78番地 レイド21
隠し通路を通って、『運ゲー野郎』のダンジョン・マスターの間に入った俺(第23人格C)を待っていた状況とは。
マスターとおぼしき者も含めて多くが倒れ伏しており、その中の少なからずの者は体を小刻みに震わしておった。
恐らくタナトスの死の魔法のせいだろう。ならば、間に合わなかったのか?
そして、倒れたヒュプノスの腕の中に抱き殺気立つタナトス。そのにらみつけておる先には、修復子がおった。
何があったのだ?
「ダメだよ。タナトス。こいつを殺しては」
声そのものは弱弱しいが、ただ、そこには強い感情が込められておった。
「しかし、お前。こんなことをされて」
「ううん。タナトス。そんなにひどくない。こいつが僕になしたのは、たぶん、部分上書きだけど、ただ、とても微々たるもの。もっと強く上書きできただろうにね。なんなら、完全上書きも。でも、こいつはやらなかった。あるいは、できなかった。たぶん、後者だけど。いずれにしろ、結果からみれば、僕はラッキーだった。なら、こいつにもラッキーをおすそわけしなければね」
「お前がそうまで言うなら、従うが」苦々しさを含んだ声が吐かれる。
「それにね。こいつと僕らは似た者同士。こいつの中は恐怖と迷いでいっぱいだ。それにもかかわらず、僕らの前にたちはだかったのはどうしてだと想う。仲間を守ろうとしてだ。たいしたもんだと想わない?
それにね。こいつの正体。想像できる。女王だよ。ふふ。全部、こいつを上書きしようとして分かったんだけど」
タナトスもヒュプノスもこちらの存在に気付いておらぬのか、いずれにしろ、等閑にふされておった。
「なら、どうする?」
「ふふ。タナトスはそればっかりだね。でも、ほら。さっき仮死の魔法を使う前に、タナトスは言っていたじゃない。こいつら、どうでもいいって。あれは嘘じゃないよね。それは、僕にも分かる。僕もそう想うもの。こいつらはここに置いて、他に行こうよ。もっと楽しいことが待っているよ」
「ああ。そうだな。お前がそう言うなら、そうしよう」
タナトスはヒュプノスに肩を貸しつつ、立ち上がる。
「待て」俺は声をかける。ここで初めてこちらの存在に気付いたという風に、2人が見る。「皆に死の魔法をかけたまま、立ち去るつもりか?」
「心配するな。上書きはしていない。それにこいつらは、死んでも復活する」
「みだりに死を与えることはあるまい。解いて行け」
一端は、腕の中のヒュプノスを床に寝かせ、立ち上がり、不審な者を見る目つきで睨む少年が言うには、
「そもそも。誰だ? あんたは」
「第23人格Cだ」
「タナトス。ダメだよ」とヒュプノス。
「分かっている。心配するな。こいつらはどうでもいい。解いてやってもいい。ただ、新第3人格の記憶から分かったが、あんたは第4人格の弟子らしいな。そして、第4はあんたのAやBといっしょにダンジョン『地獄巡り』に入ったらしい。お前も分岐体なら、AかBと連絡が取れるんだろう。ならば、第4人格に誓わせろ。俺たちを追わぬと」
俺の見聞きしているものは、AとBも見れており、彼らがかたわらにおる第4人格に説明しているのが聞こえて来る。そして第4人格が了承するやりとりも。
「誓うそうだ」と教える。
すると、タナトスのかすれを帯びた声がひとしきり聞こえ、おこりの如くに震えておった者たちの体がそれから解放されて、休まるのが見て取れた。
タナトスは再びヒュプノスに肩を貸し、立ち上がらせる。
「せっかくだ。これをやろう」
そうして俺は右腕の腕輪を外す。アンロックのパスコードの検索に多少時間を要したが。そして、俺はぽいっとばかりに放り投げたが、タナトスは受け取らず、腕輪は床に落ちて、カランと音を立てた。
「餞別代わりだ。それをはめれば、筋斗雲を扱える」
タナトスは興味を示さなかったが、ヒュプノスが腕を伸ばすのを見て、タナトスが拾い上げ、渡す。
「いいものをもらったね。タナトス」嬉し気な声があがる。「でも、ブカブカだよ」自らの腕にはめてみて、そう言う。
「孫悟空専用の乗り物だろう。要らぬのか?」
「少なくとも、俺は要らぬ。それに、それがあれば、そなたらは遠くに行ける。誓いは誓いで大事だが、そもそも顔を合わせなければ、争いにもならぬ。それはそれで、俺にもねがったりかなったりだ」
「そうかい。なら、もらって行くよ」とタナトス。
「ありがとう。おさるさん」とヒュプノス。
お猿さんはねえだろうと想いつつ、俺は二人が筋斗雲を従えて立ち去るのを見送った。