消えてほしい
「やっぱり斎藤先生は、おばあさんに消されたのよ」
真由美は隣の席で、コソコソと話している二人の声を盗み聞きしていた。
小学五年生の真由美は、昼休みになると、いつも図書館にくる。教室にぽつんと一人でいるのがいやだからだ。
「ほんとうかなあ」
二人の女の子は隣のクラスの子だ。話したことはないけれど、顔は知っている。
「だって、急に学校に来なくなったもん。他の先生は、斎藤先生は急病でお休み、なんて言っているけれど、こんなに長いこと休むなんて、変。先生たち何か隠している感じがする」
「へえ~、そうかなあ。でも、斎藤先生がどうして消されるの? あんなに優しくて、いい先生だったのに」
「いい先生でも、嫌いって思う人はいるよ。美人だったし、ひがまれたのかも。ああ、そうだ、田口先生よ。イケメンの吉田先生を取り合ったのよ。田口先生は自分が負けるから、斎藤先生を消してほしいって、おばあさんに頼んだのよ」
「うん、うん、ありえそう」
二人の女の子はクスクス笑った。
笑い声を聞いて、すぐに年配の女の先生がやってきた。そして、
「あなたたち、おしゃべりをするなら外でしなさい」
と、二人に顔を近づけて、ささやき声で言った。
「はあ~い」
二人は口をとがらせて、席を立ち出て行った。
(斎藤先生もおばあさんに消されたんだ。やっぱりそうだったのか。これで、六人目。井上先生も、三組のあの子も、六年生のあの子とあの子も、それから・・・)
真由美は急にいなくなったと、うわさをされている人たちの人数をかぞえた。何人かはニュースになってテレビでも流れたし、その事について保護者会も開かれた。けれど、その後、消えた人が戻ったという話は、一度も聞いていない。
本当に人を消すおばあさんはいるのかもしれない。真由美は思った。
そのおばあさんのうわさはいろんなところから聞こえた。おばあさんはやまんばみたいに白い髪を振り乱した恐ろしい人だとか、小柄で優しそうな人だけど、笑うと口が耳まで裂けるとか、ガリガリの痩せていて、ギョロ目が光っているとか。怖そうなおばあさんの姿ばかりだ。
でも、それはうわさだけで、本当に見たという人はいないらしい。
だけど、おばあさんが住んでいるという家はちゃんとある。学校から近くの薄暗い路地を入ると、木がうっそうと生い茂ったところがあって、そこがおばあさんの家だという。
真由美は学校の帰り、家とは反対だけど見にいったことがある。
門扉も郵便受けもさび付いているし、奥の方に見える玄関の戸も歪んで半分壊れかけている。とても、人が住んでいるようには見えない気味の悪い家だ。
夜になんか行けば、もっと怖いんだろうなと思う。
だけど、おばあさんに人を消してほしいと頼むためには、夜中の十二時に行かなければならないという。自分の切った爪と、消えてほしい相手の持ち物(何でもいいらしい)を白い封筒にいれて、おばあさんの郵便受けに入れなければいけないのだ。
夜中の十二時に行かなきゃいけないなんて、怖いし、それに、相手の持ち物だけで、消してほしい相手がわかるなんて本当だろうかと思う。
消してくれるおばあさんが本当にいるのか信じがたいけれど、六人も人がいなくなったというのは事実だ。
本当に嫌いな相手を消してくれるおばあさんがいるのなら、消してもらいたい。あの憎らしい桃子を。
みんなから好かれていて、かわいくて、勉強もできて優しいなんて、一番ムカつく。おまけに、あたしが大好きな木村くんと仲がいいなんて、絶対に許せない。本当に消えてほしい。
桃子のことを考えるだけで腹が立ってくる。消えてほしい。いや、絶対に消してやる。
真由美はそう心に決めて席を立った。
真由美は自分の部屋を出て、電気の消えた薄暗い廊下を、音をたてないようにそっと歩いた。どの部屋からも明かりはもれていないし、静かだ。
お母さんと弟はいつも、十時には寝ている。毎晩遅くまで起きているお父さんは、たまにある出張で今夜はいない。だから、今夜がおばあさんのところに行く、チャンスだ。
真由美は肩にかけたポーチの中身を確かめた。白い封筒が入っている。中には自分の切った爪と、桃子から盗んだえんぴつが入っている。
玄関から外に出ると、風が少し冷たかった。こんな夜中に外に出るなんて、初めてだ。それも一人きりで。ドキドキする。怖いと思った。けれど、真由美は勇気をだして自転車にまたがった。十二時まであと十五分。おばあさんの家まで十分ぐらいかかる。もたもたしていられない。真由美は勢いよく、ペダルをこいだ。
月曜日、学校へ行くと桃子は休みだった。
真由美はドキリとした。まさか、もう消されたの?
金曜日の夜におばあさんの郵便受けに封筒を入れたばかりだ。
そんなに早く、消されるものだろうか。偶然に風邪かなにかで、休んだだけかもしれない。
しかし、その後、一週間たっても、桃子は学校にこなかった。
先生は
「体調が悪くてお休み」
と言うが、何だか様子がおかしい。
桃子の取り巻きの女の子が、家までお見舞いにいったけれど、会わせてもらえなかったらしい。
「家にはいないみたい」
「家出かな?」
「かわいいから、人さらいにさらわれた」
とか、最初はそんなふうにうわさをしていた。けれど、二週間が過ぎると、
「消されたんじゃない?」
「だれかが、おばあさんに頼んだのよ」
と、ささやかれるようになった。
消えたのはまちがいなさそうだ。真由美はほくそ笑んだ。
それから、しばらくして、席替えがあった。真由美は幸運なことに、木村くんの隣になった。
木村くんは桃子がいなくなって、ちょっと寂しそうに見える。
でも、そんなのは今だけのことで、その内桃子のことなんて忘れるだろう。
今は、恥ずかしくて木村くんと話しもできないけれど、いつか、仲良くなって木村くんと付き合いたい、と真由美は思っていた。
給食が済んで、お昼休みになった。
「あいつ、本当にどこにいったんだろうな」
木村くんに良太が話しかけている。
桃子のことだ。良太も桃子と仲がよかったから。
真由美は机の中を片付けるふりをして、二人の会話に耳を傾けた。
「本当になあ。家に行っても、お母さんはインターホンで『今はちょっと・・』って応えるだけで、いるのか、いないのかもわからないし」
「もしかして、本当にけされたのかなあ」
「そうかもしれない」
木村くんがため息まじりに言った。寂しそうで、かわいそうな木村くん。だけど、桃子はもう帰ってこないのよ。
フフフ、なんて楽しいんだろう。桃子の口から笑いがこぼれた。
二人の会話がぷっつりと途絶えたので、真由美は顔を上げた。二人がそろって、真由美を見ている。その目は明らかに怒っている目だった。
しまった、笑ったところを見られたのだ。
「お前が、消されればよかったのに」
木村くんはそう吐き捨てると、教室を出て行った。
真由美は茫然と、木村くんが出て行った扉を見つめていた。
何? どうして木村くんはあたしにそんなことを言うの? あたしが木村くんに何をしたっていうの? 何もしてないわ。あたしはただ、桃子を消しただけ。なのに、どうして木村くんにそんなことを、言われなきゃいけないのよ。ひどい。あたしは木村くんのことが好きなだけなのに。
真由美は木村くんの机を見た。せっかく隣同士になったのに・・・。
でも、もういい。わかったわ。あたしにそんなことを言うのなら、あんたも消してあげる。あんなひどいことをいうやつなんて、消えてほしい。あんただって、好きな子と同じ所へいけるんだから、うれしいでしょ。
真由美は落ち着きを取り戻して、深呼吸をした。
教室を見渡す。短い昼休みを、みんなそれぞれ自分のしたいことをして、過ごしている。だれも真由美のことなど気にする者はいない。
真由美は手を伸ばして、木村くんの机の中にあった消しゴムを取った。
今度、お父さんの出張はいつかしら。真由美は消しゴムをにぎってニヤリと笑った。
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