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星の降る夜に

作者: 響 紅夜

 ――星の降る夜の約束は絶対だから――



「はじめまして! わたし、エレナ。わたしは君と歳が一番近いんだよ! わたし、嬉しいよ。君の名前は?」

 十九歳がする笑顔とは思えない。天使のような笑顔を向け、彼女は少年に話しかける。

 これが少年と彼女のはじめての出会いだった。

 少年は最近この田舎町に引っ越して来たばかりである。この町は少し歩けば清らかな川があり、草木が生い茂る森がある。そんな山のすそ野に位置していた。 少年は彼女を馴れ馴れしいと感じていた。

 しかし、そんなことはどうでもよかった。それよりも彼女が美しいことが気になる。腰まである、真っ直ぐに伸びたブロンドの髪。まるで星を閉じ込めたようにキラキラ輝く、青白い瞳。そして見る者を明るくする、そんな笑顔を持っている。

 少年は女性というものに興味をそそられはじめる、そういう複雑な年頃である。

 それゆえに彼女の笑顔はとても美しく感じ、そしてとても恥ずかしかった。

 初対面でいきなり……こんな満面の美しい笑みをする人は少年にとって、はじめてだった。

「……フェス」

 少年は少女の顔から目をそらして答える。

 別に嫌だったわけではない。その証拠に目をそらした少年の頬は微かに紅く染まっている。

「ん? 聞こえないぞ〜? 男の子はもっ〜とはっきり言うんだけどなあ」

 彼女は、また笑った。しっかりと、少年の顔を見て。

 そんな少年は恥ずかしかったのか更に頬を紅く染める。

「フェ、フェス! フェス・レガント!」

 少年は声が裏返りながらも、大きな声で伝える。

 彼女に聞こえるように、彼女に男の子と認めてもらうために……。

「よろしい。男の子は元気が一番からね!」

 また笑う。純粋に真っ直ぐに。

 彼女のそれは少年にとって、あまりに眩しかった。

 そんなこんなでその時、彼女とは……エレナとは全然話せなかった。それがフェスの憶えているエレナとの出会いだった。



 あれから、二年間経った。エレナと出会ってからこの町は相変わらずである。多少、住民の入れ替えがあったが、それだけである。 ただ自分達は変わった、とフェスは思う。

 この二年間でフェスとエレナはかなり仲良くなった。町に設置されている木製のベンチで話をしたり、この田舎臭い町から商業の発展している街に一緒に出かけたりした。

 フェスはもう十四歳である。

 体つきも男らしくなる年頃であるがフェスはまだまだだった。未だにエレナの身長の少し下に甘んじている。

 元々、エレナは女の人にしては身長が高くスタイル抜群だった。だからいいというわけにもいかない。 フェスには、エレナよりも自分の身長が低いのは情けない、と感じていた。

 この年頃は女の人とうまく話せなかったり、かっこいいところを見せてやろうと、変な男の意地というかプライドがあったりして空回りしやすいのだ。

 フェスも例外ではない。身長のこともそれから来ていないとは言えない。

 なにも、エレナとうまく話せないわけではない。エレナといると自分の心が弾むのがわかる。楽しい。嬉しい。

 しかし、この頃は何だか昔よりも素直になれない、そんな気がしていた。それにエレナのことを思うと胸がズキズキするのだ。

 なんとなく感じていた胸の痛み。

 フェスはこの痛みの原因を知っていた。



 自分がはじめてエレナに会ってから、ずっと今まで成長してきた気持ちだ。

 なぜ彼女に惹かれたかは、よくわからない。ただ、エレナにはどことなく神秘的な雰囲気があった。それのおかげか知らないが、人見知りの自分でも驚くほどの早さで仲良くなっていった。

 この気持ちを自分はエレナに言いたくて言いたくて、でもうまく言えない。言ったら何かが崩れてしまうかもしれないから……。

 エレナは今、二十一歳である。自分とエレナを全く知らない人が見たら、ガキの世話をしている優しくて美人のねえちゃん、というところ……なのだろう。

 全然釣り合わない。わかっている。そんなことはわかっていた。

 だから、自分でも抑えようとした、でもだからこそわかってしまった本当の気持ち。

 エレナは知らない。この気持ちがなんで存在していて、そして誰に向けられているのかを。

 こんなことを毎日どこかで考えるようになった。自分のベッドだったり、ベンチに座っているときだったり色々だ。でもエレナの前では考えないようにした。 彼女にだけ分かって欲しいはずなのに……そんな自分がもどかしく、苛立たしかった。



 フェスのことがエレナは心配だった。この頃、彼女が話をしても、フェスは最低限の相づちしかしないのだ。

 いつもなら、今までならフェスは彼女の話を一言一句聞き漏らさないように真剣に聞いていた。そして話が途切れるのを嫌うように彼女が話終わるとフェスが今度は話をしてくれる……そんな感じだった。

 しかし今は、話をしてくれるどころかこちらの話にもどこか上の空である。まるで必死になにかをし我慢ているような気がしていた。

 だから気分転換でもと思って誘った。星を見に行こう、と。



「ほらほら! こっちに来なさい!」

「ちょっと待てって、早すぎるんだよ」

 フェスは漆黒の夜闇が覆う山道を歩いていた。虫の音、川のせせらぎ、そして二人の歩く音と声だけが聞こえる。

 目の前にはエレナがいる。夜闇とは対照的な真っ白いワンピースを着ていた。彼女の腰まである長いブロンドの髪と合わさって、その姿はさながら天使のようだ。

「どこまで行くんだよ!」

「もうすぐ、もう、すぐそこだから!」

 何回このような会話があっただろうか?

 フェスは彼女に『星を見に行こう』と言われた。当然、少年は聞いた『どこまで?』。彼女は答える『すぐそこだから』。

 約束の日、フェスはこっそりと家を抜け出し集合場所、いつものベンチに行ったのだ。

 それから、かなりの距離を歩いたとフェスは思った。クタクタとまではいかないが、それでも足が少し痛むのがわかる。

「ほら! 着いたよ」

 彼女は嬉しそうにフェスに振り向く。ブロンドの髪がさらさらっと宙に舞う。

「ここがわたしのお気に入りの場所」

 フェスは驚いた。こんな山にこのような草が生い茂る原っぱがあるなんて知らなかった。何人ぐらい入れるだろう? 数百人入っても多分、平気だ。寝転がれば夜空が一望できる。そんな場所だった。

 夜空というキャンバスに真っ白い砂がちりばめられている。それに加えて少し誰かに削られてしまったかのような丸い水晶玉がある。

 フェスとエレナ原っぱのおよそ真ん中辺りに来た。するとフェスはすぐに寝転がった。

「こんな良いところ早く教えて欲しかったな」

「ホントはね。ここは誰にも教えない。秘密のつもりだったんだよ」

 彼女は言いながらフェスの横に座る。

「じゃあなんでオレなんかに教えるんだよ?」

「う〜んそうね。フェス、すっごく辛そうだったからかな? 元気なかったし」 フェスは嬉しかった。自分のことを家族以外でこんなに気をかけてくれるのが嬉しい。でも同時に情けなくなった。

 エレナに心配をかけないために、黙っていた。一番……大切な人だったから。それが逆に彼女を心配させてたなんて知らなかった。

「なんで分かったの?」

「えっとね。聞いて驚かないでよ……」

 エレナはなぜだかもったいぶり少しの間を空ける。 そして腕を誇らしげに組み、話を続ける。

「ふっふっふ、いわゆる女の勘、ていうやつですかね。……って、ああ! その顔、信じてませんね!せっかくかっこつけたのに〜。…………ホントのことを言うとね、君って分かりやすいんだよ、すごく。まあ星でも見て気分転換しましょうよ!」

 それからしばらく、フェスとエレナは星を見ていた。……と言っても、フェスの方は星を見ながらエレナのことばかり考えていた。 ふと、彼女はなにを思っているだろうと、フェスはエレナの方を見る。

 夜空に輝く、美しい月と星の光にエレナの顔の白さが重なっている。息を呑むほど、彼女の横顔が美しく照らしだされている。

 フェスは輝く星とか月とか、どんな神秘的、幻想的なものよりも、エレナは美しいと思った。ずっと見ていたい。そんな気がするほど美しい。

「綺麗だよね」

 エレナが急にフェスのほうに向く。あわててフェスは目をそらしコクコクと頷く。フェスの頬は真っ赤である。

「今日はね、流れ星がいっぱい降ってくる日なんだって。……ほら! 今も」

 フェスが気づいたときエレナはもう夜空を見やっていた。フェスも同じく見やる。

 次から次へと、流れ星が降ってくる。夜空に白い線が引かれては消えていく。

「こんなに流れ星があったら、いっぱいお願い事ができるね。……フェスはなにをお願いする?」

 優しい声で聞かれた。

 流れ星にいくらお願いしたって叶わない。それぐらいフェスは知っていた。でも彼女に言われるとなんだか叶いそうな気がした。

「エレナは……なにをお願いするの?」

 聞いてみたかった。ただフェスは聞いてみたかった。

「そうね〜。う〜ん、わたしは今の生活が続けばいいかな、なんて思ってるんだけどね。わたし、孤児院出だから」

「あっ、その……ごめん」 そういえば彼女は孤児院出だった。なんでも十二歳のときにこの町の老夫婦に引き取られたらしい。今では、その老夫婦も他界しているということも彼女から聞いた。

「別に謝ることじゃあないよ? 今、わたしは楽しいしね。……それじゃあ今度はフェスの番だよ」

「えっ!」

「わたしだけ、言うのもなんだからね。まさか、わたしだけとはいかないでしょ?」

 フェスは困った。自分が一番願っていることそれは、ひどく自分勝手だからだ。でも嘘の願いなんて言えない。もう引けない。

「フェス、どうぞ。流れ星が消えない内に。言ったらスッキリす――」

「オレは!」

 彼女の声を遮り、フェスは思わず立ち上がって大声を出していた。そして今度は静かに、力強く。

「オレはまだ、まだガキで、こんな願い事言うなんていけないんだと思う。でも、でもあと少し、少ししてエレナと、ちゃんと釣り合うような、男になったらその時、絶対言うからだから……待っててくれ」

 エレナは驚いていた。

「……やっぱり、そのさあ、迷惑かな?」

 フェスが顔をエレナとは反対に向けながら聞く。頬だけでなく今度は耳まで真っ赤になっている。

「ううん。驚いちゃたけど、けっこう嬉しいよ」



 これからエレナに釣り合うように頑張る、それがとうぶんの自分の課題だ、とフェスは考えている。

 そう決意したフェスの心に響くのはあの日の別れ際に彼女が言ったある言葉。

 ――星の降る夜の約束は絶対だから――

どうも、短編小説処女作です。至らないところがあるかもしれませんがご了承ください。この短編があなたの心に染みることを願っています。

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