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第108話 変わらないのは〇〇だけ

「何がどうなってんだよ」


 ポニーを退かしながら独りごちる。



「あ、もしかして、俺の記録までリセットされてる…とか?」


 その可能性を思いついた瞬間にものすごい寂しい気持ちに襲われる。なんか心にめちゃくちゃ大きな穴が空いてしまったような。



「いやいやいや、あ、そうだ、マーサさんならきっと覚えてくれてるはず」


 急いで大通りを戻って一角亭に向かう。装備リセットによって動きが遅くなっていることが道中の俺の心を焦らせてくる。



 必死に手足を動かしてようやく一角亭に到着した。店の中を覗くと席は結構空いている。まだ物資不足の影響が残ってるんだろうか。


「いらっしゃいませ、こちらのお席にどうぞ」



 いつもの店員さんが俺を普通の席に案内してくれた。


「お料理はこちらのメニューでご注文くださいね」


 それだけ言うと、店員さんはテーブルにメニューを置いて去っていく。俺がマーサさんのことを聞く隙もないほどにテキパキ動き回る店員さん。仕方がないのでメニューを開いて見てみる。



「所持金ゼロか」



 メニューに表示される無情な「0」の文字。対して一角亭のセット料理は3000Gを普通に超えてくる。しばらくメニュー見つめた俺はため息ひとつ。ため息は好きじゃないが、メニューの表示によって自分の満腹度が1/5以下にまで減ってしまっていることを知ってしまったら我慢できなかった。どうやら今度は飢餓状態で死に戻るらしい。



 頼みの綱だったマーサさんとも会えず、混乱する頭で一角亭を出る。すると相変わらずポニーが俺を待ち構える。お前、いい加減にしろよ。大人だって怒る時は怒るんだぞ。


 ポニーを手荒く退ける俺。動物に当たるのが最低だということはよくわかってるから余計に心が荒む。クソっ。



「あれ、あんたは異人さんかね」

「…」


 背後からの聞いたことある声に俺は動きを止める。聞いたことあるというか、聞かないように最大限の注意を払ってきたはずの声。しまった。これの存在を忘れていた。



「おや、違ったかね?」

「あ、いえ、異人ですけど」


「そうかい、最近めっきり多くなったからねえ。それに明後日にはまた大量の異人が来るそうじゃないか。王様からのお達しがあったって言っても急にどんどん人が増えちゃあ、この物資不足の中どの店も困っちまうだろうよ。もともとの住人の分もおろそかにできないからねえ。流石の一角亭も大変だろうねえ」


 そう言ってネヒルザ婆は一角亭の中を覗き込む。



 明後日に大量の異人? ああ、もう第二陣がログインしてくるのか。そっか、そうなんだな。俺は二陣にも追い抜かれていくということか。



「そういや、ここの女将はマーサっていうんだけどねえ。なかなかのやり手だっていう評判なんだよお。料理の腕もいいし宿屋の経営もうまいときた。さすがだねえ…。でもねえ、実はさ、あの女将にはいい年した息子がいるんだけどねえ、これがまたちょっと訳アリでねえ。あらヤダ、ここじゃ店の中に聞こえちゃうねえ」



 ネヒルザ婆が、「いっけね、ウフッ」って感じで笑っている。うん、ネヒルザ婆だけは変わってないんだな。何故かホッする俺がいる。変だな。



「ネヒルザさん、俺腹減ってるんですけど」


「おや、あたしの名前を知ってるとは。街の世話役してると名も広がるもんだねえ。そうかい、そうかい、それじゃあたしに任せときなよお」



ピンポーン

『<特殊クエスト:ネヒルザの誘い>が発生しました。このクエストは回避不可です。クエスト終了まで満腹度は減少しません』



 どうせすぐ死に戻るんだ。うまいもんをたらふく食っとこう。ま、ネヒルザ婆の胸糞悪い話は聞くつもりないけど。



 ネヒルザ婆が俺を連れてきたのはやっぱり蜥蜴の尻尾亭。前回と同じだ。そういやここの店員さんはどうなんだろう。やっぱり俺のこと忘れてるかな。


 席に着くとガンガン注文していくネヒルザ婆。これ、今思うと料理食べ終わるまで黙って話聞けよって意味だな、多分。


 そして運ばれてくる大量の料理。店員さんのウィンクとか特別な行動は全くない。

 


「でね、ここの店主ときたら、そりゃもう女の扱いが下手でねえ。それどころか女を前にしただけで口ごもっちまうんだよ」


「そういう庇護欲を掻き立てられる男が好きな人もいますよ。モグモグ」


 海坊主さんもそうだったし。



「…実はここの店員もね、女癖が悪くてねえ」


「それは外野がどうこう言えることじゃないっすよ。その人らのこと知らないんすから。モグモグ」


 その辺の話は俺には縁がなさ過ぎてさっぱりわからん。わからんのに勝手な事は言えん。



「…さっきの一角亭の女将の息子なんだけどね。未だに宿のひと部屋に働きもせずに住み込んでてね」


「働きたくても働けない人もいるんすよ。働けない苦しさってもんもあるんす。モグモグ」


 俺も自分がそうなるまで知らんかったけど。



「…ああそうそう、教会に美人のシスターがいるんだけどね。これがまた美人なのをいいことに男をたぶらかせて寄付を集めててね」


「男をたぶらかせてる訳じゃないっすよ。寄付が集まるのは人徳っす。それに美人には美人なりの悩みだってありますよ。モグモグ」


 ウェイブも悩んでたしな。見かけだけに釣られてくるヤツなんて信用ならんのだろう。勝手な幻想抱いて近づいてきてちょっと違ったらこんなはずじゃなかったとかたまったもんじゃないと思う。



「あー、美味しかった。ネヒルザさん、ゴチでした。じゃあ、これで」


「ちょっとお待ち」



 ネヒルザ婆の筋張った細い手が俺の腕をがっちりと掴み取る。相変わらずのすっげー力。これ、海坊主さんでも外せんだろうな。



「あんた、このあたしの話にことごとく意見するたあいい度胸じゃないか」



 しかし、そこへやってくる支払い伝票を持った店員さん。それを見たネヒルザ婆が俺の腕のロックを解除する。その瞬間をついて、俺はダッシュもどきのクソ遅い全力疾走で店を出る。さあ、どれだけ逃げていられるかな。



ドン


 店を出た俺は、出口の真ん前を塞いでいたポニーにぶつかって尻餅をつく。



「またお前かよ。頼むって、これから逃○中やるんだから」


 開始数秒で捕まっちゃったら見せ場をなくした芸人と一緒だろ、あんなの御免だっぞ。



『フンスフンス』


「え、乗れって?」


『フンスフンス』



 いや、いろいろおかしいだろ。なんでポニーの気持ちがわかるんだよ。それになんでコイツここまで俺に付きまとってくるんだ。で終いには乗れって。…はあ?



『フンスフンス』

『ゆらー!』


「うおっ」


 び、びっくりしたー。え? ネギ坊? ネギ坊じゃん。ネギ坊だよな?


 いきなりポニーのたてがみから飛び出してきた葉っぱのなくなったネギ坊。確かにネギ坊だ。



 いや、なんでネギ坊がポニーのたてがみから出てくるんだ?


『ゆらゆら?』

『驚いた?』じゃねーよ。説明しろ!


『ゆら!』

『とにかく乗れ?』って? …じゃあ、まあ乗るけども



 パッパカ パッパカ パッパカ



 ポニーに乗って逃げる小オヤジ君。逃げながらネギ坊に言われるままにステータス画面を開く。



 名前:スプラ

 種族:小人族

 星獣:(仮)ヒュペリオン[★☆☆☆☆☆]

 肩書:なし

 職業:なし

 属性:なし

 Lv:1

 HP:10

 MP:10

 筋力:1

 耐久:1

 敏捷:1

 器用:1

 知力:1

 装備:なし

 固有スキル:【マジ本気】

 スキル:なし

 所持金:なし

 従魔:ネギ坊[癒楽草]



 おお、ほとんど初期化されてるけど、ヒュペリオンとネギ坊だけは残ってる。マジかよ。え、じゃあ、ヒュペリオンは? …え、もしかしてこのポニー? いや確かに★減ってはいるけども。銀のユニコーンからポニー? いやいやイメチェンにも程があるだろ!


 まあ、確認はするけども。チョイっと。



 名前:(仮)ヒュペリオン

 種族:星獣[★☆☆☆☆☆]

 契約:小人族スプラ

 Lv:1

 HP:120/120

 MP:160/160

 筋力:12

 耐久:10

 敏捷:25

 器用:11

 知力:15


 固有スキル:■■■■ ■■■■

 スキル:【疾走Lv1】【足蹴Lv1】【噛み付きLv1】【運搬(極)】



【疾走Lv1】

 走る速さが増す。


【足蹴Lv1】

 真後ろの敵を蹴り上げる。打撃ダメージ。ノックバック効果。


【噛み付きLv1】

 前方の敵に噛み付く。刺突、斬撃効果。噛み付き続けることで継続ダメージ。


 

 …確かにヒュペリオンらしいスキルだな。一つ変なのがあるけど。でも、この名前の前の(仮)ってなんだ?



『フンスフンス』


「え、名前またつけるの?」


『フンスフンス』


「あ、別にこのまま決定でもいいのね。そっか」



 なんかまた名前を付けろと言われてしまった。このままでもいいと…ふーん。じゃあ。


 ステータス画面をチョイチョイ。



「よし、これからお前の名前はヒュペリオン改め『リオン』な」


 流石にポニーにヒュペリオンはないわ。痛すぎる。



『ヒヒーン』


 ひと嘶きしたリオンがぼんやりと光る。


 念の為ステータス画面を開くと。



 名前:リオン

 種族:星獣[★☆☆☆☆☆]

 契約:小人族スプラ

 Lv:1

 HP:120/120

 MP:160/160

 筋力:12

 …

 …


 よし、本契約完了。



「じゃ、これからよろしくな、リオン」


『フンスフンス♪』




「ちょおっと待ちな。やっと追いついたねえ」


 リオンと契約完了して喜んでたら前方の脇道からネヒルザ婆が現れる。その様子はまさに怒髪天を衝く。怒り狂った山姥やまんばが俺たちの前に立ち塞がった。



「くそ、薬屋すぐそこなのに」


 薬屋を目の前にして万事休す。



「さあ、このあたしをコケにしたんだ。この街全体を敵に回したと思いなっ」


 ネヒルザ婆が猛ダッシュで距離を詰めてくる。これ、明らかにリオンのスピード超えてるな。これはアカンわ。


 それでも方向を変えようとするリオン。リオンはまだあきらめてない様子。



『ヒヒーン』



 後を向いたリオン。しかし、リオンはそこから走り出すことはなく前かがみに。そしてそのまま後ろ脚で走り寄ってきたネヒルザ婆を蹴り上げる。これ、ヒュペリオンがエンペラーにやったやつだな。



 その【足蹴Lv1】を食らったネヒルザ婆、空中にその体が飛ばされ…ることなく、2歩3歩と後退して尻餅をつく。



『ヒヒーン』  パッパカ パッパカ



 そのまま尻餅をつくネヒルザ婆の横を走り抜け、俺たちは薬屋に逃げ込むことに成功した。



ピンポーン

『<クエスト:ネヒルザの誘い>が終了しました。クエスト内の行動により【逃走NZ】のスキルを習得しました』



ピンポーン

『固有スキル【マジ本気】の特殊初期状態からのスキル習得が確認されました。固有スキル【マジ本気】における効果解放条件を満たしました。固有スキル【マジ本気】の効果が解放されます』




「あー、まさか今回も逃げ切れるとはな」


 薬屋の床にヘタレ込む。ツンと鼻の奥に漂う混じり合ったハーブの香りがここが慣れ親しんだ薬屋だと実感させてくれる。



「リオンのおかげだな」

『フンス♪』


 リオンのフサフサのたてがみを撫でながら感謝を伝える。


『ゆら?』

「ああ、ネギ坊もな」


 捕まる覚悟はしてたけど、あの山姥姿を見たら絶対に捕まりたくなくなった。やっぱりアレはないわ。トラウマが増える。



「で、また【逃走NZ】か。今度はどこに俺を連れてくんだろな…。で、【マジ本気】の効果解放ってか」



 効果が解放された。って事はつまり、今まで効果が解放されてなかったということでもあり…


 覚悟はしていたがFGSをいろいろ経験した今となっては、またあの無理ゲーに戻されるとか流石に心が折れる。



「ネヒルザ婆とリオンのおかげってことか」


 リオンに掴まって立ち上がる。そして【マジ本気】の確認のためにステータス画面をチョイチョ…



「おや、こんなところで会うなんて奇遇だな」



 ん? え? この声… え? マジで?



「何をやってるんだ?」



 背後からかけられたこれまでと変わらないロールプレイの声。


 そのすっとぼけた声に俺は…


 ちょっとだけ緩みそうになった口元を引き締めて振り返った。






第一部 FGSの世界へようこそ 完


第二部 自由の空に に続く






長らくお読みいただきありがとうございました。

ご感想や応援をいただきました皆様には本当に感謝しております。

また、誤字報告もありがとうございました。


エピローグ3話続きます。


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