教会へ行こう
酒場の一件から数週間過ぎた頃には、待ちは少し活気を取り戻し、明日あるらしい祭りの準備を騒がしく行っていた。
住宅には沢山の装飾が施され、中央広場には木製の大きな舞台が組まれていた。
「すごいな、クリスマスみたいだ。」
「クリスマス?」
と、隣でジーカが首を傾げる。
「ああ、何でもないよ。ところで今更だけど、これ何の祭りなんだ?」
「ご存知かと思ってました。この祭りは農耕の神クラリス様を讃える祭りなんです。教会ではクラリス様を讃える素晴らしい歌が一晩歌われ続けていて、私は毎年この日だけは徹夜するんですよ。」
と、ジーカは嬉しそうに語る。薄らとは感じていたが、ジーカは熱心な宗教家らしい。
日本に住んでいてそういうものとほとんど関わりがなかった俺にとっては、あまり考えが分からず、その強い信仰心に困惑してしまう時がある。
「とは言っても町に住んでいる人々にとっては、日々の鬱憤を騒いで晴らしたり、若い男女が恋仲になったりするだけの日なんですけどね。」
それじゃほとんどクリスマスじゃないか。
なんだか嫌な記憶がイエス様のように蘇ってきそうだったので
俺は目的地へと足を急がせる。
そのドアは貧相で、外装もボロボロだった。
手入れされていない雑草だらけの庭から外壁へ蔦が伸びていたり、周りの柵が中へ倒れていたり、しまいには玄関の板は踏むたびにギシギシと音を立てていた。
「今にも崩れそうって感じだな」
ここが教会らしい。
どうせ誰もいないだろうと、俺はノックも無しにズケズケとドアを開けて入る。
その瞬間状況が理解できず固まってしまう。
…裸の女がいる。いちにーさんしーごー…
六人。大きな桶に水を溜めて布で体を拭いている。全員と目があって時間が止まったように誰も動かない。
一瞬そういう宗教なのだろうかと頭をよぎったが、顔が真っ赤になった女達を見るにそうじゃないことだけはわかった。
「失礼しました。」
黙ってドアを閉め外へ出た。
きゃゃゃゃーーーーーーーーーーー!!!
ドア越しにさっきの女達の声が耳をつんざいて思わず耳を両手で塞ぐ。
後ろにいて何も知らないジーカは状況が分からず急いでドアを開ける。
「どうしたんですか?!」
今中の女達を見たらしいジーカは黙って俺の方を向く。
とてつもない形相だ。
「やめてくれ…そんな目で俺を見るな」
ジーカは見つめてくるだけで何もしてこない。
俺に何も効かないことがわかっているから目で訴えかけてきているのだ。
酒場で働いている時、誤ってジーカにはちみつ酒をパイのようにして顔面にかけた時もそんな顔をしていた。
「私の方が可愛いのに…」
「え?」
小さな声で何か言ったジーカの言葉が聞き取れず、聞き返すが答えてくれない。
「何でもないです。さ、早く謝りましょう。」
そう言ってそそくさと中へ入っていってしまった。
しばらくして中へ入ると、紺色の修道服を着た女達が出迎えてくれた。さっきのことはみんな無かったことにしてくれるようだった。
内装は外見とは違いとても整理整頓されていて綺麗だったし、天井の穴から木漏れ日が入ってきていて神々しい雰囲気の教会だった。
「ハ、ハヤトさんですよね?ようこそおいでくださいました。」
そう言って一番年長の20代くらいの修道女達の中で一番年長そうな黒髪の温厚そうな女の人が出迎えてくれる。町では俺はそこそこ有名人らしく、この人達も俺のことを知ってくれていたようだ。
「さっきはお見苦しいところをお見せしてしまってすいません。」
「とんでもない。ごちそうさ……
ありがとうございました。じゃない、すいませんでした。」
「いえいえ、いいんですさっきは明日の収穫祭に向けてお清めをしてたんです。無防備に昼間からしてしまった私達がいけないのですよ。」
そう言われると罪悪感が湧いてくる。もっと怒ってくれればいいのに。
さっき覗いてしまった他五人も顔を赤らめつつ微笑んでいて申し訳ない。
「ところで今日は何の御用で?」
「あぁ、そうだ。明日のはちみつコーヒー4樽分の代金の方をいただきたくて」
「そうでしたか、ちょっと待っていてくださいね」
そう言って修道女は奥へ行って金貨の入った袋を手渡す。俺は中身を確認する。
たしかに代金ぶん入っている。
「ハヤトさん。どうやって傭兵達を一人でやっつけたんですか?」
と並んでいた小さな金髪の修道女が我慢できないと言った様子で突然そう言った。
噂は大きくなり、今は俺が全員ボコボコにしたことになっているらしい。
本当はあの時靴を舐めるまでなら何でもして許して貰おうとしたことは言わない方がいいだろう。
「はは、ほらあのー。えーと、」
「すごいですよ本当にこの方は!!神々しく傭兵達を圧倒されたのです。まず剣を抜いた傭兵を…」
と、突然ジーカが熱を持って話し出した。
俺もあの時のこと説明するのは面倒なのでジーカに任せておく。
「あなたのおかげでこの町に活気が戻って本当に良かったです。」
と年長の修道女がそういう。
そんなにすごいことをした自覚もないし、恥ずかしいので話題を無理に変える。
「いやぁ。そういえば名前聞いてませんでしたね。」
「すいません。申し遅れました。私フィートと言います。そちらの五人が左からマイ、ミリ、セン、メトル、キロです。」
「若い女性ばかりなんですね。」
「今日だけですよ。普段は私より歳が上の方々の方が多いのです。彼女らはここから東の町に行っていて、今は私たちのような若いものばかりで。」
俺はそれを聞いて裸を見てしまった時のことを思い出す。
「さっきはお清めって言ってましたけど。水遊びしてたわけじゃないんですよねフィートさん。」
「ち、違います。断じてそんなことは。」
「でも、俺が入った瞬間は楽しそうに水掛け合ってなかったですか?」
そういうと観念した犯人のように話し出した。
「…そうです。私達だけになる機会なんてほとんどないから、お清めしてたらついはしゃいじゃって…」
「やっぱり」
「それ…誰にも、言わないでくださいよ。」
照れた顔でそう言ったフィートさんは目が眩むほど美しく可愛かった。大人びた女性の無邪気さが、顔の可愛さをより一層引き立てている。
「…はい」
と思わず返事してしまう。
「と、ところで明日は歌を歌うそうですね。」
「はい、そうなんです。クラリス様は歌を好まれます。そしてもし、星々が流れることがあればその年は豊作になると言われているのです。と、その辺りのことはジーカさんから聞かれましたか?」
「いえ、そこまでは」
「ジーカさんは素晴らしい信仰心をお持ちです。毎年歌も最後まで聞いてらっしゃるし、週に何度もここを訪ねてくださる。」
「へぇ、そうなんですね。」
「あなたも気が向いたらいらしてください。」
「いや、俺は神様とかはあんまりよくわからないし、興味もないんだよね。いるかどうか分からないものを信じる気になれないし。」
「…変わった方ですね。この街の方々も、歌を聞かずに過ごされる方は多いですが、神々を信じないものはほとんど居ないですよ。」
俺はあの日死んだ時のことを思い出していた。
冷たいアスファルトと、周りで焚かれているフラッシュ、少なくともあんな冷たい世界に神様がいるとは思えなかった。
ここも同じだ。酒場の一件の時、もし俺に何の能力もなかったら、店主のウォーリオは傭兵に切られて死んでいたし、俺とジーカはその死体を片付けることになっていたはずだ。
俺は建物の奥の中央にあるクラリスの銅像を見上げた。
あんな銅像が何かしてくれるとでもいうのだろうか?百歩譲って存在していたとして、なぜ何もしないのだろうか?
なぜそんなものを信じることができるのだろうか?
「どうされましたか?」
「いえ、なんでもないです。明日の歌、楽しみにしています。」
そう言って俺は酒場に戻った。
そのまま自分の部屋へ行きベッドに倒れ込んで目を瞑った。
だんだんと死ぬ時の前後の記憶が蘇ってきた。
続