)の名誉のために言っておくと、こう叫んでいた訳ではない。スライムの言葉はとても可愛らしい。キャッキャという感じである。ただ、気持ちはこれである。
そして、その三助が何をしておったというと、新たなダンジョンの地下第1層の最初の間でのこと。暗闇に沈むほど高い天井、そこから1本のヒモがぶらさがっている。それに何とか飛びつこうとしておるのだ。
何が、三助をこれほどに駆り立てるのだろうか? 三助の魂に火をつけたのだろうか? 無理なことにあえて挑んでこそ、なのか? あるいは、頭上のヒモが自身を睥睨し、小馬鹿にしていると感じられるのか? あるいは単に三助がガキだから? あるいは、むしろ、その心がガキのままなのか? 三助ゆえに三つ子の魂百まで、なのか? そういえば、三助、何歳なんだろう。
それはさておき、明らかに怪しい。そう想えてならぬが、己と三助の間には、使者の相方として暗黙の了解がある。 まずは、相手の好きにさせること。これまで己は魅かれるままに、三助を新たなダンジョンに導いた。そして、少なからず迷惑をかけた。今度は三助の番という訳である。
正直、罠だろうと想うも、三助はその高さの3分の1にも達しておらず、ゆえに安心して見ておれた。 ただ、熱意のためか、三助は新たな境地に達する。これまでは床を走り、といっても三助は足が無いので、床をずりずりとこすりながらスピードをつけ――というかスピードなど出ないのだが――ジャンプとやっていた。
スライムは本来、変形可能なはずである。三助もしばしば手は出しているが、何ゆえか、足は出さぬ。そうせぬ誓いを立てる何事かがあるのか、それとも、なしたくてもできぬだけなのか。
いずれにしろ、その新境地は足と無縁のままであった。ポン、ポン、ポンと床相手に体を弾ませ、最後に大きく跳ね上がるのである。
もう少しで触れそうになったとき、これはさすがにやばいぞと、私は三助の進路を塞ぎ、右前足で進むべき方向――ダンジョンの奥を指さした。そして、左前足で自らの頭を指し、乗るよううながした。ちなみに、己の足は6本。
「分かっている。任務の方が大事だ」
そう言っておきながら、しばしば後ろを振り返っているのが、頭に感じる重心移動から分かる。
途中で出会ったモンスターに三助はマスターへの案内を依頼し、それは案外すんなり受け入れられた。
そうしてマスターの間。
マスターの顔は、形としては真四角と想えるほど角張っているが、印象としては何とも穏やかで柔らかである。当然、地走りは知らぬが、お地蔵様を想わせる。その方いわく、
「おう。久しぶりの客人だな。そなたらは賢明な質とみえる。少なからずの者が、天井のヒモを引っ張ってな。ここにたどり着けぬ。あんなの引いたらダメくらい分かるだろう」
己のかたわらの三助――我々は並んで座り、マスターと召喚師様と対面しておった――はびっくりしたのか、しばし、口を開かなかったが、ようやく尋ねた。
「引くとどうなるのです?」
「巨大な岩盤が落ちてくる仕掛けだ」
すると、召喚師様が後を引き取る。
「私の旦那は嫉妬深くてな。本来は、敵のみに用いるべきトラップを客人にまで向けるようになってしまってのう。これでも、昔は客人が来たら注意するよう、モンスターを配置しておったのだがのう。そう。誰も私に合わせたくないのだよ。愛の炎はアッチッチじゃぞ」
外見上、この方は蓮華様より明らかに年上、それもかなり高齢と想われた。髪色は似ている。蓮華様の銀髪に対し、こちらは雪の如くに真っ白であった。それを台無しにする如く茶色の耳――あの屁コキ野郎にそっくりの耳――が付いており、また腰の横からは大きな尻尾が飛び出しておった。ただ、どちらも茶色であり、髪色との違いから、作り物は確実である。




