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7  持ち帰ってみた



「ん!?」


 静かだった森に轟音が響く。それは何かがぶつかり合うような衝撃音。それから立て続けに似たような音が何度か聞こえ、急に静かになった。


 いったい何が起きているのか全く分からないが、考えられるのは、魔物の襲撃くらいしかない。この場に一人なこともあり、急に不安が押し寄せる。


 ドキドキと再び鳴り始めた心臓に手を当てて、音のした方角をじっと見つめていると、見慣れた白銀の髪が姿を現した。

 ほっと息をついたのもつかの間、わたしは彼の右手に注目する。引きずるようにして握られているものを見て、ぽかんと口を開けた。


「終わったのか?」


 イリューザは何事もなかったかのように言って、掴んでいたものを地面に落とした。


「終わったけど……それは?」


 恐る恐る指差して問いかける。わたしの人差し指の先には、首回りにもじゃもじゃとした毛の生えた、イノシシのような見た目の魔物が倒れていた。だらりと開かれた口の隙間から立派な牙が生えているのだが、いまは血に染まっている。


「結界をつついてうるさいから、排除した」

「排除」


 一応言っておくとこの魔物、そこそこでかい。体高はわたしと同じくらいに見えるが、かなり大きいのだ。――横幅が。

 間違いなく、片手で軽々と引きずれるような重さではないだろう。


 いったいどんだけ馬鹿げた腕力なんだと頭を抱える。初めて会ったときに、白目を向いて倒れていた竜とは思えない。

 イリューザにはそのことは話していないが、本人が知ったら確実に彼の黒歴史になりそうだ。


「まだ子供だな」


 そう言って、隣に転がる巨体に視線を向ける。


「これで?」

「ああ、近くに親がいるはずだ。恐らくだが、そいつが主だろう」


 この魔物の親。いったいどれほどの大きさなのか気になってしまう。……主に、横幅が。

 興味津々で魔物を見つめるわたしを見て、イリューザは苦笑をもらす。


「怖くないのか?」

「うん、だって死んでるでしょ?」

「まあそうだが」


 あっけらかんとした調子で言ったわたしを、意外だとでも言うように見つめる。

 生きていれば恐ろしいが、死んでしまえばただの肉の塊だ。――そう、いまわたしの頭の中には、ひとつの感情しかない。


「今日はごちそうだね」

「ごちそう」


 今度はイリューザの方がぽかんとする。


「食うのか? ……こいつを」

「もちろん、貴重なお肉だよ」


 最近は動物もかなり貴重だ。魔物の肉は動物に比べたら多少味は落ちるが、不味いというほどではない。こいつは丸々と太っているし、調理したら普通に美味しそうだ。


 イリューザは少しだけ笑顔を引き攣らせて、そうか、と頷いた。

 もしかして、竜はこういった肉を食べないのだろうか? いや……そもそも国で囲われているような身分の者は、魔物の肉など普通は食べない。おかしいのはわたしの方か。


「肉もだけど、こいつはいい皮も取れそう。牙も売ったらお金になるだろうし……」


 とそこまで言って、重要なことに気づいた。


「困ったな、どうやって持って帰ろう……放置していくなんてもったいないし……」


 ロープでひっぱる? イリューザに引きずってもらう? いやいや、この場所から村までおおよそ一時間はかかる。彼に頼むのはさすがに申し訳ないし、わたしがひっぱるには限度がある。

 両手を組んで、ぶつくさいいながら悩み始めたわたしを見て、イリューザは溜め息に似た吐息をこぼした。


「しかたない、こいつも一緒に運んでやる」

「運ぶ?」

「村まで転移する」

「てん、い?」


 それはたしか、超高度魔法では? 魔法なんてまったく詳しくないわたしでも知っている。

 転移魔法は便利な反面、危険度が高いらしい。失敗すると、転移した先が海底や氷山の上だったなんて話もある。中途半端な術者には到底使いこなせないのだと、以前護衛として雇った人が言っていた。


「一度行ったことのある場所なら、自由に移動できるんだ。終わったなら帰るぞ」

「ア、ハイ」


 一抹の不安を感じながらも、こうなったらやけくそだと、差し出された手をとる。彼はもう片方の手で地面に転がる魔物のもじゃもじゃを掴み、短く言葉を紡いだ。すると足元に魔法陣のようなものが浮かび上がり、ふわりと身体が浮くような感覚を覚え、次の瞬間には目の前に自宅の扉があった。


 すごい――、そんなありきたりな感想が浮かんだのは一瞬で、目に映った現実に、わたしは叫び声をあげた。


「ちょ、ちょっとめりこんでる! 魔物が扉にめりこんでるから!!」


 魔物の育ちすぎた横っ腹が、わが家の扉を突き破らんとばかりにめり込んでいた。完全に壊れていないのだけが救いだろうか。しかしどちらにしろ、こいつをどかさない限り家には入れない。

 数日前にも似た状況があった気がするが、いまはそれを思い出している場合じゃなかった。


「ちょっとイリューザ、これをどかし――」


 隣にいる彼を見上げて、途中まで口に出した言葉をのみ込む。真上からの日差しで陰った彼の顔は、目に見えて分かるほど青白かった。元々わたしよりもずっと白い肌だが、いまは白を通り越している。


「イリューザ、大丈夫?」

「……すまない、座標がずれた」


 険しい顔つきで謝罪をしてくる。恐らく転移先のずれについて謝ってきたのだろうが、いま気にしているのはそこではない。


「そうじゃなくて、具合悪いの? また暑さにやられた?」


 今日もやっぱり気温は高めなので、そのせいで不調なのかもしれない。彼は少し悩むような様子を見せてから、力なく頷いた。


「……ああ。歩き回ったから、少し疲れたみたいだ」

「そっか、ごめんね。わたしが付き合わせちゃったせいだ。この魔物はこっちでどうにかするから休んでて。あ、お水飲む? ここからだと井戸よりサハクの家の方が近いから、もらって――」

「うわっ、なんだこいつ!」


 罪悪感のせいか一気に喋りだしたわたしの言葉を、横から割り込んだ声が止める。


「ツィータ、なんでおまえの家に魔物がめりこんでんだ!?」


 それはひげのおっちゃんの声だった。たまたま通りかかったのか、わたしの家の惨状を見て、目をぱちくりさせている。


「えーと、これには事情がありまして……」


 そうこうしているうちに、おっちゃんの大きな声を聞きつけた人が集まってきた。ひとりふたりと増えて、最終的には20人ほどの人だかりができている。その中にはサハクや、野菜のおばちゃんもいた。


 先にイリューザを日陰で休ませて、わたしは村の住人たちに事情を話す。イリューザが竜族なことは見ただけで分かってしまうので、わたしが彼を助けたお礼として、魔物を仕留めてくれたのだと説明した。


 その場で魔物を捌くことにして、ある程度重量を軽くする。そして数人がかりでひっぱって、やっとどかすことができた。その頃には、もうだいぶ日も傾いていた。


 魔物の肉や皮は、村のみんなで分け合うことにした。この一頭だけでも数日分の食料になる。

 家の扉は少しひしゃげていたが、まあ使えないことはない。ちょうどひっぱり出すのを手伝ってくれた人の中に大工さんがおり、肉のお礼にと無償で修理をしてくれることになった。


「すまなかった。本当は村の入り口に転移する予定だったんだが……」


 やっとのことで家に入ると、彼は再び謝ってきた。


「ううん、わたしが無理させたんだから、気にしないで。それよりご飯にするけど、イリューザはあの魔物のお肉は食べる?」


 朝ご飯を食べたきり何も口にしていないので、もうお腹がぺこぺこだ。今日はとれたての新鮮なお肉があるし、わたしとしてはごちそう日和なのだが、はたして彼はどうだろうか。


「……そうだな、せっかくだからいただくか」


 少しだけ眉を寄せて、しかたなさそうに微笑を浮かべて頷いた。


「いやなら無理して食べなくても」

「いやじゃない。せっかくきみが手料理をふるまってくれるのに、食べないなんてもったいない」


 手料理と言っても、塩ふって焼くだけだが……とは言葉に出さなかった。思い返してみると、イリューザはわたしが出した料理を全て完食している。何を作ってもおいしいと言って、嬉しそうに食べるのだ。


 ――それはもしかして、わたしが作ったから?


 結局答えは聞けなかったが、たぶんそんな気がする。この竜は、本当にわたしのことが大好きなのだ。


 明日は彼と何をしよう、そんなふうに考えてしまっている自分がいる。

 期限まで、あと4日。

 答えはまだ……決められない。



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