61番地 レイド4
第3人格は不意に強烈な眠気に襲われた。眠りかけなのか、1度眠ってからの目覚めかけなのか分からぬが、おぼろな意識を通してこんな声が聞こえる。少年の美声がかなでるには、
「まだ、全部上書きしちゃだめだよ。タナトス」
それに答えるは、変声期に特有の声であり、ヒュプノスに比べれば低くはあるが、しばしばひっくり返り、聞く者によっては耳障りと評される声。
「分かってるよ。本当なら痛くないようにすることもできるんだけどね。ただ、そんな気遣いは無用だよね。ずいぶん、好き放題、やってくれたからね。僕らに恨みでもあるのかい?」
第3人格は、どうも立場が逆転したらしいことに気付き、この者たちを丸め込める言葉の数々が頭に満ちるも、口から出るのはヨダレのみであった。
他方、タナトスは言葉を続ける。
「答えなくていいよ。今から君の記憶を読むから」
己の額に手が置かれる柔らかな感触。両のこめかみを親指と小指ではさまれているよう。そのあとの耐えがたい痛み。まるで、頭の中を針でまさぐられている如くの。
「あら。漏らしちゃったみたい。ホント、行儀が悪い。こんなに立派な図体して」とヒュプノス。
「部分上書きまで済ませた。これでこいつは俺たちの奴隷同然だ。でも、信じられるかい? こいつが第3人格なんて。俺たちを次元牢にぶち込んで捕らえた奴は確か第4だったはず。その第4は別ダンジョンにいて、それに女王は……」
との言葉をさえぎるのは、「ねえ、タナトス」との親密な感情に満ちた声。あどけない可愛らしい笑顔をたたえた者が、よりひきしまった難しい顔の者に、まるで言い聞かせるように言う。「共通記憶領野にそいつの記憶を移してよ。その方が簡単だから。……。なるほどね。ようやく出て来た女王様にあいさつしたいしね。召喚師を殺せなんて、ステキな命令。それに第4にはちゃんとこの前のお礼をしないといけないけど。それはそれできっと楽しいはずだけど。でも、まずはこっちで遊びたいな。ねえ。タナトス。僕らだけでね。せっかく、僕らにとっては最高の機体に乗れているんだから」
「そうだな。『運ゲー野郎』といういい遊び場まで用意してくれたこいつに感謝しなきゃ。ほら、行くぞ」タナトスが額から手を離すと、不動明王はぎこちなく立ち上がる。
高音の歌声をダンジョンに響かせながら――それはこだまして、何人もで歌っているようでもあり――血に汚れた白翼をはためかせて先頭を進む、まだ肩幅の狭い少年の裸の背を見ながら、タナトスは言う。
「ヒュプノス。そんなことをしたら、行きかう者がみんな眠ってしまうよ」
「心配ないよ。いい夢を見られるかもしれないからね。それに辛い現実で目覚めているより、きっと悪くないよ」
自らに比べ、筋肉をまとうとはいえ、それでも大人と子供のはざかいにあるその姿を振り返り見て、ヒュプノスが言う。
1番最後、「アアア」との声にならぬ声を漏らし、ヨダレを垂らし、亡者にみまごう巨躯が続く。




