第61話 ジャイアントベアー
「リーリエ、ナデナデは嬉しくないのか」
浮かない表情を浮かべていた私に兄は焦った様子で声をかける。
「そんなことはありません。お兄様のナデナデは心を癒してくれます。しかし、私は修練の森で最弱の魔獣にさえ苦戦する自分の弱さに悲観していたのです」
私は素直に自分の気持ちを述べた。
「みんな最初は苦戦するものだ」
「そうですよリーリエさん。モンプティラパンの動きはきちんと見えていましたし、二度目の攻撃で倒すことができたのは素晴らしいことです」
見習い騎士としてはそれなりの成果であったので、兄やローゼの言葉に嘘偽りは全くない。
「落ち込むことはないわ。私が優秀過ぎるのよ」
このメーヴェの言葉は決して嫌味で言ったわけではない。メーヴェは入学前に特級騎士となった天才騎士なので、メーヴェと張り合うことの方が自惚れかつ傲慢である。
「リーリエさんの動きには迷いがなく先を見越す力があると思います。悔しがっている時間はありません。次のモンプティラパンを退治しましょう」
「もちろんよ」
イーリスの言うことはもっともである。毎日修練の森に来ることは出来ないので落ち込んでいる時間などない。私は少しでもレベルを上げるために新たなモンプティラパンに戦いを挑んだ。
「リーリエさん、今日はこのくらいで修練を終わらせましょう」
私は3時間ほど修練に励み結果としては8体のモンプティラパンを退治した。
「そうね。たくさんの食材を手にすることができたのでノルマは達成したわね」
今日は料理研究部として食材を取りに修練の森に来ているので表向きの目的は達成した。
「メッサーさんたちももうじき戻ってくるでしょう」
メーヴェはモンプティラパンでは物足りないと言って、兄を引きずって修練の森の奥まで行っていた。しかし、メーヴェの本当の目的は兄と少しでも二人っきりになりたくて私たちの目の見えないところまで行ったに違いないだろう。私たちは兄たちが戻って来るのを岩に座って待つことにした。
「リーリエさん、あちらを見てください」
しばらくするとローゼが空を指さして声をかける。
「あれは……メーヴェね。一体何を急いでいるのかしら」
メーヴェはエアステップを多用して空を駆けるように飛んでいた。
「イーリスさん、緊急事態よ」
メーヴェが空中を駆けながら私たちのところへ戻って来たが兄の姿はない。
「メッサーさんのお姿がありませんが、何か不測の事態が起きたのでしょうか」
イーリスは焦る気持ちを抑えて冷静に問う。
「メッサー様は問題ありません。しかし、試練の森で修練をしていた王国魔法士団の月華隊の方々が命からがら修練の森へ逃げてきたのです。負傷者も多く命の危険性がありますので、至急に救護をお願いします。場所は修練の大樹の付近です」
※ 王国魔法士団には4つの隊が存在する。
メーヴェはそのことを告げると地面に倒れ込む。おそらくメーヴェは緊急の知らせを伝えるためにエアステップを多用し続けたために魔力が尽きて倒れたのであろう。
「リーリエさん、メーヴェさんをお任せします。ローゼさんは私と一緒にメッサーさんのところへ向かいましょう」
今の私にできることは魔力が尽きて倒れているメーヴェを介抱することだ。手元には魔力回復のポーションはあるが、ゲームのように一気に魔力が回復するような便利な品物ではなく、徐々に回復するので30分程度はかかるだろう。一刻を争う事態なのでイーリスは私にメーヴェを託したのである。
「わかったわ。後はお任せします」
思った通りにゲームと似たような展開が訪れる。これはローゼのイベントになるので任せて問題はないだろう。何度も修練の森を訪れているイーリスが場所は把握しているので、2人は急いで修練の大樹に向かった。
10分後、メーヴェは目を覚ます。
「イーリスさんとローゼは?」
メーヴェの第一声は2人が助けに向かったのを確かめる問いであった。それほどまでに深刻な状況だったのであろう。
「すぐに助けに向かったから問題ないわ。それよりもメーヴェ、体は大丈夫」
ゲームでは魔力すなわちMPが尽きても魔法が使えないだけで何も問題はない。しかしリアルでは違う。魔力が尽きると意識を失い最悪死に至ることもある。
「私は問題ないわ。でも月華隊の魔法士たちはかなりの重症なの。無事に間に合ってくれることを祈るしかないわ」
試練の森の主であるジャイアントベアーの特殊攻撃を受けるとHPが徐々に削られるデバフ効果を付与される。ただでさえ試練の森は終焉の魔女の魔力の残滓の影響でHPが削られるので非常に危険だ。ジャイアントベアーにデバフ効果を付与されるとジャイアントベアーを倒すか、光魔法で浄化しないとデバフ効果は消えない。ゲームと同じならジャイアントベアーに襲われた王国魔法士団は、ジャイアントべアーに付与されたデバフ効果の影響で治療がままならない状態へ陥り生死にかかわる危険性が迫っていたのであった。