新型ウイルス後の世界にて
初投稿なので文章やストーリーにおかしな点があってもご容赦下さい。ぜひともアドバイスよろしくお願いします!
202X年、世界的なパンデミックを引き起こしたKウイルスの存在に人々が慣れ、マスクの着用や行動制限が緩和され始めた頃、人類は新たな危機を迎えることになる………
202X年4月、I県T市
「今日から大学かあ。急いでスーツとか準備しないと。」
私は、日本のなかでトップクラスの研究が進んでいるT大学の新入生だ。引っ越してきたばかりなのもあって心が老けてるみたいだけど、今日が入学式で不安と期待に胸を膨らませる18歳の女子大生である。そんな少し老けたぴちぴちの18歳は着慣れてないスーツを着ながらここ最近のことを振り返っている。
「悪いがT大学の宿舎に入ってくれないか?」
先月、合格がきまってすぐにこんなことを父に言われて私は正直落胆した。アパートで自由な独り暮らしを満喫しようと思っていたのにプライバシーも自由も何もないで評判のT大学の宿舎に入ってほしいと言われたからだ。家の経済状況に余裕がないのも知っていたが、同時にアパートに娘一人を住ませる余裕ぐらいはあることも私は知っていた。しかし、父は酒癖が悪く、後から母に当たり散らされても嫌なので私はこれを承諾した。昔から人の顔色をよくうかがってしまうのだ。
あれこれ考えてモヤモヤしているうちに、スーツだけでなく持ち物とかの準備も整って、時間もちょうど良くなっていたので私は大学のホールに向かうことにした。心だけはなにも整ってないけど。ドアの鍵を閉めたことを確認して廊下を歩いていると3つ先くらいの部屋から、
「ううぁ」
という変わったうめき声が聞こえてきた。最初は驚いたが、おおかた寝坊したかいびきでもかいてまだ寝ているかのどちらかだろう、まだ今年の学校が始まっていない先輩かな、などと思って何事もなく私は宿舎の階段を下りていく。
入学式の行われる会館までは宿舎から歩いて5分程なので、アパート暮らしの新入生よりも余裕を持って私は会館に到着した。会館の前には入学式の時間はまだまだなのに新入生であろうスーツを着た若者たちがすでに沢山集まっている。知り合いが全くいない中、これを見て私は不安が高まっていくのを感じながら同じような境遇の人を探そうという勇気も感じ始める。そうして歩き回って探すこと10分、ようやく一人で行動しながらスマホをいじっている内気そうな新入生を見つけた。私はコミュニケーションが苦手なこともあってか、グループで集まるような明るい子よりも同じように一人で行動して大人しい子のほうが話しやすいのだ。
「こんにちは、新入生の人ですか?」
若干おどおどしつつ私は話しかけてみる。
「は、はい!わ、わ、私は和田夏生です。」
想像以上にぎこちない出会いだった。
入学式の時間が近くなり、会館の扉が開いたので私と夏生ちゃんは話しながら会館に入っていく。話をしていると夏生ちゃんもどうやら宿舎に住んでいて出身地も近く、さらに所属している学部も同じことがわかった。そういうこともあってか
「やっぱり冬場の雪ヤバイよね~。」
「そうそう。そのくせ夏も暑いし、本当こっちの方はいいわ。」
などとすぐに打ち解けられた。その後、校長のスピーチを子守唄に20分ほど寝て、吹奏楽部の演奏を聞いてから始めての大学登校日は幕を閉じた。入学式が終わってもまだ昼前頃だったので、私と夏生ちゃんは一緒に宿舎に戻って私服に着替えてから駅前でご飯を食べることにした。互いの出身地になかったチェーン店の定番料理を食べながら、私たちは適当な世間話を始める。そんな中、夏生ちゃんが、
「Kウイルスで修学旅行潰されちゃったから最近マスクとかの制限減ってきて嬉しいよ。大学の活動は自由に出来たらいいな。」
と言う。こうして向かい合って見てみると、夏生ちゃんはいかにも女の子といった感じで、きれいな黒い髪を肩くらいまで伸ばしていて、その上身長も少し低めでスタイルもいい。私服もそれに似合っていて可愛さと上品さが共存している。そんな夏生ちゃんを見て自分の容姿を少し恨む。身長は平均くらいだが、目付きが悪く、茶色く染めたショートヘアと合わせるとヤンキーのようだ。そんなことを考えながら夏生ちゃんの話を聞いて、
「でもさ、制限がなくなってきたら対面の授業増えるみたいだよ。うちの大学のキャンパスめっちゃ広いからちょっと面倒かも。」
と返す。
「そういえばさ、Kウィルスの話で思い出したけど、最近ゾンビウイルスが流行り始めてるんだって。」
夏生ちゃんが急に現実離れしたことを言い出す。
「またまた~、そんな漫画みたいなことある?」
ふざけていっているのだと思って私は軽く返す。
「最近色んなSNSで動画あるんだよ!」
少し顔を赤くして夏生ちゃんがスマホの画面を見せる。それは、ほとんど映画で見るようなゾンビと変わらず、リアルなメイクだなぁと思った。しかし、ひとつ不可解なのは、普通のゾンビ物の映画では噛まれたりするなどといった接触でゾンビが増えるはずなのに、夏生ちゃんの見せた動画では近くにいた人がなにもしていないのにゾンビになっていったのだ。
「リアルだけどゾンビ勝手に増えてるじゃん。」
私は冷静な感じで素直な感想をのべる。
「むぅ」
ちょっと拗ねているのも可愛い。
その後、店を出て、私たちは駅の中を散策した。駅に併設されているショッピングモールには一階にアクセサリーショップや服屋、二階には本屋さんや雑貨屋、三階には百均やゲームセンターがあり、私たちはそれら全てを堪能した。宿舎までの帰り道を二人で歩く頃には空は暗くなり、星が見え始めていた。
「本当に楽しかった!入学式まで知り合い居なくて人と話すのも苦手だったからこんなことずっと出来ないと思ってたよ。初対面じゃないみたい。」
満面の笑みを浮かべながら夏生ちゃんが言う。
「私も高校に友達ほとんどいなかったし、こんな話せる人できると思ってなかった。」
つられて笑いながら私は言った。
「あはは!私たちほんとに似た者同士だね。うれしいっ。」
こちらを向いて長い髪を揺らしながら夏生ちゃんが言うのに少しドキッとする。夏生ちゃんの言うように何か懐かしさを感じると共に、反射的に沸き上がる気持ちを抑えて、
「似た者同士だとしても私は変なゾンビの動画は信じないからね。」
と言う。せっかく出来た友達なのだ。また失うのは嫌だ。
夏生ちゃんとは住んでいる階が違うので宿舎に入ってすぐにまたねと言い、明日からのオリエンテーションも一緒に行く約束をして別れた。部屋に入ってすぐ、着替えもせずに私はベッドに寝ころがる。今までしてこなかったことをしたからだろうか、体がとても重い。スマホの時計を見ると、夜の8時になっていた。そのまま私は意識を失っていった。
「キャーーーーーー」
サッカーの試合開始のホイッスルを思わせるような甲高い悲鳴で私は不本意ながら目覚めた。スマホを見るともう深夜の2時半。ゴキブリでも出たのだろうか、迷惑なことだ、と思いながら少しだけドアを開けて廊下の様子を確認する。一瞬で眠気が飛んでいった。廊下の少し離れたところには夏生ちゃんに見せられたものと全く違わないゾンビが二、三人ほど歩いていた。眠気がなくなったお陰で気づいたのか先ほどから食べ物が腐ったような匂いがかすかに感じられる。本物ということなのか。呆然として外の光景を見ていると、先ほどの悲鳴の主であろう女子生徒がゾンビに道を塞がれて自分の部屋に戻れないでいるのが見えた。彼女もさすがにゾンビの最低限の知識は持ち合わせていたのだろう、ゾンビが噛んだり引っ掻いたりするような素振りを見せるとすぐに離れた。そんな彼女とゾンビたちとの距離は2mもないくらいだ。ゾンビたちと名も知らぬ女子生徒の膠着状態が五分ほどたった頃、女子生徒に異変が起きる。
「いヤ、ヴあ、ヘヤハイラセ、ウアア」
先ほどまでの悲鳴とは似ても似つかない低い唸り声を彼女はあげだしたのだ。全く夏生ちゃんの動画と一緒だ。近くにいるだけで感染するのか。まるで少し前に流行ったKウイルスじゃないか。冷や汗が首を伝う。心臓の鼓動が速まる。私は自分でも何をしているかわからないまま昼に着けていたマスクを着けて部屋を飛び出す。幸い廊下にたむろっているゾンビたちは自分たちの新しい仲間にまだ夢中のようだ。階段を三段飛ばしくらいでかけ降りる。一階についた時に我にかえったように、夏生ちゃんは無事だろうかと頭に浮かぶ。うろ覚えの部屋番号の記憶を頼りに夏生ちゃんの部屋を目指す。記憶によれば夏生ちゃんの部屋であろう場所の扉をノックして、半分叫ぶかのように夏生ちゃんを呼ぶ、
「夏生ちゃん!夏生ちゃん!大丈夫っ」
呼び掛けの途中で鍵を開ける音がする。
「どうしたのっ」
私の様子に何かを感じたのか夏生ちゃんも声が大きい。
「さっきの悲鳴上から聞こえたけど何があったの?」
早口で夏生が質問する。
私は強引に引っ張るように夏生ちゃんを宿舎の外に連れ出して先ほどの出来事を話した。もとから信じていたからか夏生ちゃんは疑いもせずに顔を青くする。幸いスマホと財布を二人とも持ち出していたのでとりあえずこのまま宿舎から離れてどこかに避難することに決めた。ふと宿舎の廊下の様子が見える窓を見てみると先ほどのゾンビは廊下を埋め尽くしていた。夏生ちゃんのほうを見ると体が震え、動けなくなっている。私は夏生ちゃんの背中を軽く叩き、強く手を引いて走り出した。大学の敷地を抜けた頃にようやく夏生ちゃんが口を開く。
「どうしよう、どうしよう。」
やはりまだパニックに陥っているようだ。
「夏生ちゃん!」
そう言いながら私は夏生の肩を揺する。
「あっ私、ごめんね。」
ようやく夏生ちゃんは落ち着きを取り戻した。
「もう、とりあえず無事でよかったよ。」
私は笑顔で夏生ちゃんをなだめた。道中、大学の附属病院にゾンビが溢れかえっていたことは夏生ちゃんのために言っていない。夜中なのもあってかまだゾンビが出ている施設は限られているようなので好都合だ。
「こんなことなっちゃったしどうしようか。」
夏生ちゃんが昼のような喋り方で言った。
「とりあえず駅までいこっか。」
駅の近くに学校が多かった気がしたので私は、避難所目当てに駅まで行くことを提案する。
「うん!」
頬が上がりきらない作ったような笑顔で夏生ちゃんは答えた。とりあえず休めるところを目指して、ゆっくりと二人で歩きだす。
駅と大学は離れているが、徒歩でいけないほどではなく、私たちは二十分ほど歩いて駅の近くの小学校に到着した。しかし騒ぎがまだ一部でしか起きていないためか体育館はおろか校門すら開いていなかった。
「やっぱりまだ騒ぎになってないんだ。」
夏生ちゃんが肩を落として言う。
「仕方ないよ。あそこの店24時間やってるっぽいし行こうよ。」
たまたま飲食店を見つけたので夏生ちゃんを誘う。
「あそこの期間限定のシェイクまだ飲めてなかったんだ。行こう!」
彼女は軽口を叩けるほど余裕を取り戻してきたようだ。ゾンビのせいで睡眠時間を削られ、それからここまで歩いてきた疲れを癒すためにも店に入っていった。
一時間ほど私たちは抹茶味のシェイクを飲みながらグダグタ駄弁っていた。駅周辺にはまだゾンビがいないようで、大学での騒ぎが嘘のようだ。互いに先ほどの出来事を忘れたいがために当たり障りのない話をする。緊張の意図が切れたのか、夏生ちゃんはうつらうつらし始めた。私もまぶたが言うことを聞かずに落ちてくる。自分の思っていた以上に心身ともに疲れていたようだ。
次に起きたのは朝の8時だった。外のざわめきで二人そろって目を覚ました。眠い目を擦りながら夏生ちゃんが外を見る。
「あっ、あっ………」
彼女の顔が一瞬で青ざめていく。私も外を見る。そこには夜中見たゾンビたちがまるで東京の通勤ラッシュのような群れを作って歩いていた。小学生にサラリーマン、朝活をしていたであろう大学生までもが今は生ける屍と化している。最近の政府の方針によって、屋外でのマスクの着用はほとんどされなくなった。今年に入ってから、Kウイルスによる行動制限が緩和されてきたことがこんな形であだになるとは。夏生ちゃんが動画配信サイトの画面を震えながら差し出す。そこには、I県T市を中心に全国でゾンビが大量に発生していると言う現実味のないテロップとともに総理大臣が会見を行っていた。
「えー大変信じ難いことですが日本でゾンビが大量に発生しております。どうやらゾンビに近寄るだけでもゾンビになってしまうようであり、増殖の過程が非常にKウイルスと似ております。これは何かウイルスが原因であるとの見解があるため、日本国民にはマスクの着用を義務づけます。えー今回はKウイルスと違って感染から発症するまでが五分ほどと非常に短い上に、一度感染してしまうとその後普通に生活出来る可能性は限りなく低いものであると考えられます。国民一人一人の生活を守るためにも真剣な対策をお願いします。」
総理大臣も若干焦りを見せながら話していた。
「夜中のあれ、夢じゃなかったんだ。」
夏生ちゃんが暗い表情を浮かべて言う。
彼女の夜中のパニック状態を思い出し、なにか慰めねばと思う。しかし、私もこの悪夢に落ち込んでいるのか言葉が出ない。茫然とする私たちの前に、T大学の宿舎がゾンビで埋め尽くされているニュースの生中継とT大学の敷地全体がアリの大群のようなゾンビの群れで埋め尽くされている上空カメラの映像が流れてくる。空気感染でつくりもののゾンビ映画なんかの数倍も速く増殖するゾンビたち。国のあらゆる機関のパニック。そして、希望を失う私たち。Kウイルスなんかで慌てていた頃がどれだけ幸せだったことか。私はなんの意味もなく口を動かす。
「どうしよ…」
「私ね、お父さんを追ってこの大学に来たの。」
突拍子もなく夏生ちゃんが喋りだす。表情は暗いままだ。何かを悟ったか。私の反応も待たずに彼女は続ける。
「お父さん、私がちっちゃいときからずっとT大学で研究してて、研究一筋って感じだったからごはんの時以外ほとんど合ったことないの。おまけに怖くて話しにくいからろくに話した思い出すらないの。」
世の中の父親はみんなろくでもないのか。酒浸りの私の父を思い出す。
「だから、大学受かったときようやく会えるって思ったの。あなたが研究にかまけてる間にお母さんは持病がひどくなって死んだし、そのあとの生活も苦しかったしどうしてくれるんだって文句言いたかった。あと…………やっぱり甘えたかった。なのに、どうして、こうなる…のぉ。」
夏生ちゃんは綺麗な瞳から涙を溢す。これを聞いて、この涙を見て、私は決意した。
「夏生ちゃん、お父さん探そう。生きよう。一緒にいるから。」
先ほどまで希望を失っていたとは思えないほど前向きな言葉をかける。
「そんな…無理だよぉ。」
「無理じゃない。私がついてる。」
私は、昨日始めて出来た友達に特別な感情を抱いた。何がそうさせたかもわからない。彼女の涙のせいなのだろうか。でもこの感情は言えない。きっと叶わない。もう失えない。
しばらくして夏生はようやく落ち着いたようだ。この店にゾンビがよってくることもなく、店員さんが店の鍵を閉めてくれた。
「このハンバーガーおいしー。こっちのチキンのも。」
夏生は元気を少しずつ取り戻しているようだ。というかこの子、昨日一緒にご飯食べたときも私の二倍くらい食べてたし食欲すごいな。私だって女子のなかでは結構食べるほうなんだけど…
しかし、どうしたものか。外はまばらではあるがある程度の数のゾンビがいる。マスクの効果はわからないし、ゾンビがこちらを認識しておそってくるかもわからない。しかし、外に出なければなにも進展しない。ただ、外に出られたところで大学の敷地はここら一帯よりもひどい状況のようなので夏生ちゃんのお父さんの捜索どころではない。こうして考え込んでいると、少し元気を取り戻した夏生ちゃんがこちらを見ている。
「どうしたの?」
何か言いたげなので聞いてみることにした。
「そういえばあなたの名前聞いてなかったなって思って。」
私はとんでもない衝撃を受けた。よく昨日あそこまで仲良くなったな。お互い忘れてたなんて、本当に私たちでなければ成り立たなかった関係だ。
「忘れてたね、ごめんごめん。私の名前は…痛ッ」
名前を言おうとした瞬間頭が痛む。まるで脳の芯を折られるかのような痛みだ。昨日どこか打ったのだろうか。
夏生ちゃんが不思議そうに私を見る。
「ごめん、急に頭痛くなって。それで私の名前は、」
私が言いかけた瞬間、店員さんが叫ぶ。
「店内の皆さん、速く逃げてください。ゾンビが入ってきました!」
どうしてだ。鍵はしまっていたはず。
「ニゲ、ニゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲ」
店員さんがゾンビになる。と同時に感染経路がわかる。厨房辺りからゾンビが何体か歩いてくるのが見える。おおかた朝のシフトに入った店員さんが感染した状態で裏口から入ったのだろう。夜中から店内にいた客は皆騒いで逃げ惑う。扉に鍵がかかっていることを忘れているものも多く、扉に頭をぶつけている。私と夏生も出来るだけ人の集まっていない出入口を探して出ることにした。ゾンビの動きが遅かったので客はみんな無事に出ることが出来たようだ。しかし、惨劇はここからだった。走って出た人々が店の外にいたゾンビに近づいてしまう。逃げるのに夢中で視野が狭くなったせいだろう。
「いやだーーーーーーっ」
ゾンビにぶつかった客の一人がまだ店を出てまもない他の客の集団にパニックで突っ込んでしまう。私たちはギリギリ感染しない位置にいたが、これのせいでもとから店の外にいた前方のゾンビとウイルスに感染した後方の大量の客に囲まれる状況となった。マスクを着けていない客もちらほらいたので後方の客のゾンビ化は必至だろう。
「どうしよう…」
ある程度落ち着いているとはいえこの状況に夏生ちゃんは動揺を隠せない。このままでは二人仲良くゾンビ化だ。私たちが動けないでいると、
ザーーーー
雨のようなものが降り始めた。次の瞬間、前方のゾンビが倒れる。
「感染者の皆さん、これで大丈夫です。君たちももう安心だ。」
20代後半くらいに見える男がにこやかに話しかけてきた。白い防護服越しでも細目にメガネをかけていて胡散臭い雰囲気が伝わってくる。
「失礼ですが、あなたは?」
意を決して聞いてみる。
「私はT大学生物資源学部教授の月分昇二です。」
また胡散臭そうな笑みを浮かべる。
「え、えっとさっきの雨みたいなのは何だったんですか?」
夏生ちゃんも少し引きぎみに質問する。
「まあ、ここで話すのもなんだしそこの店で話そうよ。防護服糞暑いし。」
月分先生はだるそうに言う。
先ほど助かった客と共に私たちと月分先生は店内に入った。店員ゾンビも彼が倒してくれたようだ。客はそれぞれの連れと助かったことと安心を得られたことの喜びを分かち合っている。
「で、さっきの雨は何だったんですか?」
夏生ちゃんがさっきより強気に聞いた。落ち着きは完全に取り戻したようだ。
「簡単に言うとワクチンかつ消毒液かつ殺虫剤みたいな感じよ。人間がこれを浴びるとゾンビウイルスに耐性が付くし、ゾンビがこれを浴びると完全に死ぬ。んで、物はこれを浴びると除菌される。君たちさっきからスマホとか店内の物とかべたべたさわってるけどゾンビウイルスついてる可能性あるんだからね。そこもKウイルスと似てるんだってば。」
先生は防護服を脱ぎながら答える。この感じだとどうやらさっきの胡散臭い笑みは営業スマイルだったようだ。月分先生は細身で長身、そして男性にしては少し長めの髪に細目で、現在の汚い身なりが整っていたらそれなりに異性にもてていただろう。そして、ウイルスの付着という無警戒だったところを指摘されたのでぞっとしつつももしかしたらと思って私は質問した。
「それなら、さっきの液体があればもう日本は安全ということですか?」
「バカか。こんな状況で全国に蒔けるほど量産できないし、色々間に合わないんだ。私の手持ちもさっきので終了だ。」
月分先生は私の言葉の最後に被せながら否定した。
「てか君たち質問しすぎだ。今度はこっちが聞く。俺は消毒液があったからどうにかなったが君たちはどうやって大学を出た。見たところ君たちうちの学生だろ。近くに他の大学はないし。」
私が答える。
「夜中でまだゾンビがそこまで多くなかったので普通に出てこれましたよ。」
月分先生は少し驚いたように見える。
「そんなはずがない。昨日の夜9時頃にはゾンビウイルスはT大学中に蔓延してた。厳密に言えば昨日の朝から感染者自体はいたんだぞ。夜中になる頃にはもう大学中ゾンビだらけだ。」
「私たち宿舎に住んでるんですけど…」
先生の態度にびくびくしつつも夏生ちゃんが発言する。
「宿舎であろうと変わらないはずだ。」
ここにいる三人とも頭にクエスチョンマークが浮かんでいた。
「まあいい、この時間のずれはどうやってもわからん、後回しだ。それよりもいまは私に協力してくれ。消毒液のレシピのために大学に一旦戻りたい。」
夏生ちゃんのお父さんを探したい私たちにとってそれは好都合だった。
「ぜひ。でも一つこちらからもお願いがあります。」
と、私たちは夏生ちゃんのお父さんのことを月分先生に話してみた。
「そうか君は和田さんの娘だったのか。あの人は生命環境学部の教授をやっていてね、互いの研究分野で通づるものがあったからたまに話してたよ。ただ、和田さんの研究室はすごい厳重でまずどこにあるのかすらわからない。一度研究室の様子を見たいと頼んだことがあったけど、断られてしまった。研究についての話はしてたんだけど研究室には全くいれてもらったことがない。だから普段どこにいるかもわからないのさ。前から行きたいと思ってたしこんな状況だから手伝ってあげよう。」
先生はどうやらこちらのことにも協力してくれそうだ。
「ありがとうございます!」
二人の声がそろう。
「そうと決まったら行くぞ。暗くなってからではゾンビが活発になる。日中はほとんど一歩も動いていなかったが昨夜は走っているやつもいたくらいだ。しかも不思議なことにゾンビは自発的に人を襲うことは少ない。ミツバチと一緒さ。自分たちが危害を加えられたと感じたら反撃する。……まあこの一日だけの観察結果なんだけど。」
自信なさげに先生は言葉を濁す。とにかくゾンビに近づいたり不用意にゾンビの触ったものに触れなければいいということだろう。モチベーションの上がった私たちはさっそく準備をして月分先生と共に外に出ていった。
道中歩きながら私は心配ごとを口にした、
「そういえばさっきのお店のお客さんたち大丈夫かな。」
月分先生があくびと共に答える
「問題ない。周辺のゾンビは制圧されているし、店内に食糧もそれなりにあった。多少外に出る余裕もあるだろうし二日はもつだろう。」
「じゃああんまり長く捜索はできないんですね。」
夏生ちゃんが言う。
「もとより大学は危険すぎる。レシピと和田さんを探すのでよくても丸一日が限界だ。だが、それでも大学内を見てまわるのなら十分だよ。まずは場所のわかっている私の研究室に行ってレシピをとるのが先だ。そっちのほうが効率がいい。」
月分先生はすぐに答えた。妥当なところだろう。
「あと、くれぐれもはぐれるなよ。必ず三人で固まって行動するんだ。スマホもいつ使えなくなるかわからんし、単独行動は禁止だ。」
いつもだるそうにしている割にしっかりしている人のようだ。私は夏生ちゃんに
「よかったね。」
と声をかける。
夏生ちゃんも
「うん!」
と笑顔で応じる。
そうこうしているうちにT大学の看板の前に到着した。
「ようやく着いたな。私の研究室はここからすぐのところにある。しかし、絶対に気を抜くなよ。」
少しピリッとした表情で月分先生が言う。
「はい。」
私は気を引き締めて返す。
「もちろんです。私には別の目的もあるんですから。」
夏生ちゃんも気合い十分だ。
大学の道にはゾンビが朝の店のまわりとは比べ物にならないくらい沢山うろついていた。まずここから50m歩いていくことすら困難に思えてくる。
「仕方ない。あまり気が進まないが横の森から入っていくぞ。」
月分先生は言う。確かに森にゾンビは少ないし、それならば確実に研究室までたどり着けるように思える。まあ、虫が多く出てくるって噂だけど。そんなことは気にしていられない。夏生ちゃんも気にしていなさそうだ。
森を五分ほど歩いて、月分先生の研究室のある場所に着く。木々に囲まれた場所にあるからか先ほどの道よりもゾンビは格段に少なかった。
「自分の研究室だからよくわかる。中にはゾンビはいないはずだ。さっさとレシピを回収してあわよくば手頃な物資も見つけて出るぞ。」
月分先生は頭の回転がかなり速い。しかし、私の頭には一つの疑問浮かんでいた。いくら研究がすごくて頭がよくても、昨日起きた事態に対抗する方法をすぐに思い付くのだろうか。昨日出現したゾンビを、余裕のない大学の中でそんなに観察できたのか。もちろん彼が頼りになることはわかっている。だが、ぬぐいきれない疑念が私にまとわりついていた。研究室に入る前に私は夏生ちゃんの手を握る。
「絶対成功させよう。」
不安を隠しながら私は笑顔で言う。
急な接触に驚いたのか夏生ちゃんは少しの間何も言わずにぼうっとしていた。しかし、その後私の手を強く握り返してくれた。
研究室の中は菌類の管理のこともあってか暗く、どの部屋にも論文であろう書類が散らばっていた。五つ目くらいの部屋で先生は床に散らばっている書類のなかから一枚を拾って、少し笑みをみせる。
「見つけたぞ。レシピだ。これであいつらも…」
月分先生は何か小さい声で最後に呟いた。
「よかった。」
私と夏生ちゃんの声がそろう。取りあえず一段落だ。
「君たち仲良すぎだろ。カップルかと思ったよ。」
私はこれを聞いて顔が暑くなるのを感じた。夏生ちゃんはというと
「いやいやいやいやいや、知り合ってまだ一日ちょっとだしそんなことそんなことそんなこと。」
状況によってはゾンビと聞き間違えそうな口調で否定する。
そんな様子に呆れたようなため息をついて、
「まあいい。和田さんの捜索にうつるぞ。」
と月分先生は言う。そうだ、私たちにとってはここからが本番だ。
その後、私たちは大学中を歩き回った。一つ一つの研究室をしらみつぶしにまわっていったが何の手がかりも見つからなかった。何も得られなかったか。肩を落として帰ることを夏生ちゃんと一緒に考え始めたとき、それは急に現れた。最初の看板にたどり着いたときまったく気にもしていなかった看板の裏面が目についたのだ。そこには
和田↓
と落書きのような細い線で書かれていた。
「なんだこれは。」
月分先生が唖然とする。
夏生ちゃんはなにかを見てはっとしていた。
「これ……」
夏生ちゃんが指を指した看板の真下には土が剥がれて明らかに自然ではない緑色のハッチが見えた。大学に着いたときにはまったく気にしていなかった看板の下にこんなものがあったなんて。
「これってもしかして研究室?」
私は皆が思っているであろう疑問を口にする。
「行ってみよう。」
夏生ちゃんはなにかを決意したようだ。
「他に手がかりはないし賛成だ。」
月分先生も同意する。私ももちろん反対などしない。
この決断は正しかったのか。後から考えても私には分からなかった。しかし、一つ分かることがある。この決断は私のいや私と夏生ちゃんの人生を大きく変えるものであったということだ。
ハッチを開けてみると、下に続く梯子がかけられていた。私たちは相談して、月分先生、私、夏生ちゃんの順に降りていくことにした。主に、夏生ちゃんや私が落ちたときに助けてもらうためだ。三人とも無事に一番下まで到達した。そして、その先には薄暗い廊下が続いていた。私たちは、不安や緊張感からか黙々と進んでいった。何分歩いただろう、随分と歩いた気がしたとき、私たちの視界は細長く暗い廊下から、広く、不気味な部屋に切り替わる。その光景は異常としかいえないものだった。何の数値か分からない数字を羅列するモニター。ごうごうと音をたてながら動作する大きな機械。そして何より目を引いたのは、無数にある二列のガラスケース。片方の列には緑色の液体の中に浮かぶ赤ちゃんのようなものが、もう片方には赤紫色の液体が入っている。その異様な光景を見て、急に吐き気が沸いてくる。
「うっ…」
夏生ちゃんが慌てて駆け寄ってくる。
「大丈夫?」
そう言いながら夏生ちゃんは私の背中をさすってくれていた。とても落ち着く。一分ほどで楽になった。月分先生も私の具合がよくなるのを待っていてくれたようだ。私の調子がもどったことを確認して、部屋を調べ始めた。
「研究室なんて言えたものじゃないなこれは。」
先生は冷静に呟いた。しばらく調べてから先生の様子がに変わる。
「この赤子は何だ。」
「何だってどういう意味ですか?」
私がわけもわからず質問するのに先生は明らかに険しい顔で答える。
「ここらの機械やケース、モニターをすべてみた。そうしたらまず、これは間違いなく和田さんの研究だとわかった。問題はっ、こっちの赤子だ。おかしい。こんなことはありえてはいけない。生殖細胞が使われていないんだよ。その上っ……これを見てみろ。」
先生は赤ちゃんのケースに貼ってあるラベルを指差す。私と夏生ちゃんはそれに近づいて読んだ。そこにはありえないことが書かれていた。
寿命無限
「……何、これ。」
「うそ、でしょ?」
私と夏生ちゃんはこのラベルを信じられず、言葉が出ない。
「赤紫の液体のほうにも、不死って書いてあった。一体なんだこの冗談は。頭んなかぐちゃぐちゃだ。」
こう先生が言うのはよく分かる。夏生ちゃんのお父さんが地下に変な施設を作っててしかも、死なない赤ちゃんとゾンビウイルスを製造してた。おかしい。ふざけてる。
「え、え、あっ。はっ…はっ…」
夏生ちゃんの様子がおかしい。過呼吸か。こうなるのも無理はない。せっかく大学に入ってまで追った父親がこんなことをしていたなんて。いたたまれない気持ちに包まれながら私は彼女の背中をさする。そして、会って一日と少ししか経っていない人間にこんな言葉を掛ける。
「大丈夫だよ。私がついてる。何があってもずっと。」
我ながらなぜここまでひかれるのかわからない。でも、何か彼女には懐かしさを感じる。そして、決して表に出せない思いもわいてくる。こうして夏生ちゃんを介抱し続けると、
「うっ…いかないで、いかないで」
と少しずつ過呼吸が治っていった。夏生ちゃんの呼吸が整ってから、この研究室と呼んでいいかわからない施設を出ていった。三人とも外に出たことをそれぞれで確認しあって私がハッチを閉めようとしたとき、地震のような振動がドーンという花火のような音と共におきた。そして、ハッチの穴から梯子が崩れていくのも見えた。
「証拠隠滅か。何を考えているんだ一体。」
先生が疲れた表情を浮かべながら言う。私たちはしばらくその場でぼうっとしていた。その後お客さんたちのこともあるので一旦帰ることにした。外はもうすっかりくらくなっていた。
色々あって、考えなければならないことも増えた。夏生ちゃんのお父さんのこと、消毒液の量産、そして、先生の違和感だ。そんなことを考えてモヤモヤしていると、
「なにを考え込んでいる。とにかくレシピは手に入ったんだ。ここからだ。」
と先生が言った。モヤモヤの原因が何いってんだと思い、耐えきれず、聞いてしまった
「月分先生、絶対なにか隠してますよね。だいたいはじめからおかしいと思ったんですよ。どうしてこんな速く消毒液なんてつくれたんですか。どうしてゾンビの習性をすぐに把握できたんですか。」
これに対して月分先生は冷静な表情を崩さずに、
「それはな、あそこで俺の研究室の生徒と准教授、家族までもがみんな俺のために死んだからだ。」
「先生、あなたは生きてください。そしてこれをとめてください。」
「僕たちがカメラを持って中継してきます。それをもとに習性を見抜いてください。あとゾンビの皮脂も持ってきますね。」
「昇二、あなたしかこれは止められないわ。きっと。」
「おとーさん、せかいすくってね。」
みんなばかだ。俺を神様とでも思っているのか。俺はただの人間だぞ。ゾンビの対策何てできない。なぜそんなに信じる。やめてくれ。いなくなるな。
「先生、しっかり答えて下さい!」
ぼうっとしていた先生を現実に引き戻す。
「すまない、少しな…」
明らかに疲弊した様子で先生は応えた。
「みんな俺を信じてゾンビのデータを集めた。誰も冷静になれないような状況であいつらだけが冷静に働いた。こんな俺を信じて。」
「ゾンビがでてきてすぐに家族や助手の方々が犠牲になってデータを集めてきてくれた。それでこんなにはやく解決策がみつかった。そういうことですか。」
「そうだ、すまないな。」
「何がですか…しっかり期待に応えてるじゃないですか。もっと胸を張ってください!」
この言葉をきいて、先生は我にかえったかのように目を見開いた。そして私は次の瞬間この一見冷たそうな大学教授の涙を見た。
店に帰ると客は皆、私たちの帰りを待っていたかのようにこちらを見て、
「帰ってきたか。無事でよかった!」
「一日ぐらいずっといなくて心配でしたよ。」
と無事を喜ぶ言葉をかけ始める。
なぜだかとてもうれしい。しかし、あっという間に一日たっていたとは思わなかった。そう思うと感じたこともないような疲れを私は感じ始めた。夏生ちゃんもとてもきつそうだ。月分先生は研究でなれているのかあまり気にしてなさそうだが。
その後、私と夏生ちゃんは少し寝てから夜ご飯をとった。適当にスマホをいじりながら夏生ちゃんが急に、
「私のこと、夏生って呼んでほしいな。」
と頬を赤らめながら言う。これを見て呼びたくなるのは山々だが、一日しか一緒に過ごしていないのにいいのかと思い、
「い、いいの?たしかに夏生ちゃんと初めてあった気はしないんだけど。昔から一緒にいたみたいな。」
「いいの!私もそう思ってたし。」
「じゃあよろしくね、夏生。」
さあ、ここからが正念場だ。
…ある研究室にて
「夏生たちはワクチンのレシピを手にいれたか。それはいいが私を探そうとするとは余計だぞ。出来損ないめ。」
「お父さん、そんなの消しちゃえばいいじゃない。」
「そうだな、秋菜。優しくしてばかりが親ではないからな。」
そろそろ動くか…
まだ続きます。忙しくてなかなか時間がとれませんが完結させるつもりです。読んでくださった方々、ぜひともお楽しみください。