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第2話 カスハラなんて…やりました

~FGS配信開始直前~


「昼食…終わった。トイレ…行った。んじゃ、ログインするか。眠いけど」


 機材を装着し、電源を入れる。ピコピコとした音が流れてセキュリティーチェックが終わると、俺の意識は深く沈んでいく。


 俺は大森双葉、29歳。そこそこの企業で働いてきたが、パワハラ気質の上司に散々いびられた結果、常時消えてしまいたいと思うようになった。で、朝起きれなくなったこともあり、医者に行ったらドクターストップ。ただいまお薬飲みながら療養中だ。


 で、することないから気晴らしに買ってみたフルダイブ型ゲーム。それがこの─Fresh Green Stage(新緑のステージ)─ FGSだ。


 まあ、現実世界からちょっと離れたいなと思ってた時にテレビに流れてきたメチャクチャ綺麗な映像を見て気になったから買ってみた。


 FGSがテレビ番組で散々叩かれているのは知っていた。AIがAIを開発するなんて危険だってことらしい。


 12万円という金額にも批判があった。だがどちらの理由もお薬飲んでてぼんやりしてる俺にはそこまで高いハードルとはならなかった。



 はあ、頭がボーっとして眠い。耳に聞こえるピコピコ音がいい感じに眠りに誘う……。



「ん? ここは?」


 気が付くと俺は一人掛けソファーに座っていた。


 うちのリビングほどの広さの部屋、その中央のソファーに俺は座っている。なんだ? これから尋問でもされるんか?


 正面の壁に目をやるとそこには見たことのない空白だらけの世界地図。


 地図=冒険。


 子供の頃にやったRPGゲームを彷彿とさせるその地図に妙に心が揺さぶられる。


 世界地図を見ながら部屋の隅に目をやると、そこには迫力のある海賊の置物。どこまでも俺の冒険心を掻き立てたいようだ。


 ──あの頃のゲームは楽しかったな。


 周りを見渡すと、左右にはびっしりと敷き詰められた本棚や調度品の数々。これらもまた魔法や錬金術、ポーションに調合、それらが俺をさらにファンタジー世界に引き込んでくる。


「なんだ。全然いい感じじゃん」



 コンコンコン


 俺が童心に返っていると、背後からドアをノックする音が聞こえる。


 振り返ると、部屋のドアが開いて個性豊かな二人のAIが入ってきた。二人とも笑顔を湛えながら世界地図の前に移動し俺に向き直る。


 一人は西洋のモデルのような天使風美女。

 白を基調としたふんわりした服で清楚な感じ。


 もう一方は中世ヨーロッパ騎士風のイケメン男。

 兜は脱いで片腕に抱え、緑の髪がさらりと靡く。


 二人を順番に見渡し終えると、そのタイミングを見計らったかのようにモデル美女が俺にヒラヒラ手を振ってくる。


 いや、すごくかわいいんだが…



「ようこそ、FGSへ。わたしたちはあなたを心より歓迎します」


 あ、だめだこれ。かわいいけど、どうしていいのかわからんくなるやつ。大学生の時、無理やり連れていかれた人生最初で最後の合コンを思い出す。


 あかん、嫌な思い出しかない。無理無理。



「あ、はい、よろしきゅ… お願いします…」


 ほら、噛んだ。もう、こうなるんだって。俺コミュ障だから。特に美人は無理なんだ。



「わたくしは、『アマデウス』と申します。まず、あなたのお名前をお聞かせいただけますか?」


 アマデウスと名乗る美女に噛んだことを華麗にスルーされる。こういう時、どう反応していいのか全く分からん。



 ピコン



 そんな俺の目の前に無機質なSEとともに現れる名前入力フォーム。だが、そんな昔のRPGを彷彿とさせる仕様が俺を落ち着かせてくれた。


「ふう、それじゃあ」


 既に決めてあった名前を入力する。

 双葉は英語でスプラウト。ってことで…



『スプラ』



 フォームに入力して決定する。


「はい、では『スプラ』さん、よろしくお願いしますね。では、名前が決まったところですし、キャラクター作成に進みましょっか」



 金髪美女のアマデウスさんがかわいらしく首を傾げると、今度は左にいたイケメン騎士が深緑色の髪をかき上げる。



「じゃあ、ここから担当を変わるよ。僕はコリンズ。よろしくね、スプラ君」

「あ、はい…」


「じゃあ、これから僕と一緒に君のキャラクター作成をしていこう。まずは種族から順に聞いていこうかな」

「あ、種族? …って、なんでしたっけ?」


 知ってて当然とでもいうような進め方。いや、俺は何も知らんぞ。



「あ、ごめんごめん。スプラ君は事前情報を見ないタイプか。いや、これまでのプレイヤーはみんな決めてきてたからスプラ君もそうなのかなって勝手に判断しちゃったよ。ごめんね」


 ……最近のAIはこんな人間っぽい話し方すんのか。すごいな。


「じゃ、説明するよ。種族は大きく分けて人族と獣人族があるんだ」

「人族と獣人族…」


「人族は万能型、獣人族は尖った性能だよ。スプラ君はどっちがいい?」


 うーん、どっちだろ。頭が働かんし、多いほうでいいか。


「他のプレイヤーの傾向とかってわかりますか?」

「えっとそうだねえ…今のところ人族が42.4%で獣人族が57.6%ってところだね」


 コリンズさんが空中の一点を見つめながら答えてくれる。おそらくリアルタイムの数字を答えてくれているんだろう。こういうとこはAIっぽいんだな。


 じゃあ、獣人族かな。


「獣人族でお願いします」

「オッケー。獣人族は動物によって性能が変わるんだけど何にする?」


「動物?」

「あ、ちなみに獣人族の種類は44種類だよ。リスト見てみるかい?」


 コリンズさんが見せてくれた動物リスト。


「犬、猫、牛、豚、狼、熊、虎、猿……バク、コアラ、アリクイ、カワウソ……」


 ああ、ダメだ。今の俺、こういうの無理。お薬の影響で比較して選ぶとか無理なんだ。気持ち悪くなって…。


「やっぱ人族でいいです」


「おっけー。じゃ、人族ね。じゃあ、次に初期職業を決めよう」

「職業ですか……もしかして決めないといけない事ってたくさんあります?」


 決めるの今ちょっと辛いんだよな。


「あと決めるのは職業と属性と初期装備だね。あ、これ見てくれる?」


 そう言ってコリンズさんが見せてくる画面には①から④までがリストになっていた。



①種族…ステータス値に影響

②職業…スキルに影響

③属性…初期得意属性(火→風→土→水→火)

④初期装備…性能選択と見た目のカスタマイズ



「まあ、こんな感じだね。種族はステータスが影響して……火は風に強いけど水には弱いって……最後の初期装備は一律で破格の高性能。無理しなければ序盤で死に戻りはしない。種類は自由に選べるし見た目も自由に弄れるよ」


 コリンズさんが説明をしてくれるが、情報が入ってこない。最後の初期装備だけは興味があるからかしっかり聞き取れた。



「じゃあ、職業を選ぼうか。スキルに注目して選ぶといいよ」



【狩人】

 モンスターを狩ることを得意とする

 初期スキル【短剣術】


【探索士】

 探索することを得意とする

 初期スキル【よく見る】


【術士】

 魔法を使うことを得意する

 初期スキル【初期魔法※】

 ※属性により決定


【学徒】

 知識を得ることを得意とする

 初期スキル【読書】


【作業者】

 身体の強化を得意とする

 初期スキル【ルーティンワーク】



 意味の分からんスキルも見えるが、まあ、とりあえずはモンスターでも狩っとくかな。読書とか絶対無理だしな。



「じゃあ、『狩人』でお願いします」


「うん、了解。よし、じゃあ次は『属性』だ。初期に選べるのはこの4属性だけど、どうする?」



 画面から職業リストが消え、次の文字が現れる。


 火属性……火との親和性が高まる。

 風属性……風との親和性が高まる。

 土属性……大地との親和性が高まる。

 水属性……水との親和性が高まる。


 優位性 

 火→風→土→水→火



 属性かあ。これは堂々巡りなんだよな。どれもメリットデメリットがあって、ジャンケンみたいで。これは無理だよな。それこそジャンケンで決めてもいい。


「えっと、これはランダムでいいです」

「あ、ごめんね、ランダムはやってないんだ」


 え、ランダムがない? マジか。


「ちょっと今決められないんですけど」

「そっか、実はね。FGSには因果律ってのがあって、プレイヤーの言動一つ一つが世界に影響を与えていくんだよ。プレイヤーと住人AIが共に作り上げる世界、それがこのFGSなんだ。だから僕ら管理AIはここに関われない。だからランダムシステムは導入してないんだ、ごめんね」


 因果律? そういう面倒なこと、今、俺無理なんだ。


「ランダムがないならなしでもいいです」

「え、なし? いやいや、属性は重要な要素だよ。ここは短絡的にならないで、一つを選んでいこう」


「…短絡的?」



 ~ほんと短絡的だな。それでよく社会人やってんな~


 パワハラ上司から6年間言い続けられたパワハラワードがよみがえってくる。


 ……ぐ、だめだ。心が重い。


「属性……なんていりません」


 くそ、なんだこの辛さは。頭が重い。体がおかしい。



「急がなくていいから、ゆっくり決めたらいいんだ」


 ~いつまでゆっくりやってんだ、給料泥棒が~


 くそ、胸が苦しい。吐き気が止まらん。



「よかったらもう少し詳しく説明しようか。時間はあるんだし」


 ~そんな説明で納得できるか、馬鹿野郎。ちっとはその小さい脳みそ使えやボケカス~


 だめだ、もうなんでもいい。早く終わってくれ。



「あ、もしあれだったら、友達とかに聞いてみてもいいと思うよ」


 ~ったく、どうしようもねえな。そんなだから友達もできねえんだろ~


 友達…友達…友達…くそっ



「うるせえ!!!」


「……」


 俺の言葉に固まるコリンズさんとアマデウスさん。


 その二人の姿にノイズが走り、まるで電波妨害に遭った映像のように情景が乱れる。そしてそのまま数秒が過ぎると、俺の頭のすぐ上からマイクのスイッチを入れた時のような「ボフッ」と言う音が鳴った。



『非常に強いご要望と無理難題をいただきましたプレイヤー様に申し上げます』


 あれ? なんだこれ。


『当「Fresh Green Stage─新緑のステージ─」における初期キャラクター作成では、キャラクターの総リソースは全プレイヤーの皆さま公平に一律となっております。そのリソースを各プレイヤー様が《《ご自分の意志によって》》取捨選択した結果、各プレイヤー様が《《ご自分のスタイルで》》快適に「Fresh Green Stage─新緑のステージ─」をプレイいただくことが可能となっております。各プレイヤー様にはその旨を何卒ご理解の上、本キャラクター作成を進めていただけますようお勧めいたします。』


 頭上で再び「ボフッ」という音が聞こて 無機質な音声が聞こえなくなる。



「じゃあ、スプラ君どうする? 属性を一つ選ぼうか」


 何事もなかったかように普通に動き出したコリンズさんが俺に語り掛けてくる。


 ……そう、そうやって、人前では何事もなかったかのように振る舞うんだ。


「……属性全部で。これ以外は無理です」


 カコン


 

「えっと、全部って4つ全部ってこと?」


 気分の悪さは先のアナウンスを聞いているうちに落ち着いた。だが、心が妙に冷たい。何の感情も湧いてこない。ただ凍り付いた心には一人別部屋に連れ込まれて土下座させられ頭を踏まれながら何度も謝罪している自分の姿が映っているだけだ。


「はい、4つ全部って事です。このゲームは因果律なんでしょ? これが俺の行動です」


カタカタ


 ん? さっきから何の音だ? 幻聴? VRにも幻聴があるのか? ってか、なんか心に熱が戻ってきたな。なんだったんださっきのは。



「そっか。じゃあ僕はここまでのようだ」


 口元を一文字に結んだコリンズさんは兜をスッポリ被るとそのまま部屋を出ていった。それに続いてアマデウスさんが困った顔で部屋を出ていく。



 部屋に一人残された俺。そのまま数秒時間が過ぎる。


 そして前方の隅から放たれる存在感。その気配を追うとそこには海賊の置物があった。


 黒い眼帯、黒いバンダナ、はち切れそうな筋肉に引き伸ばされた黒いタンクトップと黒パン。そんな海賊風の置物からふと息遣いを感じた。


 俺が乾いた喉を鳴らして見つめる中、視線の先の海賊の置物はゆっくりと動き始める。まるで鈍った体をほぐすように肩を回したり、首を左右に何度も傾けたり。そして大きく息を吐くと、こっちに向かってニヤリと笑う。口元に2本欠けた前歯が見えた。



 置物かと思ってたらAIだったらしい。しかもこれ、見た感じSP的な役割の奴じゃ…。


「そんなに心配しなくても大丈夫だぞ。別に追い出したりしないからな」


 動揺する俺の心をさも見透かしたように話してくるマッチョな海賊風SP。


「俺はレイスってんだ。いやあ、これまで…4023人も話を聞いてきたんだが、一度も俺の出番が来なくてな。ちょっといじけてたんだ。俺なんて必要じゃないんだ、もう引っ込んじゃおうかなってな。でもお前さんがなかなか粋なことやってくれたおかげでやっと出番が来たってわけだ」


 レイスと名乗った海賊マッチョはそう言うと再び欠けた前歯を見せて笑う。


「お前さんは実にいい。属性全部手に入れるためなら暴言、カスハラ、何でもやる。俺は嫌いじゃないぜ、そういうギリギリを攻めていくやつ」


 ……いや、暴言…はあったかもしれんが、カスハラ? 俺、カスハラしたのか? どこでカスハラした? あ、暴言がカスハラなのか…


「はっは、お前さんはそれくらい『本気』ってことだもんな。そんな本気で強欲を満たそうとするお前さんにはこの俺こそが担当にふさわしい。だから俺に任せときな。強欲なお前さんにぴったりの種族と職業、ステータス、その他全部を《《本気で》》選んでやるぜ」


 そう言ってレイスと名乗る海賊マッチョは俺の目を見つめる。

 

 強面の男に見つめられるだけの時間が過ぎる。


 ん? ってか、今この海賊「自分が選んでやる」って言わんかったか? あ、でも面倒だしこの際なんでもいいか。


 俺が流れに身を委ねた丁度その時、目を大きく開いて口角を上げた海賊マッチョのレイスが先に口を開いた。


「ぐふふふ、お前の種族ほか諸々が決定したぞ。お前の《《お望み通り》》だ。じゃあさっさと行ってこい。スリル満点の世界にな」

「あ、ちなみにどんなキャラ…」


「いいから行ってこい!」

「え、もう行くの? え? ええ?」



 有無を言わさず、俺の目の前が白い靄に包まれていく。


 薄らぐ視界の隅で海賊マッチョのにやけた口元に妙にイラっとした。そこまで思って、俺の視界は暗転した。



❖❖❖❖レイスの部屋❖❖❖❖


あー良かった、俺の出番があって。

必要とされないとかマジで凹むもんな。

 

しっかしあの小僧、気が小さそうで肝が据わってるというかなんというか。

ただ、なーんか危なっかしいよな。


ま、じっくり見させてもらおうか。

今のところ、俺の唯一の担当だしな。


――――――――――――――

◇達成したこと◇

・あいさつで噛んでスルーされる。

・キャラ作成の説明を受ける

・パワハラ上司を思い出して思いっきりカスハラをする。

・海賊レイスを起動させる。

・海賊レイスに勝手にキャラ作成を終えられる。

・海賊レイスにイラっとする。


20251114 改稿

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― 新着の感想 ―
クソゲー^^
カスハラ?これで? うーん、このゲーム売れないわ。大国のネガキャン云々がなくても、あっさりサ終まっしぐらでしょう。 用意したレールの選択を強要し、遊びがないのは致命的。いわゆる「頭が固い」。 ここでの…
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