第19話 桃先輩6
戻って来た尻子玉先生によれば、近くにダンジョンは無いとのこと。既に日が落ち、周りが闇に呑まれるのも時間の問題である。
「どうする? 焚き火をする? 松明も持って来ているし、ピヨ丸もいるから、できなくは無いわ。明かりはあった方がいいわよね」
彼は子供の方を見る。
「そうね。この子がいるのに、危ないまねをするべきではないわね。火が敵を招き寄せないとの確証は得られてないものね」
「じゃあ、これで」と言って、服のポッケから、あるものを出す。淡く橙色に光るそれに興味を惹かれたのか、彼が問う。
「何です? これは」
「蛍石よ。名前は石だけど、モンスターなの。ただ、ずっと動かず、周囲が暗いと光るの? 暗闇を食べて生をつないでいる? まさかね?」
その蛍石を間にはさんで座る彼の説明は、容易には信じがたかった。彼らの先祖は、来る途中で見かけたところの、地上でガサゴソしておった、平べったい巨大な虫であるという。その先祖から受け継ぐ視覚により、ダンジョンが見えるとのこと。これも、良く分からぬが、格子縞よりなる世界が見えるとのこと。加えて、私たちのように、色や形の世界も見ることができ、切り替えられるとのこと。
「でも、今のあなたの姿はすいぶんと違うわね」
「これは機体ですから」とまた、よく分からぬことを言う。「交換できるんですよ。姿を変えられるんです」と続ける。
「そうなの」
私はそう答えながら、それなら、その恐ろし気な姿はわざとなのだろうか、との疑問が湧く。子供が怖がると嘆いておったが。考えられるのは、これが1番格好いいと想っているということ。美的感覚は人それぞれなので、文句を言う気も無い。
「今度、学校の周りも調べてみましょうか?」
「是非、お願いするわ。無いと確認できれば、子供たちも安心して外で遊べますから」
彼は楽しそうだった。
「楽しそうね」
「やっと、我でも役立つことがみつかりました。やっとです」
「そう。でも、そもそも学校の周囲を警備してくれているのでしょう」
「それくらいしかできぬのかと、正直、気に病んでいたのです」
「そう」もっと気楽にと言おうかとも想ったが、それを言って、そうなるとも想えぬ。責任感の強い、生真面目な方なのだろう。それに、現在、楽しいなら、何よりだ。
「でも、疑問があるのですが、ダンジョンを造るのは召喚師なのでしょう。とすれば、学校の近くに造らなければ良いだけとも想いますが」
「そうできればいいんだけど、ただ、私たちに選択肢は無いのよ。卒業して独立すると、先生から青い粉を渡されるの。そしてそれを飲んで眠ると、起きたときには、小さなダンジョンで目覚めるの。そして、それがどこにできるかは、まさに運次第なのよ」
「召喚師がダンジョンを生むということでしょうか?」
「そうかもしれないわね。ただ、あくまで粉を飲まないと、発動しないみたい」
「青い粉ですか? 我々の古詩の1節にこうあります。『我々は死して青い粉となり、転じて新たな命の宿り木となる』と」
私はある可能性に気付き、ゾッとする。
「もしかして、あなたたちは、死んだら、青い粉になるの?」
「いえ。白いですし、そもそも粉ではありませんよ」
「そう。良かった。変な想像をしてしまったわ」




