第34話 二つの選択肢
「シュバイン様、魔法板を見てください」
血相を変えたナルキッソスが声を張り上げる。
魔法板とは前世の記憶で例えるならばモニターである。教室棟別館には約10個の魔法眼(監視カメラ)が設置されており、3個の魔法板を操作して教室棟別館を監視することができる。
「どうしたブヒ。魅惑の香の効果でアイツらが乱痴気騒ぎでも起こしたブヒ。お前も参加したいのなら行くブヒヒヒヒヒヒ」
シュバインは醜い笑みを浮かべる。
「違うのです、シュバイン様。ローゼが怪しげな魔法を使って魅惑の香を消し去ってしまったのです。それに、1人も魅惑の香の効果を発揮せずにこちらへ向かって来ています」
「そんなことはないブヒ。あの魅惑の香は偉大なる魔法士ヘスリッヒ様が作った特殊な魔法具ブヒ。効果は通常の魅惑の香の10倍ブヒ。その魅惑の香を30個も配備したブヒ」
「本当なのです。魔法板を見れば一目瞭然です」
「わかったブヒ」
シュバインは動くのが面倒くさそうに、ゆりかごのような椅子をゆっくりと揺らしながら降りて、亀のようなスピードで魔法板を覗き込む。
「魅惑の香の靄がないブヒ。俺は不良品をつかまされたブヒ」
シュバインは大きな鼻息を荒げながら怒る。
「違います、シュバイン様。さきほどまでは魅惑の香の靄はありました。それはシュバイン様も確認したはずです。これはローゼの魔法によって浄化されたと判断しても良いと思います」
「そんなことはないブヒ。あの特殊な魅惑の香は光魔法もどきでも効果を無効できないブヒ」
シュバインは垂れた細い目を吊り上げて言い放つ。
「ローゼは仮聖女でございます」
「……」
シュバインは思考が停止したように言葉を失う。
「どうしましょう、シュバイン様」
「ブヒブヒ、ブヒブヒ、ブヒブヒ」
シュバインは臭い息を放ちながらとある指示をナルキッソスに命じた。
「よし、魅惑の香は全て消え去ったみたいだ。このまま生徒会室へ向かうぞ」
兄は威勢よく声をあげて、2階へ通じるらせん階段に向かおうとする。
「お兄様、ちょっと待ってください」
私は何か違和感を感じて兄を止める。
「どうしたのだ、リーリエ」
兄は先へ進むのを辞めて立ち止まる。
「ローゼ、あのシュバインの肖像画を見てちょうだい」
「え!リーリエさん、どこにシュバインさんの肖像画があるのでしょうか」
1階フロアー奥に飾られている特大の肖像画がシュバインであることに気付く者はいない。それは以前にも紹介したが肖像画の人物は細身の端正な顔立ちのイケメン男子だからである。
「ローゼ、ごめんね。私の言い方が間違っていたわ。奥にあるおおきな肖像画を見て欲しいの。何か違和感を感じないかしら」
私が感じた違和感とはフロアー奥に飾っているシュバインの肖像画が以前に来た時よりもきれいになっていたことである。綺麗に清掃したというよりも新しい肖像画に入れ替わったと表現した方が正しいのかもしれない。デバフ・バフを無効化するスキルを持つローゼが肖像画を見れば、何か仕組まれているか気付くと思ったのである。
「わかりました」
ローゼはその場から奥にある肖像画をじっくりと見る。
「特に違和感はありません」
私の取り越し苦労であった。
「でも、リーリエさん。何か下の方から声が聞こえたかもしれません」
ローゼは意識を集中して肖像画を見たことで微かな声を聞きとることができた。私はローゼの指摘であることを思い出す。ゲームで私の仲間が無理やりシュバイン主催の怪しげなパーティーに参加させられたイベントのことである。仲間のシェーンがシュバインの部下に連れて行かれたとメーヴェから連絡があり、すぐに教室棟別館に向かうが扉の前にはナルキッソスが門番のように立ちはだかり中へ入らせてもらえなかった。私は力ずくで中へ入ろうとした時に、シュバインが扉を開いて私にこう述べる。
「部下から話は聞いたブヒ。お前の仲間などこの神聖な生徒会館に来ていないブヒ。どうしても探したいと言うならば条件を出すブヒ。もしもお前の仲間が見つからなかったのならお前の隣にいる可愛い2人の女をハーレム部に入部させるブヒ」
私のハーレムパーティーのメンバーであるメーヴェとハイレンを差し出せと要求したのである。私が意見を言う前に2人はその条件を飲んでしまい、絶体絶命の極地に立たされることとなる。私たちは必死に1階のホール内を隈なく探したがシェーンは見つからず、シュバインはゲスい笑みを浮かべてブヒブヒと喜んでいた。ゲームの仕様として2階へ行くことができなかったので、必ず1階にヒントがあると考えて、ゲームでよくある隠し部屋が存在するか探すことにした。案の定、私の考えは当たり地下へ通じる隠し階段を見つけて、無事にシェーンを救い出したのであった。
今回は活動報告書を提出しに来ただけなので地下室は関係ないと思っていた。しかし、ローゼは下から声がすると言っている。このまま見過ごして生徒会室へ進むべきか地下室へ進むべきか私は選択肢を迫られることとなった。