第2話 ことの始まり2
沙悟浄の機体に換装した第23人格A。まったく、気が進まぬながら、召喚師学校に赴くことにする。校長に挨拶するためである。学校管轄を担当しますと。それと、これまで通りお好きにやってくださいとも、忘れずに付け加えなければ。餅は餅屋という奴である。これで、学校絡みでわずらわせられることは、そのあとは無いであろう。
やがて、まばらな木々の向こうに、遠く学校の建物が見えて来る。これもまた機体を流用したものであった。何でも、宇宙戦艦であるという。加えて言えば、バカでかい。そもそも、我らの世界はゲームからの派生と聞く。実際、プレイしたことは無いが、ダンジョン攻略ものと推定されている。これ、どうやったら、ダンジョンに入るんだ? 余りのアホらしさに顔がにやついてしまう。
そう。そう。笑顔が大切。校長と話すときも、笑顔を絶やさぬようにしなければ。そう想い、歩きながらではあるが、この沙悟浄の機体で笑顔の練習をしてみる。鏡が無いので、うまく笑えているか分からないが、やらないよりはマシである。
途中で木の陰に隠れながら、こちらをのぞいている者たちに気付く。人型の少女2人であり、恐らく、学校に通う召喚師であろう。この世界の召喚師は、原母細胞というものを持っており、どんな種族の男と結ばれようと、人型の女の子しか産まぬという。そして、その子たちが、次代の召喚師を目指すのである。
突然ということもあり、また、生来の人見知りということもあれば、己も無性に木の陰に隠れたくなり探すが、手頃な木までは、少し歩かねばならぬ。そちらへ進もうとして、想い至る。
(おいおい。しっかりしろ。お前は学校の担当になったんだろう。そして、相手は生徒だろう。挨拶しろよ。笑顔を忘れずにな)
そう己に言い聞かせ、勇気を振り絞り、
「やあ。君たち。学校の生徒なの」
ビビりのゆえか、声が震えておったような気がするが、何とか、最後まで言えた。ところがである。皆まで聞かず、2人の少女は脱兎のごとく走り去る。ただ、悲鳴の残響のみを置き土産に。
笑顔を浮かべていたのにな。ずいぶんと怖がられてしまった。ショックだったこともあり、何が悪かったんだろうと、考えてしまう。
そして、一つの結論にたどり着く。この沙悟浄の見た目か。なら、猪八戒の方が良かったのか? Bの奴は子豚は可愛いなどと言っておったが。それはそうかもしれぬが、猪八戒は顔は大人の豚、体は人間である。どう転がしも可愛いとは想えぬ。
なんで、師匠たる第4人格はこんな機体を薦めたんだ? ああ。そうか。そもそもは、使者として赴いた際に、ダンジョン・マスターに警戒されないためであった。生徒のことなど、何も考えておらぬという訳だ。ただ、まあ、いいかとは想い直す。今日だけだ。挨拶さえすませば、2度と学校には行かないのだから。
学校の敷地に入る前から、他の少女たちにもたびたび会った。いずれも遠くから見ていたり、逃げだしたりだ。
「我だって好きでやっているのではないのだよ、生徒諸君」
大声で言いたいのは山々だが、生徒たちをこれ以上怖がらせたくはなく、小声でひとりごちるのみ。
ようやく学校=巨大戦艦に入る。はて? 校長室はどこだろうと想うも、近寄っても話しかけても、子供たちは逃げるばかりで、聞くを得ぬ。先生ならばと期待するが、こちらはとんと出会えぬ。
多分、一番上であろうと想い、そこを目指す。ダンジョン・マスターたちは、ダンジョンの一番底に居を構える。その逆を行くが如く、我ら母海生まれの一族は、何かと高い方に価値を置く。それが何に由来するのかまでは知らぬが。
そうして、ようやく一番高いとおぼしきところに至る。足は疲れで棒のようである。窓越しに周囲が見渡せ、己が通って来た林も見える。ただ、そのかなり広い空間には――たくさんの機器、そしてその操作者用と想われるたくさんの椅子はあれども――誰もおらぬ。
一番高いところにある椅子。その脇の操作盤らしきものの上に手紙があった。拾い上げ目を通す。殴り書きがしてあり、その筆遣いからだけでも、激しい感情が伝わって来たが、その内容はといえば、
『母殺しの裏切り者たちの下で、職務を続けることはできかねます。母海に帰らせていただきます。
校長ならびに教師一同』