第1話 ことの始まり1
「どうだい? 三助の旦那に地走りの旦那。俺って、速いだろう」
そうして、余裕しゃくしゃくで振り返る孫悟空。しかし、どの方向を見ても、護衛すべきお二方の姿は見えぬ。どうやら、俺としたことがあまりに足が速すぎて、旦那たちを置いて来てしまったらしい。しかし、この孫悟空の足があれば、何てことはない。
「見つけ出すなんて、造作もない」
聞く者とて周りに見当たらぬのに、あえて、最後の想いは声に出して見せたが。そうしたことか、いくら捜しても見つからぬ。
「何、やってんだ。俺」
ついには彼の大音声の叫びが森閑とした森の木々にこだました。
彼は想い至らなかったのである。三助と地走りが、姿の見えなくなった彼を地上に残して、ダンジョンに入る可能性を。
実際のところ、少しばかり前、三助は地走りに告げておった。
「お猿さん。いなくなっちゃったね。僕らの護衛なんてつまらないから、嫌になったんだよ。召喚師様なら、ちゃんとやっただろうけどね。しようがない。僕らは僕らで任務を果たさなければならないからね」
ただ、そんな孫悟空をうらやむ者たちもいた。風神・雷神に各々換装する第23人格AとBである。
「しかし、兄者人も可愛い顔して、きついことをお言いつけなさる」とB。
「あの顔は人形ゆえよ。師匠の性格とは何の関わりもない。ただ、言っておることは道理が通っておる。従わぬ訳にはいくまい」とA。
「それは私も認めますがね。しかし、こうなっては孫悟空に換装したCが一番得してるじゃない」とB。
「違えねえ」とA。
「何にしろ、決めましょう。さあ、じゃんけん・ぽん」
と言いざま、Bはグーを出す。
ただ、Aは手は出さずに、口を出した。
「ところで、ちょっと気になるんだが、先ほどから文句を言っているのは、換装する機体の方ばかりで、任務の方はどうでもいいのかい」
彼らに第4人格たる福ダルマ人形からお達しがあったのは2件。
1件は任務であった。運営使者の後任をどちらかがになえと。そして残った方は、第2人格が務めておった学校管轄を頼むと。
そして、もう1件。その任務着手において、今の風神・雷神の機体は最も不向きであろう。何せ、すわ、いくさか、と疑われかねぬ。ついては、既にCが孫悟空に乗っているのだ。そなたらは、猪八戒か沙悟浄にせよと。
「任務については文句ないわよ。どっちも気楽じゃない。使者なんて物見遊山でやれるし、学校の方はきっと形ばかりよ。それに比べて機体の方はおおごとよ。豚と河童なんて、こっちはまさに究極の選択。でも、私の美的感覚が告げるの。どっちも最悪だけど、豚はまだ許せる。子豚ちゃんはまだ可愛いわ。私は絶対譲る気はないからね。いい。心は定まった? さあ、じゃんけん」とB。
「待てって。じゃあ、これで、どうたい。そなたに豚を譲ろう。そんなに欲しいならな。代わりに、俺は任務を選ばせてもらう。学校の方だ」とA。
「いいの? 本当に、それでいいの? それで決めてしまうわよ。二言はなしよ」
「あるはずもない。我は人見知りでな。使者なんて他者に会うのが仕事だろう。それも良く知らない者ばかり。そんなん御免こうむる」
「そう。なら、それで手を討たせてもらうわ」
両者とも孫の野郎めと想いつつも、各々、最悪なところは避けられたと確信し、ホッとするのであった。