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追放された心の魔法薬師は傷心の勇者を癒したい  作者: 阿佐夜つ希


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29 勇者と手を携えて

 訪れるのは二度目となる、魔王城の最上階。

 ルエリアの隣で、ギルヴェクスが強い眼差しで前方を見据える。


「さあ、行こう」

「はい」


 ギルヴェクスが玉座の間に向かって歩き出す。長い廊下に足音が響く。


 ルエリアが、それに続こうとした瞬間。


 先ほど目の当たりにしたばかりの、血を吐きながら倒れゆく勇者の微笑みがありありと目に浮かんできた。


「……!」


 足がすくむ。

 ギルヴェクスは生きている。

 しかし人を殺すための魔法薬を作った。毒を飲ませた。勇者を殺した。

 奥歯を噛みしめて、強く首を振り、自身を奮い立たせようとする。


(立ち止まってる場合じゃない。せっかくギルヴェクス様が勇気を出して歩き出したのに)


 手を添えてそっと押してあげたかった背中が、次第に遠ざかっていく。


(私が怯んでる場合じゃない、早くついていかないと――!)




 床に縫い付けられたかのように動かない足を、どうにか持ち上げようとする。

 ルエリアがそうしてしばらく自分の体のままならなさに歯噛みしていると、ギルヴェクスが足を止め、まっすぐに戻ってきた。

 ルエリアの目の前で立ち止まる。


「ルエリア。君は以前、僕に『勇者だからって傷付いちゃいけない、落ち込んじゃいけないなんて、そんなことは決してない』と、そう言ってくれたね」

「……はい」

「君も、僕の方が落ち込んでるはずだからって、傷付いたり落ち込んだりしちゃいけないなんて、そんなことはないはずだ」

「……。……はい」


 勇者ギルヴェクスの優しさに、涙が浮かんでくる。大地を照らす太陽のような――。


「人を救うために魔法薬を作っている君が、記憶の世界の中とはいえ、僕を殺すための魔法薬を作るなんて、本当につらかったろう」

「……。……はい。つらかったです」

「そこまで君を追い詰める事態を引き起こしてしまって、本当にすまない」

「いえ。すみません、本当に大丈夫ですから……」


 反射的に、強がりが口を衝いて出る。

 ちゃんと大丈夫であるところを見せなくちゃ、と背筋を伸ばした瞬間。

 そっと手をすくい上げられた。

 予期しなかったぬくもりに、びくっと肩が跳ねる。

 重ねた手の上に、さらに手を重ねてくる。それを目にして初めて気づく。勇者ギルヴェクスの手はルエリアよりずっと大きく、長年剣を振るってきたせいか、ごつごつしていた。


「君を見ていると、自分がいかに自分の心と向き合わないようにしてきたかがわかる」


 広い手のひらに包まれた手に、体温が沁み込んでくる。

 そのぬくもりに、こわばった心が溶かされていく。

 ルエリアはギルヴェクスの顔を見上げると、苦笑いを浮かべてみせた。


「お互い、子供の頃につらいことがあったから、我慢するクセがついちゃってるのかも知れませんね」

「そうだな」

「ギルヴェクス様。私、もう大丈夫です。ギルヴェクス様に励ましてもらえて、だいぶ楽になりました。本当に、ありがとうございます」


 じっと目を覗き込まれる。探るような視線を向けられても、ルエリアは怯まなかった。本当に、立ち直れたのだから――。

 確かめるように、ぎゅっと手を握られる。

 大丈夫だからと、ルエリアは自分の方から手に力を込め直した。

 手をつないだまま一歩踏み出して、顔を振り向かせる。


「さあ、行きましょう、ギルヴェクス様。あなたのお仲間の元へ」

「……ああ。行こう、ルエリア」



 二回目の記憶の世界でも、ルエリアはまた魔王が倒れ込む轟音に震え上がってしまった。

 ギルヴェクスの握ってくる手の力強さに励まされて、廊下を進んでいく。


 ふたりで横並びになって、玉座の間に踏み込んだ。城の最上階のほとんどを占める広大な空間は、どこを見回してもひどく傷んでいた。

 部屋の一番奥、古びた玉座の前には倒されたばかりの巨大な魔王の死骸が転がっていた。

 魔族というものは、人に似た姿(すがた)(かたち)であっても何か防具をまとっているわけではない。どす黒い皮膚自体が、硬い鎧のようになっているのだった。金属のように硬いはずの魔族の体が、徐々に崩壊していく。


 すでに死んでいるとはいえ、今にも動き出しそうなほどの禍々しさを醸している。ルエリアは、その現実離れした大きさをした人型の異形を見て震え上がった。もしも自分が勇者の随伴者だったとして、これほどまでにおどろおどろしい魔王に睨み付けられたら、足がすくんで動けなくなっていたことだろう。


 不意に、ルエリアの手がぎゅっと握り締められる。つないだ手から、怯えが伝わってしまったらしい。


 目の前に広がる恐ろしい光景を見据えたまま、一度深呼吸して、成り行きを見守る。

 すると、ギルヴェクスの手がするりと離れていった。

 それと同時に、魔王の死骸の前から歩いてくる人たちの足音が聞こえてきた。

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