第37話 ドナー再び
「どうしてお前がここに居るブヒ」
シュバインは驚きのあまりに尻もちをついた。
「ローゼ嬢に助けてもらったのだ」
マルスの瞳はキラキラと輝いていた。それはシュバインに対して恨みなど抱いていないからである。
「ど……どうしてブヒ。お前は傀儡の香を吸引して俺のおもちゃになったブヒ」
「そうだな。でも、またローゼ嬢に救ってもらったようだ」
マルスは涼しげな顔で嬉しそうに話す。
「ブヒ!ブヒ!ブヒ!また偽聖女が俺様の邪魔をしたブヒ」
シュバインは細い目を大きく開いてローゼを睨みつける。
「シュバイン……お前も可哀そうな男だな。俺はローゼ嬢と出会えたことで失った時間を取り戻す機会を貰えた気がする。俺は【鑑定の儀】の結果で全てを失ったと思い込み、お前の誘いに乗って様々な悪事に手を染めてしまった。だが、俺はお前を恨んでなどいない。方法は間違っていたが、絶望のどん底に突き落とされた俺の心を救ってくれたと感謝している。だからこそ、俺は最後にお前への感謝の思いと今まで犯した悪事のけじめとしてお前の策略に抵抗することなく受け入れたのだ」
「お前は……おもちゃにされることを知っていたブヒ」
「もちろんだ」
「ブヒブヒ、ブヒブヒ、お前はバカブヒ。本当に感謝しているのならば、この場でそこの偽聖女を殺すブヒ」
マルスの思いはシュバインには届かない。むしろ火に油を注ぐようなものであった。
「シュバイン……残念ながらそれはできない」
マルスはシュバインを憐れむような悲しい瞳で見る。
「お前は役立たずブヒィ~~~」
シュバインは醜い顔をさらに歪ませて大声で叫ぶ。
「役に立てなくて申し訳ない」
マルスはシュバインとの最後のケジメを付けるため左膝を付いて頭を下げた。
「頭を下げても許さないブヒィ~。役立たずのお前なんて2度と生徒会室の敷居を跨がせないブヒ。お前はクビだブヒ」
怒りが収まらないシュバインはマルスを生徒会から除名した。しかし、これはマルスにとっては朗報でしかない。
「ありがとう、シュバイン」
マルスは簡単に生徒会から抜け出ることができて、喜びを隠せずに満面の笑みで感謝を述べた。
「シュバイン、次は俺の番だ。さぁ、活動報告書を受け取れ」
まだ地面にしりもちをついて座っているシュバインに対して兄は活動報告書を顔面に近づける。
「嫌だブヒ。俺様に楯突いたお前達の部活など廃部にするブヒィ~~~」
シュバインは目を閉じて活動報告書を見えないフリをする。
『ガチャ』
生徒会室の扉が開く。
「シュバイン様、高度な治癒魔法を使える魔法士を連れて来ました」
「シュバイン、ケガをしたようだな。俺が治癒してやろう」
ナルキッソスと一緒に生徒会室へ入って来たのはドナーであった。
「ブヒィィィ~~~~~。どうしてドナーがいるブヒ」
ドナーの姿を見たシュバインは尻もちをついたまま背中から倒れて頭を床に強打する。
「ブヒィィィィ~~~~」
シュバインは自滅して悲鳴をあげながら意識を失った。
「シュバインは意識を失って生徒会の業務ができなくなったようだ。こういう時は規則にのっとり副生徒会長のナルキッソス、お前が代わりに活動報告書を受け取らなければならないはずだ」
ドナーはナルキッソスを睨みつけて業務の遂行を促す。
「私はシュバイン様の命令なしでは動けません。そんなことよりもシュバイン様の治療をしてください」
ナルキッソスはシュバインの容態が気になり顔をくしゃくしゃにしながらドナーに懇願する。
「約束通りに治療をするかわりに、活動報告書を受け取ってサインをしろ」
ドナーは再度促す。
「……わかりました」
ナルキッソスは一瞬戸惑いを見せるが、シュバインの治療を優先するために活動報告書を受け取りサインをした。
「お願いします。早くシュバイン様を治療してください」
ナルキッソスは涙を流しながら懇願する。シュバインは頬にかすり傷を負い、頭を強打して一時的に気を失っているだけである。しばらく安静にしていると目を覚ますことは誰の目から見ても明らかなはずだが、ナルキッソスはこの世の終わりがきたかのような絶望的な顔をして心配している。ゲームではシュバインとナルキッソスの関係は、権力を持つシュバインの腰巾着であったが、今のナルキッソスを見ているとただならぬ深い絆を感じてしまう。
「安心しろ、約束はきちんと守る」
ドナーはシュバインに近寄り治癒魔法を施すと、シュバインの頬のかすり傷は消えて意識を取り戻した。
「ブヒィ~~~~」
シュバインは気持ち悪い声をあげて目を覚ます。
「シュバイン様、大丈夫ですか?ドナーに命じて治癒魔法を施しました」
シュバインが意識を取り戻した姿を見たナルキッソスは極上の笑みを浮かべて歓喜する、
「ブヒィ~~~。俺様に手を出したヤツ誰ブヒ!即刻死刑にするブヒ」
「お前らぁ~。シュバイン様になんてことをしてくれたんだ!」
シュバインが元気を取り戻した途端にナルキッソスはいつもの腰巾着ぷりを発揮する。
「シュバイン、ナルキッソスが活動報告書を受理したぞ。これ以上料理研究部に関わるな」
「……なぜ、ドナーがいるブヒ」
シュバインは意識を失った時に直前の記憶を失っていた。ドナーを見たシュバインは、先ほどと同様に驚いて倒れそうになるが、機転をきかせたナルキッソスがシュバインを受け止めて倒れるのを防いだ。
「今後一切料理研究部に関わるな」
「……ブヒ」
弱みを握られているシュバインは聞こえないほどの小さい声で返事した。
「ドナー、ありがとう」
兄はドナーにお礼を言う。
「今後またシュバインが絡んでくるようなら俺に相談してくれ」
「わかった。頼らせてもらうぜ」
兄はドナーに一礼して感謝の意を見せた。また私たちはドナーによってシュバインの横暴から救われた。私たちもドナーにお礼をして生徒会室を去った。