第93話 運が良いのか悪いのか
「次はお前を傀儡兵にしてやる……」
プリュトンは新たな傀儡兵を作り出そうとした。しかし、振り返ると誰もいない。
「あいつら逃げたな」
プリュトン親衛隊は、傀儡兵にされるのを恐れて、プリュトンに見つからないようにコッソリと逃げ出していた。
「自分でやるか……」
プリュトンには戻るという選択肢はない。助かるにはこの秘密の地下通路を抜けて、創世の魔女の庇護下に入るしかないと思っているからだ。
「こんなことになるのなら、創世の魔女にロベリアを殺してもらった方がよかったな」
ロベリアさえいなければプリュトンは、この戦さに勝利していただろう。プリュトンは激しく後悔をするが後の祭りである。
「俺は考えなしに傀儡兵を潜水させたわけではない。もう少しデータが欲しかったのだけれども仕方がない。今徴収できたデータで分析をするか」
プリュトンは思考を巡らせる。
「傀儡兵が潜水した時間は40秒ほどだ。しかし、その後、再び潜水して溺れたと推測される。傀儡兵が溺れた理由は……おそらく、通路に上がることが出来ずに、そのまま水路へ流されたと考えられる。傀儡兵は戦闘に特化した操り人形、機転のきいた動きはできないはずだ。だが、俺は違う。俺なら溺れることなく通路に上がることができるはずだ」
プリュトンは冷静に現状を分析する。
「傀儡兵の潜水時間は40秒、俺なら半分の時間で行けるだろう。後はどうやって水路から這い上がれば良いのだろうか。こちら側の水路から地下通路に這い上がるにはハシゴが用意されている。これは、水路へ降りるために用意されたハシゴだろう。それなら、水路を潜った先にもハシゴが用意されているはずだ。いくら戦闘以外は機転のきいた動きができないからといっても、ハシゴがあれば上ることはできるはずだ。なぜ?上れなかったのか?考えられる理由は…………」
プリュトンは再度思考を巡らせて答えを導き出す。
「灯がないのだろう。こちら側は魔法照明機が備えられている。しかし、水路を潜った反対側には、魔法照明機が設置されていないのだろう。水路を潜って抜け出すことができても、あたり一面が暗闇に包まれていたら、ハシゴなど見つけられるはずがない」
プリュトンは水路の攻略方法を思いつく。
「攻略方法がわかれば恐れることなど何ひとつない。これで無事に逃げることができるな。ガハハハハハ」
プリュトンは覚悟を決めて、水泳選手のような綺麗なフォームで水路へ飛び込んだ。そして、バサロ泳法で潜水した。もし、この世界にオリンピックがあれば、プリュトンは金メダルを獲得できるほどの腕前であった。
プリュトンは、傀儡兵が40秒かけた水路をわずか15秒で泳ぎ着く。
「真っ暗で何も見えないな。水路の流れは穏やかだが、これだけ真っ暗だと、どうして良いか分からずに泳ぎ疲れて、溺れ死ぬのは当然だな」
プリュトンは立ち泳ぎをしながら、冷静に状況を分析する。メダル級の水泳技術のあるプリュトンなら、数時間でも立ち泳ぎをし続けることは可能だ。
「闇魔法では、灯を灯すのは無理だ。しばらく目が慣れるまで待つとするか……」
プリュトンはハシゴを見つけて通路に上がる必要がある。しかし、暗闇の中でハシゴを探し出すのは難しい。手探りで探すことも可能かもしれないが、自分の居場所もわからずに無駄に体力を消費するのは危険だ。プリュトンは暗闇に目が慣れるまで、30分ほど立ち泳ぎをして待つことにした。すると次第に暗闇に目が慣れてきて、薄っすらだが辺りの様子が見えるようになった。
「俺の推察通りだな」
水面の白鳥のように優雅な立ち泳ぎをするプリュトンは、闇に目が慣れると鮮やかに水路を移動しながらハシゴを探す。すると、推察通りにハシゴを発見した。ハシゴを発見したプリュトンは、ハシゴを上って地下通路へ戻った。
「後はこの暗闇の通路を進むだけだな。こんなことならば、魔法照明灯を取りに戻るべきだったな」
ロベリアが救出されたことにより、プリュトンの企みは崩壊して、急遽、逃げることになってしまった。地下通路の存在はヘスリッヒから聞いていたので、逃げ道は確保できたが、魔法照明灯を取りに戻る時間はなかった。
「傀儡兵を使えば、罠の回避に役に立つのだが……」
水路を潜って辿り着いたのはプリュトンだけだ。もう、傀儡兵を使って下調べをする術はなくなった。
「そうか!ロベリアを救出したヤツは、この地下通路を使ってプッペンシュピール礼拝堂の地下へ向かったのか。それなら罠も全て解除されているはずだな。ガハハハハハハハ。俺は天に愛されているぜ」
プリュトンの高笑いが地下通路に響き渡る。
運が良いのか悪いのかは、自分自身が判断することだ。私たちが地下通路の罠を解除したので、プリュトンは罠にハマることはなくなった。しかし、私たちが地下通路を使用しなければ、プリュトンが勝利していたかもしれない。