第19話 散財ストーリーは突然に
「万事屋さん、ちょっと閉店するのを待ってくれませんか?」
「待つって、どういうことですか?」
ログアウトして情報収取した後、再度万事屋に足を運ぶ。
「俺にも何かできることがないかと思って」
「そんな、今日初めてお会いした異人の方に、そこまで心配していただくのは申し訳ないです」
万事屋さんは驚く様子で顔の前で手を振る。
「もしかして、もう閉店を延ばすことができないのですか」
「いえ、そういう訳ではないのです。ただ、明日には王都に引っ越そうかと思っていたんです。王都でしたら異人の方々はいらしていないようですので。と言っても、王都に行ったからと言って、商売がうまくいくとも限りませんから。ここにもうしばらくいても実際あまり変わらないかもしれません」
「それでしたら何日か時間をください。それでもだめだった場合は王都でやってみるということでいかがですか?」
「ええ、数日程度でしたらこのまま店を開けていても問題はありませんが…」
「じゃあ、そういうことでよろしくお願いします。俺はこれから露店街を見てきますのでこれで失礼します」
どうなるかは全く予想がつかないんだけど、どうせまだ配達くらいしかすることもないし。折角話してくれたんだから最後までやってみようか。
教会ステラさんには明日報告するとして、時間も遅いけど今からは北地区の露店の様子を確認だな。
始まりの街はまだまだ活気に満ちていた。西地区から北地区にかけては店やギルドや領主館があり、プレイヤーとNPCの行き来が多いようだ。もちろん北地区へ行くほどプレイヤーの数は断然多くなる。俺はプレイヤーの視線に触れないように大通りを広場に向かい、そこから北地区へと移動するか。
通り過ぎた広場はプレイヤーの待合場所として使われているようで、かなり賑わっている。遅くまで仕事だった社会人がぞくぞくと初ログインしているのだろうか。俺も療養中じゃなければこの時間帯だな。まあ、療養中じゃなけりゃFGSやってないんだけど。
賑わいを横目に北へしばらく進めば、露店が並んでいるはずの大通り…
「ってマジか。なんだ、この人混み!」
俺の目の前には、まるで祭りの縁日かとでもいうような人、人、人。普通に歩いていても肩がぶつかりそうになる。片側3車線道路くらいの幅がある大通りが人であふれている。
そしてその大通りの両脇と中央にはずらりと並んだ露店の列。何店舗あるんだ、これ。20、いや30、40店舗はありそうなんだけど。
俺は意を決して人混みの中に入っていく。
別に人と話すわけじゃないからね。露店を見て回るだけだから。
そう「見るだけ」
この時の俺は甘くいていた。プレイヤーという存在を。
…
…
『約70万Gの散財』
俺を襲った一時間の悪夢の結果だ。
パンパンだったお財布から札束がきれいさっぱり消えたということだ。
その時間、一分一秒無駄視せずに商品を見せられ説明を垂れ流され金を払わせられ商品を押し付けられた。この祭りの縁日のような雰囲気と、言葉巧みなコミュお化け達に完膚なきまでに叩きのめされた結果だ。
でもこれはもうしょうがない。お祭りだと高いって分かってても買っちゃうもん、フランクフルトとか、かき氷とか、焼きそばとか。家で作ったら100円もかからないものになぜか500円くらいなら安いって思っちゃうもん。おもちゃとか食器とか後で絶対後悔するのに買っちゃうもん。
あと、なにより露店プレイヤーの鬼神のごときコミュ力よ。俺が他の店で買い物してる時から目を付けてたみたいで、店の前を通るとすぐに声がかかったもんね。目の前の客の対応しながら他の店で買い物してる俺のことを見てるとか意味が分からん。ほんと不思議なくらい自然に自分の店に取り込んできた。しかも俺がお隣で買っていた商品に関連した話題を振ってくるとか、もう恐るべき『プレイヤースキル』だ。
ちなみにプレイヤースキルっていうのは、ゲーム中の【スキル】じゃなくて、元からプレイヤー自身が身に付けている能力のことだ。今日、俺に衝動買いさせたやつら、きっとみんな営業職だ。じゃなけりゃ、ぜひ営業や販売をした方がいいと思います。
だから何が言いたいかというと、70万Gの散財は俺の意思の弱さのせいではないということ。これは不可抗力というやつだ。だから万事屋さんにこのことを報告する必要は決してないのである。っていうか絶対に言えないぞ。
ケツの毛までむしり取られた俺の視界の端には午後九時半を示す時計。医者から規則正しい生活をするように言われれている俺はそろそろログアウトの時間だ。
明日のログイン後に行動しやすいよう今日のうちに西地区の宿屋で部屋を借りておく。そして気は進まないが、買ったアイテムの確認だけはしておく方がいいだろう。ログインしてすぐにショックを受けたくはないからな。
西地区で宿屋を探すとマークスさんの武器屋の斜め前の宿屋で部屋が取れた。
部屋に入り恐る恐る購入品の確認をしていく。
≪バスターソード≫〈必要筋力20〉
≪釘バット≫〈必要筋力15〉
≪木の盾≫〈必要筋力5〉×4
≪癒しのローブ≫〈必要知力10〉×2
≪栗鼠皮のコート≫〈必要筋力5〉×3
≪一角兎のベスト≫〈必要筋力5〉×3
≪魔法のチュニック≫〈必要知力10〉×3
≪森狼のショルダーバック≫〈必要器用5〉
≪鎖帷子≫〈必要筋力8〉
≪リザードドッグのブーツ≫〈必要筋力5〉
≪魔力貝のネックレス≫〈必要知力10〉
≪簡易錬金セット≫
初心者用錬金設備
〈必要スキル【錬金】〉
≪簡易料理セット≫
初心者用料理設備
〈必要スキル【料理】〉
≪簡易鍛冶セット≫
初心者用料理設備
〈必要スキル【鍛冶】〉
≪魔好香≫
稀少な薬草を用いた魔物の群れを引き寄せるお香
わかってたさ。うん、わかってた。今の俺では何一つ装備できないし、使用もできない。オール1のステータスでモンスターの群れ引き寄せてどうするんだ。あん? で、おんなじものを何個も買わすんじゃねえ!買う方も買う方だけど!
結局、70万Gも散財して何ひとつ自分の強化に結び付かなかったな。
…
…
あ、意識が飛んでた。
まあ、終わったことは仕方がない。手元にアイテムはあるんだし、また配達でコツコツ稼げばいい。なんならまた珍しい薬草でも探してマジョリカさんに売ろう。そうそう、お金は使ってなんぼだ。
「と言っても、この目の前の使えないアイテムの山。どうするかな。マークスさん買い取ってくれたりするかな」
アイテムを見つめる俺は目の前のアイテムの一つに目が行く。
「この【リザードドッグのブーツ】が何気に格好いいんだよな」
目の前の黒光りしている革のブーツ。大人の魅力を引き立たせるこういうのって男心をくすぐるんだよな。
目の前の黒光りブーツと今、自分が履いている草の草鞋とを見比べる。
この差はいったいなんだ。なんか世界の闇を感じるな。
くそ、これどうにかして履けないかな。この際、上着やジャージは我慢する。でもさすがに草履からは一刻も早く卒業したい。必要筋力は…5かあ。もしかしたらこれって、もう少し軽くしたら俺でも履けるようになるんじゃね? 例えば、この踝から上の部分。この際なくてもいいよね。取っちゃうか? ジャージの裾を入れるわけにもいかんしな。
で、さらに足の甲の部分をV字に切り取っちゃえばもっと軽くなるよな。両端に穴をあけて、紐を通せばいいんじゃない? 紐付きビジネスシューズじゃん。お、いいねこれ。やってみるか。
時間を見ると午後十時前。身の回りのことは終わってるからもう少しだけ続けることは可能だ。
さて、じゃあ、この不必要な部分を切り取って… あ、てか、こんな分厚くて固い皮素材どうやって切るんだ?
試しに手で破るようにしてみるが筋力1では少しだけ皮が曲がる程度。部屋の中を見渡してみてもこれを切り取るために俺が使えるようなものはない。
うーん、どうしよ… あ、そういや万事屋さんになんかいろいろ売ってたな。生活必需品はあるって言ってたから丈夫なハサミとかも売ってるかも。この時間でも開いてるかな?
❖❖❖❖レイスの部屋❖❖❖❖
だああああ、小僧70万全部使ってんじゃねえか。やりやがったー!
…あれ? アナウンスがないな。
配信2日目までに1時間以内に50万G以上の買い物をしたら称号じゃなかったか?
いや、あれ? ちょっと?
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◇達成したこと◇
・北地区の露店街で約70万Gを散財する。
・大量の装備も仕様もできないアイテムを所持する。
・リザードドッグのブーツに男心が惹かれる。
◆ステータス◆
名前:スプラ
種族:小人族
職業:なし
属性:なし
Lv:1
HP:10
MP:10
筋力:1
耐久:1
敏捷:1
器用:1
知力:1
固有スキル:【マジ本気】
スキル:【正直】【薬の基本知識EX】【配達Lv3】【勤勉】【逃走NZ】【高潔】【依頼収集】
装備:なし
所持金:約1万G new!
◎進行中常設クエスト:
<薬屋マジョリカの薬草採取依頼>
〇進行中クエスト:
<クエスト:教会ステラの依頼>
●進行中特殊クエスト
<シークレットクエスト:万事屋の悩み事>




