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虫のように

作者: 加藤とぐ郎

 口だけでは生きられない。舌が無きゃ喋られも、食えもしない。

 だというのに俺には遠くへ行くための、速く行くための足も無けりゃ、何かを受け止めたり、掴み取るための手も無い。

 頭と、親譲りの長く不恰好な胴と、先っぽが太く短い尻尾しか無い。

 昼も夜も、それをひねくらせながら、食い物と雌の残り香を探ってただ進んでいた。


 俺が生まれたのは人間の歴史が終わってしばらく経ってからだった。

 暮らすのに不便な事というのは、年々その影を潜めていった。

 何をするにも味気無いか、品が無いかの二通りだけ。それが俺の生まれ育ちだ。


 当然、味も品も無い俺が出来上がった。薬味を使っても、どんな料理人の腕に掛かろうと、とても食えた物ではない。それが俺の現在だ。


 口だけでは生きられない。生きるために必要な最低限のもの、生きたいと思う思いすら、この無駄に長い体のどこを探しても見つからなかった。

 今持っているこの命は、従って俺の物ではない。故に捨てることもできない。

 今それを持っている奴に何をされるのかもわからない。何をされているのかも感じないし、考えられもしない。

 とても気色が悪い。


 俺にはそれを取り返しに行くための足も、手も、気も、心も無い。

 本能という名の電気で動く、虫のような機械に成り下がった。

 俺は玩具にされてしまったのかもしれない。実験台にされてしまったのかもしれない。

 もはや、自分が何をしているのか知る脳も失った。


 だけどこの通り、俺には口が残っているようなのだ。今、話をしているように、考える頭と発する喉はあるようなのだ。

 この口だけで、じゃあ一体何をしてやるか、というのが問題なのだ。

 口だけでは生きられない。だが俺は生きていて、口を持っている。考えて、言って、考えて、言って、思いついた。


 俺はここで口を大きく開けて、顎を外して、そのまま裂けて、上と下とに分かれてやろう。醜い皮膚の下の、真っ赤な血をお天道様に晒して、魂の奥とか隅々まで浄めてもらおうと思いついたのだ。


 後は虫のように、同胞かその子孫が、俺の代わりをやってくれるだろう。

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