第36話 シュバインはケガをする
「シュバイン様、傀儡水晶をお持ちしました」
ナルキッソスは拳ほどの大きさの濃紫色の水晶をシュバインに渡す。
「ブヒブヒ、これを使ってアイツらを殺してやるブヒ」
シュバインは埃が舞うほどの荒い鼻息を出しながらニタニタと笑う。
「シュバイン様、この水晶は何に使用するのでしょうか」
「これはヘスリッヒ様に頂いた闇の魔法具ブヒ。あらかじめ傀儡の香を体内に吸収させた被検体を傀儡水晶を使って自由に操ることができるブヒ」
「それは誠に凄いでございます。裏切り者のマルスに傀儡の香を嗅がせて自我を失わせたのはこの為だったのですね」
「そうだブヒ。俺様に逆らって料理研究部に手を出すなと命令したマルスは俺のおもちゃにするブヒ」
マルスは料理研究部の部室を去った後、生徒会室へ戻りシュバインに対して料理研究部に手を出さないように嘆願していた。シュバインは料理研究部に手を出さない代わりに地下室で実験を手伝うことを命じた。マルスはシュバインに従い地下室に降りたところで、傀儡の香を吸引させられて意識を失って拘束され袋叩きの刑に処された。もちろん、シュバインはマルスとの約束を守るつもりなどなかった。
「それは素晴らしい作戦です。もう時期アイツらが生徒会室に到着するはずです。私をバカにしたアイツらを皆殺しにしてください」
「やってやるブヒ」
シュバインは傀儡水晶に醜い顔を近づける。
「マルス、俺の言う事を聞くブヒ!今、生徒会館の1階に料理研究部の部員たちが来たブヒ。俺様に楯突く愚か者たちへ正義の鉄槌を喰らわすブヒブヒ」
シュバインは傀儡水晶に命令を出す。傀儡水晶を通して命令を下されたマルスは、闇の魔法の影響を受けて肉体と魔力が限界まで強化されるはずだった。しかし、運悪く闇魔法を無効化できる光魔法を使うローゼがマルスのすぐ側に居た。
『パリン』
シュバインが傀儡水晶に命令を出すと同時に傀儡水晶にヒビが入って割れてしまった。
「ブヒィィィィ~」
割れた傀儡水晶の破片がシュバインの頬にかすって一滴の血が滴り落ちる。頬に軽い擦り傷ができて、ビックリしたシュバインは椅子から転げ落ちて悲鳴を上げた。
「ブヒィィィ~ブヒィィ~」
シュバインはかすり傷を負った頬を両手で抑えて、まるで大けが負ったかのようにもだえ苦しむ。
「シュバイン様、大丈夫でしょうか!すぐに保健室で治癒魔法をしてもらいましょう」
「無理ブヒ。痛くて動けないブヒ」
シュバインは顔を真っ青にして今にも死にそうな表情でナルキッソスに訴える。
「シュ……シュバイン様、わ……わ……私はどうすればよいのでしょうか?」
ナルキッソスはシュバインの大げさな素振りを疑うことなく真に受けて激しく動揺している。
「すぐに保健室へ行って治癒魔法が使える先生を連れて来いブヒ!今すぐにブヒィィィ~!」
シュバインはこの世の終わりが訪れたような表情をしながら大声で叫ぶ。
「わ……わかりました」
ナルキッソスは急いで保健室へ向かった。
「ブヒィィ~ブヒィィ~」
生徒会室に1人残されたシュバインは床を這いながら涙を流しながら悶えていた。
それから10分後。
『ガチャ』
生徒会室の扉が開く。
「痛いブヒィ~。早く手当をするブヒ」
シュバインは扉に向かって大声で助けを求める。
「……」
しかし、返事は返ってこない。
「早く助けるブヒィィ~」
シュバインは再び扉の方を見て助けを求める。
「……お前達、どうしてここに居るブヒィ~」
シュバインが目にしたのはナルキッソスの姿でなく兄の姿であった。
「シュバイン……何をしているのだ」
ローゼが光魔法でマルスを助けた後、私たちは生徒会室に乗り込んだ。しかし、扉を開けると床にシュバインが寝転がっていて唖然とした。
「大けがを負ったブヒ。今すぐに俺を助けろブヒ」
シュバインは治療が先だと判断した。
「……?シュバイン、どこを治療すれば良いのだ」
兄は目を凝らしてシュバインの姿を見るが、どこもケガをしているようには見えない。
「お前の目は節穴ブヒ。俺様の頬を見るブヒ」
シュバインは体をひねって自分の頬を見せる。すると、頬のかすり傷の血は止まり小さなカサブタができていた。
「頬に小さなカサブタがあるようだな。で?それがどうしたのだ」
兄の言葉を聞いてシュバインは恐る恐る自分の頬をさする。
「……もう治っているブヒィィィ~」
シュバインは生気を取り戻したかの如く血相が良くなり元気を取り戻して立ち上がる。
「お前達、どうしてここに居るブヒィ~」
シュバインは気を取り直して、最初に発した言葉を再度繰り返す。
「活動報告書を持ってきただけだ」
兄はめんどくさそうに言う。
「おかしいブヒ。俺の傀儡となったマルス……いや、リューゲがお前達をボコボコにしているはずブヒ」
「シュバイン、残念だったな。お前の思惑はご破算だ」
シュバインの前にローゼの光魔法で元の綺麗な顔をしたマルスが姿を見せた。
「ブヒィィィ~」
マルスの姿をみたシュバインは幽霊をみたかのように顔を真っ青にしてブタの雄たけびをあげた。