第50話 ヘスリッヒの過去パート1
あれは20年前、ヘスリッヒは1人の女性を標的に定める。当時のヘスリッヒは王国魔法士団の団長であり、体系もスマートで高身長、さらに長髪の美男子であった。数多の女性と浮名を流す色男のヘスリッヒは、富と名誉そして女性、望んだものは全てを手にしていた。
全てを手にしたヘスリッヒだが、欲望が満たされる事は無く、さらなる欲を求める欲望モンスターとなっていた。そんな時に1人の女性と出会うことになる。その女性の名はロベリア、彼女は絶世の美女ではなく、素朴で健気な優しい女性であった。王国に住む美女と呼ばれる女性を全て手にしたヘスリッヒには、ロベリアは野に咲く名もなき花のように、目に留まる存在ではなかったが、ロベリアが庭園の中央に咲く美しいバラのように見える付加価値が付く。それは、第1王子レーヴェの彼女という付加価値であった。
フォルモーント王国の未来の国王の彼女、その肩書は絶世の美女より尊く美しいスパイスであった。ヘスリッヒは、欲しいものは全て手に入れた。もしも望むのならば、フォルモーント王国でさえ手にすることができたのかもしれない。しかし、ヘスリッヒは国王という重圧のある地位に興味が湧くことはなかった。その代わりにヘスリッヒが興味を示したのは、第1王子レーヴェの愛した女性を奪うことであった。誰もが目を奪われる甘いマスクを持ち、誰もが望む富を気付き上げたヘスリッヒになびかない人間はいない。そのように自負していたヘスリッヒは大胆かつ傲慢に作戦を決行する。
ヘスリッヒは、レーヴェ王子とのお忍びでのデートを終えたロベリアを襲うことにした。作戦は簡単だ。レーヴェ王子からロベリアを自宅まで警護するように命令された衛兵に賄賂を渡して、ロベリアを人気の少ない裏路地へ誘導して、1人にさせるのであった。ヘスリッヒの作戦は成功する。ロベリアは気付くと1人で裏路地を歩くこととなる。
「すみません。少しよろしいでしょうか」
ヘスリッヒはロベリアに声をかける。ロベリアはゆっくりと振り返り俯きながら返事をする。
「私に御用でしょうか」
「私は王国魔法士団の団長のヘスリッヒと申します。よろしければ私と一緒にカフェ【フルーフ】にいきませんか」
ヘスリッヒは自慢の肩書を名乗り、悪意が隠された偽物の笑みを浮かべる。
その当時、王都の片隅にあるカフェ【フルーフ】は、男女がお茶をすると恋が成就するとの噂がある有名なカフェであった。カフェ【フルーフ】に女性を誘うということは告白と同意語になる。
「お誘い感謝致します。しかし、私には愛する殿方がいます。申し訳ありませんがお断りさせて頂きます」
ロベリアはきっぱりと誘いを断る。
「そうですか……それは残念です。でも、私の真剣な目を見てください。そうすれば少しは考えが変わるかもしれません」
ヘスリッヒは傲慢にロベリアを口説く。甘いマスクと紳士な態度で女性を口説くのがヘスリッヒの方法ではない。ヘスリッヒにはある秘策があるのだ。
「申し訳ございません。私の瞳にはあなたは映らないのです」
ロベリアは俯いたままヘスリッヒの方へ視線を向けない。
「貴女は間違っています。きちんと、私の目を見てください。そうすれば、真実の愛に気付くでしょう」
ヘスリッヒ・プッペンシュピール は若干20歳で、王国魔法士団の団長に上り詰めた稀代の天才魔法士と呼ばれていた。しかし、天才魔法士と呼ばれるヘスリッヒが大魔法を使っている姿を見たモノは誰も居ない。
「ごめんなさい」
「だまれ、おとなしく俺の目を見ろ」
ヘスリッヒは本性を現す。強引にロベリアの体を掴み自分の顔をロベリアの顔に近づける。
「どうだ、俺のことが好きになっただろ」
「……私の瞳にはあなたは映らないのです」
「どうしてだ……なぜ、俺の魅了が通用しない」
ヘスリッヒは水属性が属性突破した魅了属性である。ヘスリッヒの瞳には相手に好意を持たせる軽度の魅惑の効果を宿している。しかし、軽度な魅惑効果だがヘスリッヒの甘いマスクと狡猾な話術によって魅惑の効果がマシマシになる。ロベリアに魅惑の効果がなかったのは、ヘスリッヒが好みのタイプではなかったとか横暴な話術になったとかでもない。実はロベリアは視力を失っていたからである。
「あなたは魅了の力を持っていたのですね。残念ですが目の不自由な私には通用しないと思います」
「お前……目が見えていないのか」
「完全に見えないわけではありませんが、あなたの顔を認識することはできません。魅了眼のスキルは、相手に認識させないと効果がないと聞いたことがあります」
ロベリアは人が目の前にいる程度の認識はできるが、顔の細部までは認識できない。
「……お前は俺の秘密を知ってしまった。俺のおもちゃにできないのなら死んでもらうぞ」
目の不自由なロベリアには戦う術はない。魅惑の魔法しか使えないヘスリッヒでも簡単に殺すことは可能だ。
「ヘスリッヒ団長、こんなところで何をしている」
1人の男性がヘスリッヒに声をかける。
「……」
ヘスリッヒは横暴な口を閉じる。
「その声はレーヴェ様でしょうか」
「そうだ。お前に危険が迫っていると連絡があったのだ」
2人の前に現れたのはレーヴェ王子であった。