第12話 鉄チン4(アナーヒター2)
ダンジョン『ぺろぺろ』のマスター及び召喚師の部屋は、その最下層の地下12階にある。鉄チンはそこから徐々に上層に上がりつつ、目的にかなうモンスターを捜すことにした。
ただ、早速、難所に出会う。11階への道のりである。階段はどうあがいても無理なので、スロープの方を選ぶ。これは荷物用というばかりではなく、モンスター用でもある。何気に、階段を苦手とするモンスターはダンジョン内に多い。
平らなところでは、球に変形してコロコロ転がって行くのだが、スロープだとそうもいかない。重い体をひきずりつつ上階に達したときには疲れ切り、しばし休まなければならなかった。そして11階をコロコロと転がりつつ捜索して行くと、己の捜し求めるものより、ついでとして召喚師様より頼まれたものの方が見つかりやすいことに気付く。
この階に強いモンスターはいますかと尋ねると、教えてくれる。そればかりか、案内してもらえるときさえある。
マスターがああなってしまったので、モンスターとマスターの関係は切れた状態となっておる。これはマスターがモンスターを含め他の事柄に関わらなくなったゆえというのもあるが、それ以上に共に戦うことができなくなったというのが大きいのだろう。竜の脱皮にて身を守らなければ、マスターの部屋では生きるのさえ難しく、他方、戦闘においてマスターが助力を必要としているかといえば、それもまた皆無なのだから。
いわば、『ぺろぺろ』のモンスターたちは途方に暮れている状態ではあれ、モンスター同士の関係は保たれておったのである。
10階に上がるにおいては、11階のモンスターたちに体の中心に開けた穴に通した縄を引っ張ってもらって転がった。最初に運ゲー野郎に赴いたのと同じ移動形態である。
そして、10階、9階と捜して行く。やはり強いモンスターというのは簡単に見つかるのだが、己の方はそうは行かない。属性効果の方は強い魔法使いなどもおったので、皆無という訳ではなかったが。育ち盛りのという条件付きを併せ持つとなると、そう簡単には見つからなかった。己にも何となく分かって来たのだが、育ち盛り=弱いということであり、そうであれば、属性効果の発現の方も微々たるものである可能性が高く、本人にしろ周りにしろ、気づいておらぬのではないか。
羽スライムの方は、やはり各階で尋ね、ようやく5階で見つかった。
とりあえず、鉄チンは召喚師様からの頼まれごとを優先して第1層まで終えることにした。己の方は、もう1回じっくりと各層を調べるか、それとも『存在の空処』ダンジョンに向かうか、決めかねておった。
そんな折の第2層でのこと。その部屋には泉が湧いておった。ただ、これ自体は珍しいものではない。それどころか、モンスターたちの飲料水となるので、無いと困るのである。
その泉から警戒しておるのか、顔半分だけ出して、こちらをのぞいておる者がおったのである。顔かたちは召喚師一族に良く似ておるが、色はダンジョンが暗いこともあって、はっきりせぬ。鉄チンが泉に近づくと、潜ってしまう。ただ、しばらくすると、また、顔の半分だけ出し、こちらをうかがう。どうやら、こちらに興味があるらしい。鉄チンが更に近づくと、また潜る。
泉の淵まで行き、中をうかがうが、どうしたことか、姿が見えない。一見したところ、そんなに大きくも深くもない。また、隠れられるような岩陰も見当たらない。そうして待っていると、また、顔半分だけ出す。ただ、そのあるべき下半分は見えなかった。もう十分に近づいておるのに。
もしかして、マスターと同類? ただ、この者の場合、その溶ける先が水というだけ。想い切って尋ねてみる。
「そなたは水に溶けることができるのか?」
すると、相手は顔を全部出し、答える。
「そうよ。だって私は水の精だもの」
ようやく見だしたかもしれぬ。そう想うと、鉄チンの心臓は期待で早鐘をうつ。
「そなたは強いのか?」
「とっても……」と彼女はもったいを付けて、「弱いわ」としめくくる。
「ダンジョン『地獄巡り』のマスターがそなたのような者を求めておる。どうだ。マスターと共に戦い、より一層成長したいと想わないか? 神将も夢ではないぞ」
「神将には興味ないけど。あったとしても、なれっこないけどね。何せ、私はびっくりするほど弱いから。でも他のダンジョンには行ってみたいわ。このダンジョンの水が通じるところは、全部行ったから」
「そうか。ならば、連れて行こう」
「本当。嬉しいわ」
そう言って、その者は水から半身を出して、鉄チンに抱き着いて来た。ひんやりとして柔らかいものが当たる。このとき、初めてこの者が裸であることが分かる。
「そなた。服はまとわぬのか?」
抱きつかれたまま問うと、
「だって、水に潜ったら、脱げてしまうのよ。あんな面倒なもの」
鉄チンはこれはこれで問題かと想うも、とりあえず、頭から下は水から出さないようにすれば良いか――正直、それがいい解決策かは分からなかったが、連れて行くという考えを変えるには至らなかった。
モンスターを集めて欲しいというのは、確かにマスターの依頼であったが、その中の一体を地獄巡りの神将に、というのは、鉄チンの希望だったのである。マスターがそうそう負けるとは想わない。でも、マスターを守れる強い神将がおれば、とは願わざるを得なかった。




