第106話 対エンペラー戦3
『森羅万象』
爺ちゃん羊が掲げる杖の先から薄緑の光が一気に周辺を覆っていく。ゴブリンたちもプレイヤーたちもエンペラーも。南の湖の森全体が超大型の薄緑ドームに包まれた。なんか新緑の森の中にいるみたいだ。
「さてさて、わしはここで見るとしようか。若人らよ、存分に働かれよ」
爺ちゃん羊はそう言って近くの岩にどっこいしょと腰掛ける。
「ほれ、何をしとる。不自然な力は消え去っておるぞ。さっさと働かんか」
爺ちゃん羊が杖で指す先にはゴブリン達とエンペラー。
「あ、ゴブリン達の光が消えてる」
「エンペラーの斧も火を吹いてないわよ」
え、マジか。…マジだな。ゴブリンのバフも消えて、あの黒い炎も出てないとなると…これはチャンス到来か?
「よし、皆さん、今です! 総攻撃!」
やばい、どさくさ紛れに言っちゃった。仕方ないよな? コミュ障でもこういうのには憧れがあるんだし。これくらいは許されるよな?
「よっしゃー、行くぞーみんなー!」
「ピエロ君から総攻撃の命が下ったぞー!」
「全部出しきるぞー!」
「行ったらー」
「うぉりゃー、加護ゲットじゃーい」
…なんか、すごい勢いでみんな突撃していったんだけど。え、俺の言葉で動いたんじゃないよな? 違うよな?
ドッカーン
パンパンパン
ガガガガガ
ガオーー
ポンポンポン
キエーーー
ダダンダダンダダン
派手派手なエフェクトがエンペラーを覆う。どうやら契約物を一斉使用しているみたいだ。
なんか…いいな、こういうの。みんなで一緒に取り組むって。あ、そうだ、俺も使っとこかな。
ストレージから白金貨を取り出す。
「白金貨使用!」
『契約物「白金貨」を使用します』
ブーン
『効果範囲外です』
なんじゃそりゃー!! …なんか、俺っていつもこうだよな。修学旅行の班行動でも一人だけ電車に乗り遅れたし。
いいよいいよ、こうやって皆が頑張ってるところを見てるくらいが性に合ってるし。
直角にへそを曲げながら皆の派手な攻撃を見続ける。漆黒の炎を出せなくなったエンペラーはそれでも大斧をブンブン振り回して攻撃を回避している。しかし、後ろにまで回り込んだプレイヤー達の全方向攻撃はジワジワとエンペラーのHPを削っていった。そして、残り1/3となった時。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
ジェネラルにも起きた凶暴化がエンペラーにも始まった。エンペラーのムキムキな筋肉から湯気が上がり始めると、その筋肉が今度は逆にしぼんでいく。数十秒の変身時間を終え、湯気の中から現れたのは、少し金色がかった黒い肉体を持つ細マッチョだった。
DAN
細マッチョエンペラーが地面を蹴ると分身が見える程のスピードでプレイヤー達の中を通り過ぎる。そして、数瞬遅れてポリゴンになっていくプレイヤー達。
『これはマズイね。逃げるよ』
白馬が俺を乗せて湖の上を走り、エンペラーから距離を取る。
後を振り返ると、細マッチョエンペラーによって吹き飛ばされたプレイヤー群が次々とポリゴンになっている。
そして見知った顔が何人かを守るためにエンペラーに突っ込んでポリゴンになった。
「あ、海坊主さん!」
それを見た後の4人も特攻してポリゴンになる。
「団員の皆も…」
凶暴化したエンペラーはもう手が付けられないほどに暴れまくっている。まだ1分も経っていないはずなのに、プレイヤーの数が目に見えて少なくなっているのが分かる。一撃で100人くらいやられてるかもしれない。
『どうする? 離脱する? できるけど』
湖の真ん中まで来て白馬が俺に聞いてくる。
そうだよな、確かにあれは無理だ。俺にはもうダーツも通常のが5本あるだけ。有用な薬草も使い果たしたし、ネギ坊も回復待ち。
プレイヤーのみんなは死に戻っても少しデスペナがあるだけ。でも、俺は違う。死に戻ったらすべてを失う。それに海坊主さんも団員の皆も死に戻ってしまった今、負け確のイベントにこれ以上参加する意味はない。
うん、ここで離脱しても誰も俺が一人で離脱したなんてわからないだろうし。そう、だったら…だったら…
なおのこと逃げられっかよ。
「白馬、戻ってくれ。俺も戦う」
『え、止めときなよ。あれは無理だから』
「じゃあ、ここで降りる」
俺は片足を上げて白馬を降り、湖に飛び込む。
はずが、白馬に襟首を咥えられて子猫状態に。
『ははは、そっか、そういうことか。ふふ、やっぱり君はママとの契約にふさわしいよ』
「なんだよ、放せって」
もがくちっこいピエロを白馬は放そうとしない。
『ママが仮初めであっても契約するなんて僕には耐えられなかったんだ。あのママがなんでこんな異人と同格の契約なんかするんだよって。でも、わかったよ。君は相応しい』
それだけ言うと白馬は俺を空中に放り投げてその背中に上手いこと乗せる。
『じゃ、行こうか。僕も最後まで付き合うよ』
白馬が湖の上を走り出す。そして、湖面を一度強く蹴ると、空中を駆け上がった。
「うおー、ちょっとたんま」
俺、高いとこダメなんだ。飛行機に乗って前輪が浮くのをみただけでお腹の下の方がゾワゾワして…。
俺の焦りなどお構い無しに空中を駆け上がる白馬。すぐ上にはエンペラーを見下ろすヒュペリオンの姿。
そこまで来ると白馬は地上で暴れ狂うエンペラーに向かって急降下を始める。
『ほら、よく狙って。コプリンエンペラーの弱点は…胸の宝石だ』
「胸の宝石?」
そんなもの全然気づかなかったが、【遠見】でよーく見たら真っ黒な胸板の中央に小さな真っ黒な石がはまっている。マジかよ、あんなもん気づけるかって。
「あ、でも俺普通のダーツしか持ってない」
『大丈夫、この急降下中に投げたら僕のスキルで属性が付くから。さあ、やって』
え、マジか。それすっごい便利なんだが? え、俺、契約すんならこの白馬がいいん…
「うわっ」
『ちょっと遅かったよ。もう一度上昇するから次は決めてくれよ。ただし急降下中は体勢維持効果がなくなるからチャンスは逃さないで』
あ、はいはい。余計なこと考えてんじゃないぞってことな。
俺はストレージからダーツ5本を取り出すと【遠見】を発動してエンペラーの胸元に【自動照準】で狙いをつける。
『じゃ、行くよ』
再び急降下に入る白馬。今度は始めから狙いをつける。そして、エンペラーの腕が下がってこっちに胸元を見せた瞬間。
「【狙撃】【狙撃】【狙撃】」
俺が狙撃したダーツは青白いエフェクトを纏ってエンペラーの胸の宝石に吸い込まれていく。
「GYAAAAAAAAA」
これまで聞いたことのない程の痛々しい叫びを背後に聞きながら再び上昇する白馬と俺。
『うん、流石僕の鎖を断ち切っただけのことはあるね。いい腕たったよ。あと一撃で1/5だ。一撃当てればママが仕上げをしてくれる。じゃ、行くよ。これで最後だ』
白馬が再び急降下を始める。
「それじゃ、【自動照準】っと」
エンペラーの胸元に照準を定める。よし、じゃあ【狙撃】…ん? ちょっと待て、なんかおかしい。エンペラー、胸元を無防備にし過ぎじゃね? さっきは極力胸元が見えないような動きをしてたような…あれ、斧持ってない…あ、ダメだこれ。
「白馬ストーーーップ!!」
俺の叫びに前脚で踏ん張り勢いを殺す白馬。
ブオン
勢いを緩めた俺たちの目と鼻の先を掠めていく大斧。あっぶねー、真っ二つにされるとこだった。エンペラー、宝石破壊覚悟で俺たち狙ってくるとかどんなAI積んてんだよ。
「おわっ」
なぜか急にバランスが崩れて白馬につかまる。
『ごめん、前脚やられちゃった』
見ると白馬の両前脚が赤く染まっている。そっか、さっき前脚で踏ん張った時に斧が掠めたんだな。
ゆっくりと地上に降りていく白馬。俺を地上に降ろすと、そのまま蹲ってしまった。
『ごめん、動けないから置いてっていいよ。惜しかったね。あと一撃だったのに』
白馬の背後にはしてやったり顔でこっちを見下ろす余裕のエンペラー。どうやら、ほぼ全てのプレイヤーは死に戻ったらしい。それに加え無限リポップ設定なのか、雑魚ゴブリン共もすでに隙間のないほど湧いている。そして全員が棍棒担いで準備万端だ。
「グギャグギャ」
「グギギ?」
「グギャグギャ」
ん? ゴブリン達がなにやら話し合っている。なんだ、どうやっていたぶるのかって相談か? 残念だが俺は一撃で死に戻るから楽しくないぞ。
『もう、逃げなよ。ほら、君、木の上を素早く移動できるでしょ?』
白馬が鼻先ですぐそこの森を指す。そうだな、【木登り】ならワンチャン逃げられるかもな。でもさ。
「お前を置いて行けっかよ」
なんちゃって。誰かそばにいたら絶対に言えないよな、こんなセリフ。
『…君ってやつは。わかった、機会があったらまた会おう。僕は君を待つとするよ』
ピンポーン
『クエスト〈眷属??の絆〉が発生しました。受けますか?』
ここでクエストか。どうせ死に戻ったらなくなるだけだけど。受けない理由はないよな。
ピンポーン
『クエスト〈眷属??の絆〉を受けました』
「グギギ!」
「グギャ!」
お、ゴブリン共の話し合いが終わったらしい。さあ、来い。残り2本のダーツで最初の2匹は道連れにしてやる。
「って、…はい?」
身構えた俺の目の前でゴブリン達がぞろぞろと移動を始める。なんか道を作ってるみたいだが…ああ、そういうことか。
ゴブリン共が移動して道を作った先には、ゴブリンエンペラーが醜悪な顔で笑っていた。
「GAHAHAHAHA」
笑いながら突っ込んでくるゴブリンエンペラー。その眉間に向かって残りのダーツを狙撃する。何の力も付与されていないダーツはエンペラーの眉間に弾かれて明後日の方向に飛んでいく。
さあ、もうやれることは全部やった。これで終わりだ。
ゴブリンエンペラーが俺の目の前に迫る。その発する空気の振動で俺のHPが削れていく。そっか、こんな攻撃判定があったのか。吹き飛ばされたプレイヤー達がことごとくポリゴンになっていったのはこれか。
あ、そういや、ウェイブ元気かな。また米粒つけて幸せそうに弁当食ってたりして。
なんか最後にウェイブの事が思い浮かぶとか…笑えるな。
俺は笑みを残しながら目を閉じる。
『居合抜刀術』
エンペラーの拳が大気を切り裂く轟音を立てているその刹那、低く静かな声が俺の心の底を貫いた。
目の前が急に明るくなる。目を開けると、俺とエンペラーの距離数mの真ん中に一枚の金貨、マジョリカさんから託された白金貨が浮かんでいた。
白金貨の弾け散るエフェクト。その肌を刺すような光がエンペラーの黒い顔を白く見せる。
そして光の中心にそれは現れた。
優に2mを超す長尺の日本刀を持った袴姿の武者
…の姿をしたオラウータン。
正座した静かな佇まいのままエンペラーの前に立ちはだかる。
『一閃』
いつの間にか長刀を抜き終わっていた武者オラウータン。
長い腕をたたみ静かにその長刀を鞘に収めた瞬間、目先の地面に亀裂が入り陥没する。まるで生きているかのように亀裂がエンペラーの真下を悠々と通過していく。
亀裂が通過した後の一瞬の静寂。そして砕け散るエンペラーの胸の宝石。数舜遅れてくの字にへし折られたエンペラーの体が木々を薙ぎ倒しながら遥か森の外まで吹き飛ばされていった。
衣紋を繕い終えた袴オラウータンが正座姿のまま上空を見上げる。そこには戦況をじっと見つめるヒュペリオン。オラウータンと視線が交わると僅かに頷いた様に見えた。そしてポリゴンになっていくオラウータン。最後に俺を見ると一度大きく頷いて消えていった。
❖❖❖❖レイスの部屋❖❖❖❖
…なにこのシーン。
え? 最終回? FGSこれで終わるの?
え? え?
――――――――――――――
◇達成したこと◇
・プレイヤー群に号令をかけてしまう。
・今回は逃げないことを選ぶ。
・白馬バフからのエンペラーの宝石三連狙撃。
・白馬に臭いセリフを吐く。
・受注:<眷属??の絆>
・最後にウェイブを思い出してほっこりする。
・白金貨効果発動。
◆ステータス◆
名前:スプラ
種族:小人族
星獣:(仮)星獣ヒュペリオン[★★★★★★]
肩書:マジョリカの愛弟子(EX)
職業:上級薬師
属性:なし
Lv:1
HP:10
MP:10
筋力:1
耐久:1(+3)
敏捷:1(+13)
器用:1
知力:1
装備:ただのネックレス
:なし ※
:仙蜘蛛の道下服【耐久:+3、耐性(斬撃・刺突・熱・冷気)】
:飛蛇の道下靴【敏捷+13】
:破れシルクハット
固有スキル:【マジ本気】
スキル:【正直】【薬の基本知識EX】【配達Lv10】【勤勉】【逃走NZ】【高潔】【依頼収集】【献身】【リサイクル武具】【採取Lv10】【採取者の勘】【精密採取Lv3】【調合Lv10】【匙加減】【投擲Lv10】【狙撃Lv2】【鍛冶Lv9】【調薬Lv10】【団粒構造Lv2】【農地管理Lv4】【農具知識EX】【料理Lv1】【広範囲収集】【遠見】【工作Lv1】【釣りLv1】【木登り】【よく見る】【自動照準】【下処理】【火加減】【創薬Lv4】【念和】【騎乗】
所持金:約1045万G
称号:【不断の開発者】【魁の息吹】【新緑の初友】【自然保護の魁】【農楽の祖】【肩で風を切る】【肩で疾風を巻き起こす】【秘密の仕事人】【秘密の解決者】【秘密の革新者】
従魔:ネギ坊[癒楽草]
◎進行中常設クエスト:
<薬屋マジョリカの薬草採取依頼>
〇進行中クエスト:
<眷属??の絆>new!
◆契約◆
名前:ネギ坊
種族:瘉楽草[★☆☆☆☆]
属性:植物
契約:スプラ(小人族)
Lv:1
HP:10
MP:10
筋力:1
耐久:1
敏捷:0
器用:1
知力:5
装備:【毒毒毒草】
:【爆炎草】
:【氷華草】
固有スキル:【超再生】【分蘖】
スキル:【劇物取扱】【爆発耐性】【寒気耐性】
《不動産》
畑(中規模)
農屋(EX)
≪雇用≫
エリゼ
ゼン
ミクリ




