寝床と働き口
「流石です。ハヤト様!」
店主にお姫様抱っこで椅子に座らせてもらった俺は、ジーカの褒め言葉をもう30分くらい聞い
ていた。
「さっきはありがとうな兄ちゃん」
そう言って店主は俺に飲み物を渡す。
「何です?この飲み物?」
「ハチミツコーヒーだ」
俺は原材料を知って安心してごくごく飲む。
これがとんでもなく美味かった。
コーヒーの苦味と蜂蜜のドロっとした甘味が
いい具合に交わって口の中に残り続ける。
自然と顔が綻んでいた。
「この店は最高だ。」
「当たり前だ!ウォーリオの酒場といえば、酒好きの中じゃ結構有名なんだ。」
嬉しそうにそう語る店主ウォーリオは機嫌が良くなったのかもう一杯おまけしてくれる。
褒めたら永遠に出てくるのか気になったがやめておくことにする。
「さっきの柄の悪い奴ら、一体何なんだ?」
そういうとウォーリオは深刻そうな顔をして話し出した。
「奴らは国に雇われた傭兵だよ。今は東の国と戦争中でな、主力の軍はほとんど南側を守ってる。それで兵が足りなくなった国は、ここへ軍隊と称したチンピラ傭兵団を寄越したってわけだ。」
「町の人達の活気がないのもそのせいなのか?」
「そう言うことだ。酒場はあいつらに占領され、街の市場では傭兵たちが盗みをやったりで町中好き放題荒らされてる。みんな苛立っているが、あいつらに手を出そうもんなら国家反逆罪でその場で殺されてもおかしくない。」
何てことだろう。こんな殺伐とした街が俺にとって最初の町なのだろうか。
とっとと出て他のところへ行ってしまいたくなる。
しかし、お金がないのでここで働く以外に道はないだろう。
「それはそうと、何のようでこの酒場へ来たんだ?」
「ああ、言おうと思ってたんだが、俺働き口がなくてさ」
「もちろんだ。」
「まだ全部言ってないぞ」
「兄ちゃんみたいな度胸のある奴なら、こっちから願いたいくらいだよ。」
「まぁ、話が早くて助かる。」
「わたしが働くから働かなくていいのに。」
と、褒めるのをやめたジーカが悲しそうに言う。
「そんなことしなくていいって、それより次は住むところだ。」
「もちろんだ。」
さっきと同じ答えがウォーリオから返ってくる。
「…あるのか?」
「上の客室を一部屋貸してやる。どうせほとんど使われてないからな。」
よかった。これで路頭に迷わずに済む。
出だしは熊に襲われたり、傭兵に襲われたりで最悪だったが、部屋と働き口さえあればこっちのもんだ。
「あ、ジーカ、忘れるとこだった。盛り付け用の大葉取ってきたのか?」
「はい、このカゴの中に。」
そう言ってジーカは背負っていたリュックをウォーリオに手渡す。
ウォーリオは奥に行くとジーカに大葉分の金を測量し始めた。
案外こまめな男らしい。
「大葉を取ってたのか?ジーカをあんな危ないところに一人で行かせるなんて、ウォーリオさん何考えてるんだ?」
「あ?何の話だ?町内の畑が何で危ないんだ?」
町内?いや、ジーカと会ったのは町の外の森の中だぞ。ジーカの方を向くと、何故かさっきとは違いシュンとしていた。
「どう言うことだジーカ?」
「あの時は散歩してたんですよ。傭兵が来て仕事が嫌になったので、外に出ていただけです。」
「あんなところに?」
「滅多に熊なんて出ないんですよ、あの時は本当にたまたまで。」
「そうだったのか」
俺はそのまま納得する。この世界のことはジーカの方が圧倒的に詳しいからだ。
そうして俺は初日にして寝床と働き口を見つけ、眠りについた。
そうして数週間、何事もなく酒場で働いていた。
あの日から傭兵は来ていないし、平和に働くことができた。もちろん仕事は辛かったが、充実していてとても楽しい毎日だった。
そして1番のニュースは俺が町に出ると傭兵達が逃げるようになったことだ。どうやら
「魔術士がいる」
と、傭兵の中で噂になったらしい。
その噂は町中に広まり、町での俺はどうしてか神の使い的な扱いをされるようになった。
それはジーカの仕業だ。
しかし、あながち間違いじゃないのかもしれない、この俺のクマに殴られてもナイフで刺されても無傷だった体を見るに、何か神がかりなことが起きていないと言わざるおえないからだ。
実験としてナイフで手を傷付けようとしたことがあったが、
ナイフは俺の皮膚を切り付けず、勢いよく切ろうとしてもまるで殺傷能力を完全に失ったように傷つけることができなかった。
その他にも高いところから飛び降りてみたり、水を入れた容器に顔を突っ込んだりしてみたが、階段一段ほどの高さの感覚だったり、永遠に息を止められる気がしたりで、俺ははっきり言って無敵になってしまったようだった。
2時間ほど容器に顔を突っ込んでいるのをジーカに見つかった時は、泣きじゃくってすがりながら止められたが。
そんなこんなで俺はこの町のガヌル?の使いとして悪くない生活を送るのだった。