70番地 レイド13
俺はガランとした印象のマスターの間を見るともなく見ていた。恐らく、人数でいえばそれほどの変化はないのだが、そうした印象を抱くのに理由のない訳ではない。
これ以前のこととして、レイドが計画されているとの報告を運営使者から受けた後、ダンジョン・マスター間でやりとりして、基本的にモンスターはその属するダンジョンで待機となった。それゆえ、ミーたん合唱団は解散となった。付言すれば、攻略を受けたダンジョンが判明したあとに、そこへ応援を赴かせる手筈となった。
直近のこととして、最初の間の近くで見張らせていたリス吉(耳が大きいリス)により敵部隊の侵入の報告を受けてのちのこと。女神様を中心にレベル0モンスターは全員、無勝堂へ避難してもらい、隣室がもぬけの殻となっているゆえだった。そこの召喚師である桃先輩を慕ってのことであった。加えて、あべこべコウモリのような戦力足り得ない者もついでに連れて行ってもらっていた。
また、女神様を守るべく、鎌次郎にも一緒に行ってもらい、タンク職の2体生暖簾とゴーレムの岩兵衛とはこれまで通り無勝堂に留まらせた。鎌次郎については、敵が不動明王を連れて来ている以上、今回は役に立てぬし、タンク職の2体は無勝堂のマスターと相性が良いゆえだった。連絡を取り合った結果、敵部隊の攻略を受けているのは、ここ『運ゲー野郎』と『地獄巡り』のみ。ただ、こののち『無勝堂』へも攻略が及ぶことは十分に考えられた。
自分でも驚くほどに、落ち着いてやれた。偉いぞ。俺。それにそもそも隠し通路を使って協力体制を築けていたからこそ、女神様の避難先を確保できたのだ。でなければ、ここで詰んでいた可能性が高いのだ。再び、言わせてもらう。偉いぞ。俺。
ひるがえって、俺って、戦闘の才能やセンスが無いのだなとあらためて痛感する。何せ、俺に見える勝ち筋は未だに1本のみ。
ダンジョンの強さは、マスターとモンスター間の連携に大きく依存するとはいえ、それでも、というか、それゆえにこそ、マスター自身の強さと言うのは重要であったし、またモンスターとの連携を良くするためにも、勝ち筋というものが見えないと話にならない。
そして、女神様の避難を終えたあとのこと。応援に駆けつけてくれた他ダンジョンのモンスターたちには、残って共に戦うか、戻るかを選ばせた。理由は単純。短時間で彼らと連携を築くなんて俺には無理だからである。唯一の勝ち筋でさえ見だすのに、どれだけの試行錯誤が必要であったか。想い返すだけで、気が遠くなりそうである。
何せ、今回は準備にかけられる時間が少なすぎた。明確に戦力向上足り得たのは鉄チンが持って来てくれた竜の脱皮くらいであろう。あとは、運営使者がたずさえて来た武器ぐらいか。俺もそのときもらった剣を一応かたわらに置いているが、正直、実戦でうまく扱えるかはこころもとない。
シャクトリンゴのキノコによる魔力上昇などは、より長期の育成向きと想われ、彼にはあのあと他のダンジョンへと巡回してもらった。
このダンジョンで敵を待ち受けるは、まず属性アップの間『地獄変』におるクラゲンゲ。彼には、レイドの計画を知って後、その出身ダンジョンたる『地獄巡り』に戻るか、その意向を確認したが、戻りたい素振りは見せなかった。この者は言葉を話せぬので、その真意は知り得ぬが。『地獄巡り』には神将雷公がいるということなので、それならば、ここに活躍の場を求めるということなのだろうか。あるいは、マスターに命じられた以上、ここで戦い抜きますということか。いずれにしろ、無理に戻しても、本人は喜ばぬと想えたので、留まるを許した。
次にダンジョン・マスターの間にてともに待つ者たち。
まずは三助。俺の転生直後からの相棒である。そもそもその名の如く三色であったが、今はあまたの極彩色となっておる。彼を欠く訳にはいかない。
そして地走り。彼も言葉を喋れぬので、残る意図を聞くことはできぬが、三助にすこぶる懐いておるゆえであろうというのは、はた目から見ていても想像できる。
そしてミーたん。彼女については、無勝堂のマスターとともに戦った方が、よりその能力を発揮できるのではと想えた、なので、女神様に一緒に無勝堂へ行くよう説得してもらったが。女神様いわく、「彼女は残って戦うことを望んでいるわ。私がいくら言っても、聞く気はないみたい。それに、そもそも道夫が日頃言っている勝ち筋に必要なのじゃなくて。私はミーたんにも死んで欲しくないけど、道夫にも死んでほしくないわ」
そう言われては、どうしようもなかった。
ミーたんの件もあって、『おむすびシャケ』、『おむすびノリ』、『おむすびヒジキ』の3タンク、そして、『腕自慢』には俺から頼んで残ってもらった。いずれも勝ち筋に必要であったからだ。
そして自ら留まるを望んだ他ダンジョンの者が数名。
女神様が別れ際、名残惜し気な表情をしてみせてくれたことは嬉しくはあったが、いつまでもそれにひたるときの余裕はない。頭の中で勝ち筋を想い描き、それへと精神を集中する。首から下げる女神様のくれたお守りが、風の無いはずのダンジョンにてわずかに揺れた。
このマスターの間の扉が開かれたゆえであり、俺はかつて運営使者のくれた悪趣味な椅子から立ち上がる。敵を迎え撃つために。