国外追放の歌姫聖女
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連載版をはじめました。
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私は歌うことが好きだった。
王都エルタにおいて『聖女』として生まれたけれど、ただ祈りを捧げているだけの時間なんてつまらない。周囲の人には何をやっているのか、自覚が足りないのではないか、と言われていたけど。それでも私は歌うことが何よりも好きだった。
だからその日も、いつものように鼻歌を口遊みながら王城へと向かう。
何やら婚約者である王子から、話があるということだった。
「それにしても、いったい何の用事かしら」
首を傾げつつも、彼の私室のドアをノックする。
すると短い返事があってから、入室することを許可された。私はいつものように挨拶をしてからドアを開けて、また一つ深く頭を垂れる。この後に、いつもなら面を上げて良いという言葉があるのだけど、今日は少し様子が違った。
長い沈黙があって、どうしたのかと考えていると王子――リオンが言う。
「聖女、アメリア・リステンシア……俺は、貴様との婚約を破棄する」
「え、どういうことですか……?」
その言葉の意味が分からず、私は思わず顔を上げた。
するとそこには、金髪碧眼の青年が眉をひそめる姿がある。そして何やらこちらに言いたげに唇を噛み、小さく舌を打つのだった。
その意味が分からない私は困惑し、ただただ狼狽えてしまう。そうしているとリオン王子は、大きなため息をついてからこう告げた。
「貴様は自分の役割を理解しているのか」
「……役割、ですか?」
私の役割、それはおそらく聖女としての役割、だろうと思う。
聖女というのは人々のことを癒し、心穏やかに過ごすことができるように、その象徴として存在するべきものだった。そのために私は日々、修行をしている。
だけども、王子はそこに不満がある様子だった。
「貴様は毎日、修行をサボっては歌謡に興じているらしいな?」
「それは、たしかにそうですが……」
「この王都を導く者としての自覚、不足しているとしか考えられない!」
バンッ、と強く机を叩いて彼は叫ぶ。
たしかにリオン様の言う通り、私は必ずしも真面目に修行しているとはいえない。歌の方が好きだからといって修行を抜け出すことはあったし、夢中になって門限を破ることもあった。でも、それが婚約の破棄に繋がるのはどういう理屈なのだろうか。
私は事態が呑み込めず、依然として何も言い返せずにいる。
すると王子はたたみかけるように、そして吐き捨てるようにして宣告した。
「そのような怠惰な者は、聖女に相応しくない。ましてや、この王都エルタにいることも許されない! したがって、俺の一存により本日付で貴様を国外追放とする!!」
「……そ、そんな!? それはおかしいです!!」
それは、さすがに気が狂っているとしかいえない。
私は考えるより先、リオン王子に異議を唱えていた。だけど彼は聞く耳を持たず、何やら合図を送ると部屋の中には衛兵が雪崩れ込んでくる。私は身柄を拘束され、暴れてることも許されないままに連行されてしまうのだ。
最後に見えた王子の表情は、どこかこちらを嘲笑っているようでもあった。
◆
「アメリア様が国外追放なんて、おかしいです……!」
「でも、王子の決定は揺るぎそうにないわ」
「陛下はなんと仰っているのです!?」
馬車の用意がされる最中、私のたった一人の従者であるニアは涙目で叫んでいた。柔らかな栗色の髪、黒の円らな瞳。小柄な修道服姿の彼女は、拳を震わせて訴える。
そんなニアに、私は残念な報告をすることになった。
「陛下は病に倒れておられるし、とてもお話しできる状態ではないの」
「そんな、それは横暴ではないですか……!?」
とはいえ、現在の最高決定権の保有者はリオン王子。
彼が私を国外追放と言ったのだから、それはもう覆しようがないのだろう。聡いニアのことだから、それは理解した上で感情の行き場を失っているのだ。本人はきっと否定するだろうけど、私の代わりにそうやって怒ってくれる友人の存在は嬉しくて仕方ない。
彼女がいるからこそ、私は次に目を向けることができた。
「きっと、ニュクスもいい場所よ。なにせ、花の都と呼ばれているのだから」
「……身元の保証は、たしかハウンズ様、でしたか?」
「えぇ、年の離れた陛下の弟君ね。いくつくらいだったかしら……?」
「もし、その方に見放されたら? どうするのですか?」
「うーん……」
話題を逸らすこちらに、ニアは質問を繰り返す。
しばし考えて、私は一つ思い切ってこのように答えたのだった。
「きっと、大丈夫! 生きていれば、どうにかなるわよ!!」
――という会話が、二日前。
私は王都から遠く離れたどこかの崖下で、ぼんやりと膝を抱えていた。雨がぽつぽつと降ってきてはいるが、ちょうど良く洞穴があって濡れるのは避けられている。
それでも気温の低下で指先がかじかむのは、どうにも耐え難かった。
「あー……大見得切ったのに、まさか馬車が転落するとはね……?」
馬車の馭者ともはぐれ、孤立して約半日ほど。
私は正直なところ、途方に暮れていた。旅のさなか、このようなトラブルに巻き込まれるのはさすがに想定外。リュクスについてからのことばかり考えていたから、計画などはいったん練り直し、という状態だった。しかし何はともあれ、空腹になる前に食糧を確保しないと……。
「……あ、雨が酷くなってきた」
そのタイミングで、今まで霧のようなものだった雨が本格化した。
私は思わず苦笑しつつ頬を掻いて、どうしたものか、とまた膝を抱えて考える。
すると、そんな時だった。
「あら、可愛らしいお客さんね?」
同じく雨を避けるためなのか。
あるいはこの洞穴の先住なのかは分からないけど、二匹の可愛らしい小動物が飛び込んできた。不思議な色合いをしたふわふわな毛並みに、微かについた雨粒を舐めとるその子たちの名前は分からない。この地域にだけ生息している種族、だろうか。
私の視線を訝しんだのか、僅かに身体の大きい方の子が威嚇してきた。
もう一方を守るようにしているから、兄妹なのかもしれない。
「あ、ごめんなさい。私はなにもしないわよ?」
と、優しく声をかけてみたけど。
それが伝わるのなら、苦労はないという話だった。お兄さんは震える大切な妹を守るようにして、ずっと警戒を払っている。そんな様子に、私は少しばかりの違和感を覚えた。
「もしかして、その子……怪我してるの?」
そして、今の状況をはっきりと理解する。
この子たちはいま、私よりもずっと危機的な状態だった。このまま放置されてしまえば、命も危ういかもしれない。そう考えたら、いてもたってもいられなかった。
私は深呼吸をして、お兄さんにこう伝える。
「もしかしたら、だけど。私なら貴方たちを助けられるかもしれないから……!」
そして、静かに歌を口遊むのだ。
教会で幾度となく、楽しく歌ってきた讃美歌を。
空模様に反して心が晴れ渡っていくのを感じながら、私は歌い続ける。祈るように、願うように。目の前の小さな命の灯火が、雨粒に消されないようにと。
そのような不幸があるのなら、私がすべて取り払ってあげようと。
お腹の底から響く歌声。
洞穴の奥へと向かい、跳ね返り、まるで教会で遊んでいる日々のようだった。
『キュ、キュキュ……?』
そして歌も終わりへ向かう頃合い、妹さんの様子に変化が起こる。
痛そうにしていた前脚を見つめたかと思えば、その場で力強く立ち上がったのだった。お兄さんはそんな彼女を見て驚きつつ、私と妹さんを交互に見つめる。
どうやら、私の歌は『動物にも』効果があったらしい。
「……よかった。少し、不安だったけど」
以前に、怪我をした大工の棟梁さんが私の歌を聞いて楽になったと、挨拶にきてくださったことがあった。当時は嘘か本当か分からなかったし、眉唾ものだったので笑って流したのだけど。
どうやら、彼の話は真実のようだった。
そしていま一か八かだったけど、上手くいって気が緩んだ。そして、
「くちゅん……!」
今度は私が、ちょっと危ない状態になったらしい。
くしゃみと同時に、背筋に寒気がやってきた。もしかしたら微かながらも濡れた服を着ていて、風邪を引いてしまったのかもしれない。これは、少しマズいかも。
「あ、あはは……どうしようかな?」
とりあえず腰を落ち着け、体力の消費を抑える。
身体の熱を逃がさないように気を付けつつ、考えていると……。
「あれ、貴方たち……?」
怪我から回復した兄妹が、心配そうに私の傍にやってきた。
そして、まるで気遣うように身を寄せてくる。
「もしかして、温めてくれるの?」
困惑しながら訊ねると、彼らは短く鳴いて懐に収まった。
もふもふとしたその身体には十二分に熱があって、冷え切った私を芯から温めてくれる。
「……うん、ありがとうね」
それに感謝して、私は静かに目を閉じた。
さすがに少し疲れてしまったのだ。
でもきっと、これなら夜は無事に越えられそうだった。
◆
「歌声が聞こえたというのは、こちらで間違いないか?」
「は、はい! 本当です、公爵様!!」
――アメリアが眠りについてから、数刻が経過して。
馭者を務めていた者が、一人の男性を連れて崖下へとやってきた。
銀色の長い髪に、精悍な顔つきに相応しい鋭い金の眼差し。細身ながらも無駄のない筋肉がついているであろう、公爵と呼ばれた彼は急ぎ足に前へと進んでいた。
「す、すみません。あっしが上手くやっていれば……」
「気にするな。いま大切なのは、聖女様の安全を確かめることだ」
「……へ、へい!」
そうして、間もなく二人はあの洞穴にたどり着く。
人影を見つけた公爵は、ぬかるみで衣服が汚れるのを気にもせずに駆け付けた。そしてアメリアの姿を認めて、思わず息を呑むのだ。
「ま、まさか……!」
「こ、こりゃ……たまげた!?」
遅れてやってきた馭者も驚きに声を上げる。
何故ならそこにあったのは、アメリアの他に二匹の――『聖獣』の姿だったのだから。ニュウロと呼ばれる彼らは伝説や書物にのみ存在し、人前に姿を現すことはおろか、人と身を寄せ合うことなど決してあり得ないとされている、まさに幻とも呼べるものだった。
そんなニュウロがいま目の前で、しかもアメリアと身を寄せ合って眠っている。
公爵は息を呑み、その場に片膝をついて頭を垂れて告げるのだった。
「お迎えに上がりました。聖女、アメリア・リステンシア様」
――ニュクス領主のハウンズ・エルタ・リュクセンブルク。
彼はあどけない表情で眠る少女の姿を見て、優しく微笑むのだった。
◆
一方その頃、王都エルタでは。
「いやー……邪魔な聖女を排除して、これで国の権力は俺だけのものだ!」
王子リオンはそんなことを口にし、高笑いしていた。
国王が病に倒れたのはたしかに偶然だが、適当な理由をつけてアメリアを国外追放したのは彼の策略に他ならない。いずれ教会の象徴となり、国政に影響を与える可能性のあった聖女。その存在は、権力を一手に収めたいリオンにとっては邪魔で仕方なかった。
だがこのようにしてしまえば、もはや障壁と呼べる存在はない。
そのはず、だったのだが……。
「リオン様、たいへんです!!」
「どうした……?」
「平民たちが大挙して、門の前に押し寄せてきております!!」
「……なに!?」
王子はまだ、知らない。
アメリアの歌声はすでに国民の心を掴み、癒しを与えていたことを。
そして、そんな彼女を国外追放に処した彼はすでに万策尽きている、ということさえも。
◆
「ん、うぅ……?」
私が次に目を覚ますと、そこは暖かな場所だった。
柔らかなベッドに身を横たえて、風邪が悪化しないように様々な対策がされたのだろう。濡れたタオルや、薬などが用意されていた。そして何より、私を迎えてくれたのは――。
「……お目覚めになったかな、聖女様?」
「貴方、は……?」
一人の美しい男性だ。
彼は優しく微笑み、一つしっかりと頷く。
そして、恭しく頭を垂れながら自己紹介をするのだった。
「私の名前は、ハウンズ。貴女の到着を心より、お待ちしておりました」
すっかり雨の上がった、窓から差し込む陽の光。
それに照らされたハウンズ様の姿は、輝かしいと称する他なかった。
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