第293話 ❖AIたちの舞台裏④❖
『じゃあ、今日も始めていこう。アマデウス、状況はどうかな』
「はい、マスター。国家建設とは別ですが、本日、一部プレイヤー間で自分たちで畑を運営し食料供給率を引き上げようとする動きが見られました」
『お、一部プレイヤーということは……例の独立国家プレイヤーじゃないところだね? なんでまた畑を?』
「はい。掲示板情報によれば、農業ギルドの住人NPCが特殊精神異常から回復したことで農業ギルドにプレイヤーが集まるようになった模様です」
『え、あの特殊異常が回復したの? どうやって?』
「はい。これまで特殊状態異常に陥った住人NPCによりゲームQOLが大きく低下していました。しかし、独立国家プレイヤー、これより便宜上プレイヤーAと呼びますが、プレイヤーAによって状態異常が回復され、農業ギルド職員が本来のホスピタリティ性を取り戻しました。その結果、農業ギルドに再びプレイヤーが集まりつつあります」
『なるほどね。でもあれ、第4エリアまで進んで初めて対処可能になる特殊異常だったよね。現状では回復不可能って判断だったはずだけど』
「はい。プレイヤーAがもともと所持していた飲料に潜在的な回復効果がありました。特殊精神異常システムが解放されたため、その効果が顕在化した形です」
『……そんなの持ってたんだね、彼』
「はい。現在、プレイヤーAの農場で契約している住人1人、農業ギルドで2人、教会で子供8人、さらに衛兵1人が回復しています」
『そうか、これはついに扉が開かれたって感じだね。あのネガティブシステムがいきなり解放された直後は絶望感しかなかったけど』
「はい。あの時、突然住人AIであるNCBにあのようなスキルが生成されたのは驚きでした。かのスキル生成により『住人AIの特殊精神異常システム』が解放され、ラスプの街でモラルハザードが起きました」
『あれは本当に悪夢だった。難易度調整の為に予備で用意されていたシステムがこんな序盤で解放されちゃって。あの時はまだ信頼度が基準に達してないNPCがほとんどだったから、みんな異常にかかっちゃって。正常だったのはAさんと信頼関係があった住人だけだったからね』
「はい。ただし現状では、未だNCBの行動ひとつで再び特殊精神異常が広がる恐れがあります。そこで、その対処として“信頼度ネットワーク”の構築を提案します」
『信頼度ネットワーク?』
「はい。住人NPCの特殊精神異常への耐性は、プレイヤーとの間に築かれた最も高い信頼度に依存します。ですが、それに加え、他のプレイヤーとの信頼度も0.01%として補助的に加算されます。本来は考慮する数値ではありませんが、今はその僅かな差も重要かと」
『1万分の1でも積もれば力になる、か』
「はい」
『うん、いい案だ。一人への依存は危ういから、広げるのは正解だろう。アマデウス、この件は任せるよ。国家建設クエストと共に頼む』
「はい、マスター」
『コリンズからは何かあるかな?』
「はい、わたしからは依然として食料供給量の不足が続いている現状、プレイヤーが帰還しても普通にプレイするのは困難です。あまりにも食費が高すぎます」
『そうか、食料供給か。そうだよね、プレイヤーが戻ってきても食料が今の供給量じゃやっていけないだろう。そうだ、コリンズ、食料供給量を上げるのに何か提案はある?』
「はい。食料供給に関してとなると、わたしからの提案は“第三の街”による食料供給です」
『第三の街? まだ可能性は低かったはずだが』
「これまでは0.01%未満でしたが、本日0.96%まで上昇しました」
『100倍!? 理由は?』
「特定プレイヤーによるラスプ内での【熟睡】付与が原因です」
『熟睡って…まさか、パジャマの?』
「はい。かのプレイヤーです」
『……詳しく頼む』
「はい。現在、【熟睡】付与が住人にとって脅威として認識され始めており、ラスプ内だけでは解決不能と判断する者が増えています。その解決策を求め、学術都市である第三の街の必要性が急速に高まっています。このまま進めば、住人NPCから第三の街を目指すクエストが発生しそうです」
『ほほう、予想外のルートが出てきたね…。よし、こっちも経過観察だ。タイミングを見て打てる手は打って行こう。二人とも、引き続き頼むよ』
「「はい、マスター」」
アマデウスとコリンズが優雅に部屋を出ると、壁一面の世界地図がふっと存在感を増す。
『お、今日は早いね』
「小僧のログアウトがちょっと早かったんで」
黒海賊レイスが欠けた前歯を見せて笑う。
『彼、国家建設は順調? 問題は?』
「問題……しかありやせんぜ」
『問題しか? それは楽しそうだね』
「楽しい? もう俺の演算能力オーバーっすよ」
『お、稼働率70%超えてるじゃん。これはついさっきだね』
「化け物畑、化け物製造従魔、まだまだ増えそうです」
『化け物製造従魔って、あの新しい従魔だよね? 何かあった?』
「条件さえ揃えば第6エリア相当のモンスターを無限召喚可能っす」
『第6…無限…チートじゃん』
「チートもチート。従魔だけじゃねえです。植物超特攻の毒薬、満足度上限突破の酒、怪しげな超性能ジュース…もう、何がしたいんだって感じですよ。全分野で可能性が乱高下、もう手に負えやせん」
『一見バラバラな無駄の集まり。でも、それが一方向に向かっていく…そんな感じかな』
「…あ、まあ言われてみれば、そうかもですね…」
『ふふふ、レイスがまた彼と組むなんて、可能性しか見えないねえ』
「は? 別に組んでるわけじゃ…」
『いいのいいの。そのまま行こう!』
「はあ…」
『よし、じゃあわたしの充電も完了したし会議行ってくる。いい絵を期待してるよ』
「あ、そのいい絵の事なんですが、小僧のタイミングなんて読める訳ねえ……あ、行っちゃった。うーん演算チップ追加頼もうと思ったのに…」
この会議以外ほとんど使われなくなった世界地図の部屋。黒海賊の視線の先には、消しゴムで無理やり擦り取られたような跡が一つ。
そこは巨大なクレーターの中。湖の畔にあるその場所を、黒海賊は顎に手をやりながらずっと見つめていたそうな。




