第245話 底引き網
「ピエロくーん」
声の主を探すと、こっちに手をブンブン振っている陽キャなアバター。って、あれって。
「ヤックン? どうして?」
「エンペラー戦で星獣契約したプレイヤー集めてきましたよー」
「ピエロさーん、恩返しに来ましたー」
「わたしにタヌ吉との出会いをくれてありがとー」
「遅れてすみませーん、遠征しててー」
遠征って。遠征先からわざわざ来てくれたのか?
「コイツらは俺らが相手するんで、大ボスやっちゃってくださーい」
「がんばってー」
「プロモ楽しみにしてまーす」
「ケンタウロス絵になってますよー!」
「そっか、みんな……」
なんなんだろ、この湧いてくる力は。応援されるってこんなに力を貰えることだったのか。
こんなの俺……頑張れちゃうじゃないか。
「行ってきまーす」
「フレーフレー」
「ガンバ!」
なんか、時代を感じる応援フレーズが聞こえたんだが…。そっか、そういう世代もやってるのか。
「うわーん、もういいから死に戻らせてー」
ワーバットの叫びが聞こえてくる。
ワーバット、お前、死に戻ったら効果解放された【マジ慢心】も解放前に戻されるんだぞ。しかも、装備全部失うってのに。
「離して離して〜。もう、なにもいらないから〜。これ以上は無理〜。死に戻る〜。うわ~ん」
明らかに我を失っているワーバット。これは早く何とかしてやらないと。
時間は……残り40秒か。ワーバットを助け出すにはどうすればいいんだ。ってか、始祖仙蜘蛛、何処に行こうっていうんだ? そっちは湖だぞ。
そのまま湖の上を疾走していく始祖仙蜘蛛。こうやって見るとアメンボみたいだな。
…ん? アメンボ? いや、まさかな。そんなところまでリアルに設定してあるとか……でも、まあ、試すだけ試すか。他に思いつかんしな。
ストレージから【ブルー溶液】を取り出す。このブルー溶液、美容液に必須なのだが、その役割はお肌の保湿。つまり油分の代わりになっているのだ。
って事は、このブルー溶液をこうすると…
ダーツをブルー溶液に浸してから始祖仙蜘蛛の進行先の湖面に散弾狙撃する。
チャプチャプチャプン
湖面一帯にいい具合に等間隔で着水するダーツ。すると、すぐに湖面が青く染まっていく。
ザブザブン
GIIIRIIII
「おお、スッゲー、まさかのリアル設定かよ」
青く染まった湖面に達した途端に始祖仙蜘蛛の脚が水中に沈む。慌てた始祖仙蜘蛛が脚をばたつかせる。が、どうにもならなくなって抱えていたワーバットを湖に放り投げた。
パッパカパッパカ
「大丈夫か、ワーバット」
「うわーん、また助けられちゃったー」
また? いや何度か助けてはいると思うが泣くほどではないだろ。
…
「もう、大丈夫なんで、行ってください。ささ」
近くの崖まで送り届けると素っ気なく背中を押させる。なんなんだ、一体。
「んじゃ、行ってくるな」
「はい、いってらっしゃい。どうぞどうぞ」
いまだに湖面でザバンサバンと水飛沫を上げている始祖仙蜘蛛。完全にハマったらしい。
アメンボが水の上を歩けるのは脚先から油を出しているからだ。それで水と油が混ざらない性質を利用して表面張力で浮いている。そんなことを確か理科の時間に教えてもらった気がする。
て、そのアメンボが水の上を歩けないようにするためにはどうすればいいか。それは水面に油の膜を張ればいいだけ。
そこで保湿性能、つまり油分の代わりになるブルー溶液の膜を湖面に張ったわけだ。もし始祖仙蜘蛛がアメンボと同じ原理で水面を進んでいるなら浮いていられなくなるってな。
ザバンザバン
必至に足をばたつかせて沈むのを避けている始祖仙蜘蛛。だが、その時間ももうすぐ終わりそうだ。既に青い幕の端っこまでたどり着いてしまっている。
しかも崖はすぐそこ。
そしてここで俺たちの【白馬誓魂】の時間も切れる。クールタイムは48時間。丸2日待たないと次は使えない。
「アリオン、とにかく追うぞ」
『ヒヒーーン』
スキルが回復し、【騎乗】【躍動】【疾走】で一気に最高速度へ到達。3秒かからず始祖仙蜘蛛に追いつく。
岩壁を登る始祖仙蜘蛛。この先は……極凰洞か。ってことはあの横穴に逃げ込むつもりだな。
あそこに逃げ込まれたら厄介過ぎる。道が限定されれば蜘蛛の巣張り放題だ。それに俺にはもう黒曜ダーツはない。
「散弾狙撃」
カンカン
あれこれ試してみるが既に学習してしまっている始祖仙蜘蛛にはどれも通用しない。こうなりゃいっそのこと爆裂ポーションで吹っ飛ばすか。
俺がストレージを探ると同時に始祖仙蜘蛛の尻から噴き出す赤いカーテン。まるで俺の思考を読んだようなタイミングで爆裂ポーション対策をしてきた。
ダーツも爆裂ポーションもだめとなると、もう打つ手がない。それこそ【絶滅…
『ゆらゆらゆら!!!』
ネギ坊から『冗談は服装だけにしろ!!!』と言われてしまった。ネギ坊、おまえ、この装備をネタ装備だと思ってたのか。俺は悲しいぞ…。
って、いや、ま、冗談でもこれはダメだよな。すまん、ネギ坊。
そして、あれこれしている間に崖の上に到着してしまった。もう、すぐそこには極凰洞の吹き抜けだ。
──これは流石に終わった。
次はどんな武器で対処するかな。データにないような武具を簡単に作れるとは全く思えんのだが…。
「みんなに応援されたのにな。これ失敗したらまた白い目で……」
俺の不安など知った事かと極凰洞に姿を消す始祖仙蜘蛛。
……あーあ、海坊主さん、みんな。
「みんな、本当にごめん……」
「よっしゃーー、かかったぞーー。一気に引けーーー!!」
「「「「おおおおおおおおっ」」」」
良く知った声とそれに応える大歓声。今までなんの気配もなかった崖上に無数のプレイヤーが姿を見せる。
ポカンとする俺を他所にプレイヤーたちが列になって綱引き状態に入る。なんかこんなの見たことあるな。なんだっけ……ああ、そうだ。底引き網。そうそう。底引き網漁だ。
KIIIIREEEEEEEE
極凰洞の下方から始祖仙蜘蛛の必死な声が響く。
「もういっちょ、せーのー」
「「「「よいしょおー」」」」
「もういっちょ、せーのー」
「「「「よいしょおー」」」」
「まだまだー、せーのー」
「「「「よいしょおー」」」」
KIIIIREEEEEEEE
始祖仙蜘蛛の高音が極凰洞の下方から響いてくる。
「えっと、クロマッティ?」
「スプラさん」
後ろからの声に振り返るとそこには麦わら帽をかぶったサンペータさん。
「待ってましたよ。スプラさんならアレを絶対に追い込んでくる。そう思ってこの極凰洞に底引き網を仕掛けておいたんです。いや、お見事でした」
「え、いや、追い込んだというか……」
「今みんなで引上げるんで最後のトドメ。お願いします」
「え、俺が?」
「ええ、ここにはアレにトドメを刺せる人間はいないですから」
「え、でもクロマッティは…」
「あ、あれはクールタイムが滅茶苦茶長いんで。しかもクールタイム中は色々デメリットもあって、クロマッティはしばらく使い物になりません。今できるのは、ああやって皆を盛り上げるくらいです。さ、もうすぐ上がってきます」
サンペータさんの視線の先ではクロマッティが大声と大げさなジェスチャーで皆を乗りに乗らせている。
「よっしゃ、最後ー、せー」
「あああっ、クロさん、糸が!」
「え、糸? ……げ、もう切れかけてる?」
「マズイです、スプラさん、早く!」
そう言って極凰洞に走るサンペータさん。その肩には白銀の釣り竿が光を放つ。そして、その竿を極凰洞の中にキャストする。
「うおっし、竿持ってる奴は全員キャストー!!」
「「「おおおうっ」」」
一斉にストレージから現れる釣り竿。その全てが白銀の光を放つ。そして全員がキャストを終えた時、底引き網が完全に引きちぎられてポリゴンにかわる。どうやら修復不可にまで破損させられたらしい。
「スプラさん、早く!」
サンペータさんが叫ぶ。その言葉には一切の余裕が感じられない。ギリギリのせめぎ合いをしているのが分かる。
「サンペータ、皆さん、ありがとう!」
アリオンが【躍動】【疾走】で一瞬で風になる。そして勢いそのままに極凰洞の吹き抜けに向かって蹴り降りる。
釣りキチたちのお陰で俺の身体強化ポーションのクールタイムも解けた。これならいける。
吹き抜けを降りたその先にいたのは何十本もの釣り糸をその体に絡めた始祖仙蜘蛛。必死に長い脚を壁に食い込ませている。
「これがホントに本当の最後だ」
KIIIREEEEEEEAAAAA
そこでひときわ甲高い始祖仙蜘蛛の高音が極凰洞に木霊す。
始祖仙蜘蛛の尻から噴き出す赤い蜘蛛糸。
その蜘蛛糸によって五芒星への動線が断ち切られる。
このまま進めばアリオン共々蜘蛛糸に絡め取られる。
『相棒、最後はしっかりね』
アリオンが俺を明後日の方向に蹴り飛ばす。
赤い蜘蛛糸に包まれていくアリオンを視界の端に見ながら目の前に迫る壁に着壁、そのまま別角度から始祖仙蜘蛛へ向かって蹴り降りる。
「【一夜城Lv10】」
どデカい張りぼてで始祖仙蜘蛛の視線をシャットアウト。これ以上データをやってたまるか。予測などさせん。
迫る張りぼて。HPポーションを使って回復した俺の体当たりで瞬時にポリゴンへと変わる。
巨大なポリゴンが小さな俺を隠す。
その光を抜けた俺の目の前には……殆どの光を失った五芒星。
──残りの3つも貰うぞ。
スパン
五光を放つ絆結が五芒星の真ん中に2つ並んだ光を落とす。
KIREEEEEAAAAA
耳をつんざく超高音。始祖仙蜘蛛の声にならない叫びが極凰洞に響く。
──さあ、最後の1つだ。
絆結を逆手に持つ。最後は1つ。これを突き刺したら終わりだ。
「ん? あれ?」
腕が動かない。そしてなぜか体が浮く。
見ると、手首にくるりと巻かれた1本の赤い糸。
KIREEE KIREEEEE KIREEEEAAAA
俺が空中に浮いているそのすぐ横で、始祖仙蜘蛛の目からは大量の生命力が溢れ出ていく。さっきまでの何倍もの量だ。どうやら治毒には重ね掛け効果があったらしい。
力を失った始祖仙蜘蛛が俺の横を抜けて一気に釣り上げられていく。
そして、そのまま崖を通り越して遥か上空へと釣り上げられた。
KIEEEEEEEEEEEEEEN
そこに現れる輝緋の巨鳥。
本来の姿を取り戻した極凰がその足の一撃で始祖仙蜘蛛をポリゴンに変える。
極凰洞の空が金色に染まった。
『見事であった、異人たちよ。我が子ら、我が眷属は皆、勇敢なその方らとの契約を望むであろう』
極凰の声が聞こえた数瞬後、吹き抜けで浮いている俺の横を無数の鳥が舞い上っていった。
大歓声を聞きながら俺は自分の視界の隅で点滅する文字に気が付く。
【堕仙の印】
❖❖❖レイスの部屋❖❖❖
「せ、先輩、やりました。最後の最後までドキドキでしたけど、その分いい絵が撮れましたよ」
「……」
「先輩、大丈夫ですって。白馬誓魂はデータを追えばちゃんと映像化できますから。時間がかかるだけですから気にしないでください」
「……」
「うおお、すごいですよ、ほら。Xの眷属たちが続々と契約結んでます。これはプレイヤー能力が一気に上昇しますよ。これで第三エリアもすでに射程圏内です。すごい進捗です」
「……」
「これで第三陣も完売間違いなしです! やったーー!」
「(小僧……)」
―――――――――――――
◇達成したこと◇
・ヤックン達星獣組が助けに来る。
・ブルー溶液で始祖仙蜘蛛を湖に沈める。
・ワーバット救出。
・始祖仙蜘蛛11/12撃破。
・運命の赤い糸に捕まる。
・始祖仙蜘蛛撃破。
・【堕仙の印】の文字に気づく。
◆ステータス◆
名前:スプラ
種族:小人族
星獣:アリオン[★☆☆☆☆]
肩書:マジョリカの好敵手
職業:多能工
属性:なし
Lv:1
HP:10
MP:10
筋力:1
耐久:1(+33)
敏捷:1(+53)
器用:1
知力:1
装備:決断の短刃─絆結─
:仙蜘蛛の真道化服【耐久+33、耐性(斬撃・刺突・熱・冷気・粘着)】
:飛蛇の真道化靴【敏捷+53】
固有スキル:【マジ本気】
スキル:【逃走NZ】【正直】【勤勉】【高潔】【献身】【投擲Lv10】【狙撃Lv10】【引馬】【騎乗】【流鏑馬】【配達Lv10】【調合Lv10】【調薬Lv10】【創薬Lv10】【依頼収集】【斡旋】【料理Lv9】【寸劇Lv10】【遠見】【念和】【土いじり】【石工Lv10】【乾燥】【雄叫び】【熟練の下処理】【火加減の極み】【匠の匙加減】【ルーティンワークLv3】【描画Lv1】【危険察知NZ】【散弾狙撃Lv4】【融合鍛冶Lv6】【観察眼】【苦痛耐性Lv3】【慧眼(薬草)】【薬草学】【採取Lv10】【精密採取fLv4】【採取者の確信】【採掘Lv10】【菌創薬Lv10】【上級鉱物知識】【カッティングv1】【レザークラフトLv1】【裁縫Lv1】【虚仮脅しLv10】【一夜城Lv10】【特殊建築Lv4】
所持金:約1300万G
称号:【不断の開発者】【魁の息吹】【新緑の初友】【自然保護の魁】【農楽の祖】【肩で風を切る】【肩で疾風を巻き起こす】【秘密の仕事人】【秘密の解決者】【秘密の革新者】【不思議ハンター】【不思議開拓者】【巨魁一番槍】【開拓者】【文質彬彬】
従魔:ネギ坊[癒楽草]
◎進行中常設クエスト:
<蜥蜴の尻尾亭への定期納品>
●特殊クエスト
<シークレットクエスト:刀匠カンギスの使い>
〇進行中クエスト:
◆星獣◆
名前:アリオン
種族:星獣[★☆☆☆☆]
契約:小人族スプラ
Lv:20
HP:310
MP:445
筋力:48
耐久:46【+42】
敏捷:120
器用:47
知力:69
装備:赤猛牛革の馬鎧【耐久+30、耐性(冷気・熱)】
:赤猛牛革の鞍【耐久+12】
:赤猛牛革の鐙【騎乗者投擲系スキルの精度・威力上昇(小)】
固有スキル:【白馬誓魂】new!
スキル:【疾走Lv8】【足蹴Lv1】【噛み付きLv2】【水上疾走Lv1】【かばうLv10】【躍動】【跳躍Lv2】【二段跳び】【守護Lv10】
◆契約◆
《従魔》
名前:ネギ坊
種族:瘉楽草[★★★★☆]
属性:植物
契約:スプラ(小人族)
Lv:1
HP:10
MP:10
筋力:3
耐久:3
敏捷:0
器用:6
知力:10
装備:【毒毒毒草】
:【爆炎草】
:【紫艶草】
固有スキル:【超再生】【分蘖】
スキル:【劇物取扱】【爆発耐性】【寒気耐性】
分蘖体:ネギ丸【月影霊草】
:ネギ玉【氷華草】
:ネギコロ【天雷草】
《不動産》
EX農屋&中規模畑 5.7億
癒楽房 4.9億
≪雇用≫
エリゼ
ゼン
ミクリ




