62番地 レイド5
「伝説はまことであったか? やはり、あれ一体で『陰・陽』なのか?」とは巨大白猫。
「そういうことになるね。そしてあの種族が始まりのモンスターと呼ばれる理由があの機体のゆえというのも、正しいようだね」とはかたわらの阿修羅王。
2体の見つめる先には、一体のスライムがおった。離れているので、実際の大きさは判然とせぬが、色は黒で地味なこと、この上ない。
「伝説によれば、64にも及ぶアビリティを使いこなすは至難。しかし、自在に操るを得れば、最強とも。しかし、なぜ、わざわざ、あんなものを? 多少機体の強さは劣っても、使いやすいものの方が、実際の戦闘では勝るのではないか?」阿修羅王がそう続けると、
「聞いてみるのが早かろう」と言い、巨大白猫が無造作に近づいて行く。なので、仕方なく阿修羅王も付いて行く、ぼやきつつではあれ。
近づいてみると、その大きさもはっきりする。白猫がかつて『存在の空処』ダンジョンへと額に乗せて運んだ三助というスライムとたいして変わらぬ。目も口も体表に出しておらぬのか、のっぺらぼうである。
白猫が天空に舞う風神へと手を振る。それに加えて、2体が接近した状況から察してくれたのであろう、強まっておった風は弱まり、やがて無風となる。
「なぜ、わざわざ、そんな扱いにくい機体を選ばれたのです」
近づくのも無造作なら、問いかけも無造作になされた。
「こたび、扱いの難しさはたいした問題ではない」
口も無いのに返答は聞こえた。加えて、男と女の合わさった声の如くである。その声への突っ込みは控え、白猫は本論を探る。
「では、何のためです」
「我らの運命を占うためよ」
「我ら?」疑念のために、白猫の声はその巨体に似合わず甲高さを帯びる。
「我とそなたらのことよ」
「何を言っているのか、さっぱり分かりませぬ」
「やれば分かる」
「やれば?」白猫の声は更に甲高くなる。
「戦えばということよ」
「なるほどね。なら、その答えを得るのは、あとのお楽しみといたしましょう。もう一つ、問いたきことがあります。何のために、召喚師の殺害が必要なのです?」
「我らの世界はゲームより派生した。ただ、そのゆえに、未だゲームに従属しておる。その従属をなさしめている首輪こそ、召喚師の存在。それゆえだ。我らの世界の真なる独立のため」
「想いつきどころか、世迷いごととしか、聞こえぬわ」
巨大白猫は不意に周りに浮かぶ『滅塵』の一本、戦斧をつかむと裂帛の気合とともに『陰・陽』に叩き込む。ただ、そのスライムの体はつぶれず、それどころか、傷一つつかず、ただ、その代わりという如く、その黒色の体表に白い記号が浮かび上がる。真ん中で切れた縦線が6本横に並ぶ。
「占いの結果である卦が出た。64卦中の2。坤だ。我は死なず、そなたは『滅塵』の一本を失うとな」と『陰・陽』。
無残に砕け、手に柄のみ残る戦斧を見るも、白猫も応じる。
「戯言を。防御全振りのアビリティが選ばれたに過ぎぬ」
「そうではない。占いとは偶然を必然とすること。この占いでは64卦が一巡りするまで、同じ卦が出ぬ。ゆえに、64番目の卦は必然へと代わる。それが我らの受け入れるべき運命よ。64卦まで付き合ってもらうぞ。第3人格よ」
「母上自身により、とうに降格されたはずですが」
「そなた、まさかあれを真に受けたわけではあるまいな。そなたには我のために果たすべき役割が残っておる。知らぬわけではあるまい」
「戯言はもう良い」
白猫が再び上空の風神へと手を振る。すると風が戻って来た。