婚約破棄された事はもう気にしないけど、あの馬鹿王子を殴ってきていいですか
貴女を愛せないというよくあるパターンを使いたかった
まあ、よくあるテンプレ。
最近はやりと言えばはやりだけど、その話題を聞くたびに宰相と国王陛下が胃を痛めていたなと王太子妃教育の度に胃薬を差し入れしてきたから覚えている。
だけどさ。親の心子知らずとはよく言ったもので。
「マリーベル。お前との婚約を破棄する」
と未来の王である婚約者が人が多く集まっている会場で言うなんて馬鹿じゃないだろうか。まあ、言ったら王でも撤回できないと判断しての発言だろうけど。
しかも、そんな本来ならストッパーになるような側近を煙たがって遠ざけておべっか使う者しか残っていないし、先日までそれを担っていた護衛騎士のフリッツ様は先日から見なくなった。
婚約者だった王太子の傍には嬉しそうに腕を組んでいる少女。うん。記憶違いじゃなかったら聖女様だ。
何やっているんだろう。聖女様の所属している教会と王家や貴族が行っている政治は協力関係は許されるが交わってはいけないと言うのは習ったでしょう。
昔、政治献金を教会の寄付に回して国庫を空にした事件もあったし、教会と癒着して問題になった事件もあったからの決まりでしょうに。
「お前が、聖女リリアンヌに行った数々の悪事。暴言を知っているぞ!!」
悪事……? 暴言……?
それって、あれだろうか。人の婚約者である王太子にべたべたくっついているとか関係者以外立ち入り禁止な場所に聖女だからという謎の言葉で侵入したのを注意した事だろうか。
普通の事だよね。あれっ?
「まあ、それも俺に対しての愛の行いと言う事なら仕方ないと思うが、それにしてもやり過ぎた!! と言う事で、お前との婚約を破棄して、お前を俺の元護衛騎士だったフリッツ・アドマンとの結婚を命じる!!」
愛なんてなく、政略結婚だったんですけどという文句を言う暇もなく、あっと言う目に結婚を命じられた。
「殿下。それは……」
「安心しろ。婚姻届けはすぐに手配しておく、ああ。証人も手配してあるのでさっさとフリッツの元に行って書類を記入するんだな!!」
と言われた矢先にかつてわたくしの護衛として王家から派遣されていた騎士が、わたくしの両腕をまるで囚人のように掴んで連れて行く。
そして、抵抗も出来ずあっという間にアドマン家に送られて、騎士の目の前で命令という言葉でフリッツ様を脅して、書類を書かされたのだった。
そんなバタバタで元婚約者を殴り飛ばしたいと思ったのは当然だろう。
後で騒ぎを聞きつけた陛下やお父様の横やりが入らないようにと結婚させるあの馬鹿王太子の行動力に権力の使い方を悪い方で学んだなと思わざるを得なかった。
「参ったな……」
ぼそっ
一身上の事情で辞められたと聞いていたフリッツ様の様子が知れてよかったと思ったが、フリッツ様のお屋敷……アドマン家は不気味に静かで人の気配がしない。
「申し訳ありません……いきなり巻き込んでしまって……」
深々と頭を下げる。あの王太子が自分のしたい事をするためだけに頭の回転が速くなるのを理解していたのに未然に防げなかったと告げると。
「いえ……それを言うのならこちらもです。あの方に何度か忠告をしたら煙たがられ、ある事をきっかけに護衛の任を解かれたのですから」
玄関にいきなり来た元同僚にいきなり命令だと告げられて、婚姻届けを書かされたフリッツ様は、どこか諦めたような口調で告げる。
「あの方は自分のやりたい事を是というものしか傍に置かないからますます暴走しているようだ。しかも……」
じっとこちらを見つめるシルバーグレイの瞳。
「俺と結婚。寛大に見せかけて相変わらずな事をするものだ」
あのお心を治してもらわないと国が危うくなると散々言ってきたのに。
「正直に結論から言わせてもらいます。――俺は貴女を愛せない。愛してはいけないのです」
まあ、急に言われたらそうなりますよね。しかも、先日まで王太子の婚約者と王太子の護衛だったのだから。
「まあ、そうですよね」
分かりますと頷くと。
「いえ……もっとひどい話です」
言葉を切り、迷うように視線を動かして。
「俺には呪いが掛かっていて、大切な人が出来るとその人が死ぬ呪いです」
だからこそそれを理由に王太子は護衛を辞めさせたのですから。
「はぁ!?」
呪い? それは……。
「白い結婚をすれば大丈夫だと思いますが、そうなると夫に見向きもされない妻という形で社交界でネタにされるし、ここで相思相愛だとすればさっさと死ぬと言う事でどちらに転んでもあの馬鹿王子……ごほんっ!! 王太子の都合のいいように動きますよね」
あの馬鹿王子そういうところだけは頭が働きますね。
フリッツ様の毒舌に激しく同意だけどよく言えるものだと感心していると。
「ここまで来ると白状しますが、この呪いはもともと王太子がとある魔女をそういう意味で遊んでその恨みで掛けられた呪いだったんですが」
「はっ⁉」
「それを解くために聖女に頼んだら聖女は呪いを別の存在に移す事なら出来ると言われて」
「はっ、はぁ!?」
「で、元から苦言ばかり言う俺が気に入らないので俺に呪いを移させて、大事な者が死ぬ呪いなら自分も殺されたら堪らないと自分が移した呪いとは言わずに陛下に伝えて辞めさせたんですよね」
「顔が原形を留めないほど殴りたいわね。それは」
で、聖女と婚姻。
ああ、絶対そういう理由ですね。分かりました。
「それにしても……聖女という割に呪いを完全に解除できないし、呪いを移す場合はそれ用に人形とかそういう形代を用意するものですけど、それすらしないって、何を学んできたんでしょうか……」
聖女という割に下の下ではないだろうか。
「ああ。そういう事なら。呪いを解除しましょう」
「えっ? 出来るんですか? 聖女すらできないのに」
信じられないとこちらを見てくるので。
「できますよ。だって、聖女候補でしたし」
貴族なので候補として名前が挙がった時点で断ったので、教会の上層部しか知りませんし、そのこともあって王太子の婚約者になったので。
「教会と貴族の癒着は何かあったら危険だからと言う事で貴族はよほどの理由がないと教会所属になれませんが、能力を持つ者というのは少なからずいて、そういう存在を逃がしたくない王家は女性なら王族と政略結婚の相手にして、こっそり聖女のみ使える術を覚えさせるのです」
浄化も治癒も呪いの解除も呪い返しも出来ますよ。
あっさりと告げるとフリッツ様はなぜか固まってしまい、
「ははっ」
やがて楽しそう笑いだす。
「何もかも規格外ですごい方だと思っていたけど、やはりすごい方だな」
「なら、――前言撤回してくださります?」
その微笑んだ顔に一瞬だけ見とれて、緊張しつつ言葉を紡ぐ。
「前言撤回?」
「はい」
ごくり
唾を飲み込む。
「愛する事が出来ない。愛してはいけないと言う言葉を」
そうだ。
わたくしは知っている。
フリッツ様がどんなに真面目であったか。護衛騎士として傍にいてあの馬鹿を諫めて、あの馬鹿の尻拭いをしてきたのも。
今回の事だって、おそらくフリッツ様が休みの日にやらかして、その責任を押し付けたのだろう。わたくしにもよくそうやってすべき事を押し付けてきたのだから。
ああ。思い出すと腹が立つ。
そんな風に押し付けられてこっちが疲れてフラフラになっているとさりげなく気付いて助けてくれた。
自分も護衛中で忙しいのに。
だから……。
「会えなくなって心配していました」
会えて嬉しい。そして、苦しんでいるのなら助けたい。
そして、あの馬鹿王太子をぶん殴りたい。
「――そうですね。大事な人を殺されてしまう事がないのなら好きになってもいいんですね」
幸せそうに微笑んでくるので、それがわたくしの吐いた嘘だったらフリッツ様はどうするのだろうかとあっさり信じてもらえて逆に不安になってしまう。
でも、それよりも……。
「好きに…なってくれますか……?」
不安げに尋ねると。
「それは呪いを解いてから。と言う事で。あの」
一つお願いをしたいのですがとフリッツ様は窓を嘴で突く鳥の姿に気付いてそんな事を言い出した。
半年後。
長らく外交で帰ってこなかった陛下と宰相が戻ってきた。陛下も宰相も出ていくなど心配でしかないのだが、わが国では王太子の試験の一環なのだ。実は。
と、わたくしも最近聞いたのだが。
で、帰国後の式典にて、王太子の行いをずっと採点してきた従僕達が報告をして、その報告内容によって即位の時期を決める。
………場合によっては王太子の地位はく奪もある。
つまり。そういう事。
「ハワード。お前を廃嫡する」
式典での第一声がそれ。
「リリアンヌ。聖女の任を解きます」
さすがに政治と宗教は交わらないと決まっているけど、元王太子と元聖女の事は協力して対処する事になったので教会の上層部がわざわざお見えになっていた。
「父上っ⁉ それはどういうっ⁉」
「枢機卿様っ!! 何でですかっ!!」
当事者二人が文句を言うのを耳にして、いや、分かり切っていた事でしょうと思ったが口にしない。
何度も学んだはずなのだ。政治と宗教は交わらないと。
聖女が結婚するのなら還俗するのは当然だし。貴族は教会所属にならないと言う暗黙の了解がある。そうなると彼女の身分は平民なのだ。
平民と王族が結婚するのなら王族ではなくなることが必須であるし、第一。
「自分に掛けられた呪いを他人に押し付ける王子と」
「呪いを他人に移してその対価として結婚を迫る聖女など醜聞もいいところだ」
と言う事までしっかりばれている。
というか、フリッツ様が護衛騎士を辞める際にしっかりと調べていたとか。で、その次の対応を見ておきたかったので暴れそうになっていた宰相に我慢してもらっていたが、わたくしの婚約破棄と次の結婚が決定だ。
まあ、フリッツ様の呪いを解けるのはわたくしだけだから帰国したら対応してもらおうと思っていたようですが。
今回の騒動はわたくしも含め試されていたのだ。
そして――。
「好きにしていいぞ」
陛下が許可をくださったのですぐに動き出す。
「お久しぶりです。元殿下」
元というところをはっきり告げると元王太子がよりを戻してやってもいいとか。俺が惜しくなったんだろうとかいろいろ意味不明な事を喚きだしてきたので、煩いなと耳を塞ぐ。
フリッツ様が勝手な事を言うと苛立っているがそれに気にしないでくださいと微笑みを向けると馬鹿が。
「ああ。呪い持ちの男など嫌になったんだろう」
お・前・が・そ・れ・を・言・う・か!!
怒りに身を任せて思いっきり殴る。
ああ。強化魔法を掛けていたから吹っ飛んでいったわね。
ああ。そうそう。
「例の呪い。当人以外に被害が出ると困りますので聖女の資格持ちのわたくしがしっかり改良してお返ししますね」
と殴りながら呪いを返す。
まあ、大事な人が死に至る呪いなど下手したら王族が全滅してしまうのでこれから生まれるはずの大切な者が死ぬ呪い……と言えば格好いいが、要は不能、種なしになる呪いを与えた。
もとはと言えば、火遊びが原因だ。
不能になってしまえ。
「ふう。すっきりした」
わたくしは自分の事は気にしていない。だけど、フリッツ様に対しての行いは到底許せなかった。
フリッツ様が大事な人を喪う恐怖を自分の尻拭いで与えたのだ。一生苦しめと思いながら呪いが解けて安堵している夫にそっと抱き付いた。
陛下達は腹黒なだけで悪人ではない。